第24話 守りたい場所 前編
なんか…長くなり過ぎました…なんで??
キャンプ地へ戻ると、みんながぼくたちの方を見た。
その視線はすぐにモカへ向く。
モカは目を真っ赤に腫らし、泣き疲れて歩くのもやっとという様子だった。
誰とも目を合わせない。
何も話さない。
そのまま静かにテントの中へ入っていく。
「モカ……。」
せいかが小さく声をかける。
返事はなかった。
それでもせいかは少しだけぼくの方を見て、小さくうなずくと、そのままモカの後を追ってテントへ入っていった。
きっと、一人にはしておけないと思ったんだろう。
ぼくも同じ気持ちだった。
「一体どうしたんだ?」
らいがが心配そうにぼくとひかりへ尋ねる。
ドラも、レオも、まおも、セバスチャンも、むねゆきも、らいねも、不安そうな表情でこちらを見ていた。
ぼくは深く息を吸って話し始める。
「シトロンさんの書斎に隠し通路があったんだ。」
「その先に、陽だまりの森があった。」
「森?」
ドラが思わず聞き返す。
「うん。陽だまりの木がたくさん育てられていて、小屋もあった。」
ぼくが説明すると、ひかりが続ける。
「小屋の中には研究資料がたくさん残されていました。」
「陽だまりの木を育てる方法や加工方法、それを商品として売るための記録まで。」
一度言葉を切り、静かに続けた。
「そして、それらは全部……モカさんの未来のために残されたものだと分かりました。」
誰も口を開けなかった。
重い沈黙が流れる。
「シトロンさん……。」
まおが小さくつぶやく。
その表情には驚きと尊敬が入り混じっていた。
「かっこよすぎるだろ……。」
むねゆきも思わず胸を押さえる。
しばらくしてレオがぼくを見た。
「でもよ。」
「今のモカに全部伝えるのは、負担がデカすぎだったんじゃないか?」
その言葉にぼくは少しだけ視線を落とした。
「確かに……。」
「いきなり全部伝えるのは急だったかもしれない。」
そう答えると、みんな静かに耳を傾けてくれた。
「でも……。」
ぼくはゆっくり顔を上げる。
「あのままだったら、モカはこの場所からずっと逃げ続けることになってたと思うんだ。」
「シトロンさんが残した森も、研究も、気持ちも知らないまま。」
「そんなの……。」
ぼくは小さく息をつく。
「そんなのシトロンさんがかわいそう過ぎると思ったんだ……。」
レオはぼくの顔を見つめたあと、静かに笑った。
「そっか……確かにな。」
その時だった。
セバスチャンが黙って立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
ドラが声をかける。
「もう少しシトロンさんを探してみる。」
「夜までには戻る。」
短くそう言って歩き始めた。
「俺も行くよ。」
むねゆきが立ち上がる。
「オレも。」
ドラが続く。
「もちろん俺もだ。」
レオも腰を上げた。
ぼくも自然と立ち上がる。
誰一人、座って待っている気にはなれなかった。
きっとみんな同じだった。
シトロンさんの話を聞いてしまった今、何もしないなんてできなかった。
ぼくたちは崖の近くを中心に、森の中や岩場まで手分けして探し続けた。
だけど、何時間探しても手がかりは一つも見つからない。
日が西へ傾き始める。
「今日はここまでにしよう。」
セバスチャンの声に、誰も反対しなかった。
モカのために何かしてあげたい。
そう思っているのに、何もできない。
自分の力のなさが悔しかった。
周りを見ると、みんなも同じような表情をしていた。
重い足取りでキャンプ地へ戻る。
「おかえり~。」
聞き慣れた明るい声が響いた。
見ると、女子チームが晩ご飯の準備を終えて待っていた。
そして、その中にはモカの姿もあった。
鍋を運び、お皿を並べ、みんなのために動いている。
いつものように。
でも、どこか違う。
落ち込んでいるわけでもない。
無理に笑っているわけでもない。
泣いたあとの弱さではなく、何かを受け止めた人の静かな強さがそこにはあった。
その姿を見たぼくは、不思議と胸が温かくなった。
モカは少しだけ、大人になったように見えた。
そのあとは、いつものようにみんなで晩ご飯を囲んだ。
「ドラ、それオレの魚だ!」
「いやいや!皿が近かったから俺のだろ!」
「近かったって理由で人の魚を食うな!」
レオがすかさず頭をたたく。
「いてっ!」
その様子を見て、むねゆきが吹き出した。
「ドラさん、それはさすがに苦しい言い訳ですよ。」
「いや、本当にオレの魚が歩いてきたんだって!」
「魚は歩きません。」
ひかりが真顔で突っ込む。
その言い方がおかしくて、みんなが笑い出した。
「あははは!」
らいねがお腹を抱えて笑う。
らいがも苦笑いしながら首を振っていた。
ぼくも思わず笑ってしまう。
こんなふうにみんなで笑うのは、本当に久しぶりだった。
「なんか、この感じ久しぶりだね。」
隣に座っていたせいかが、小さな声で言った。
ぼくはうなずく。
「うん。」
それだけしか言えなかった。
でも、それで十分だった。
ずっと張りつめていた空気が、少しだけやわらいでいた。
こうしてみんなでご飯を食べて笑える時間が戻ってきた。
そんな当たり前の日常が、とても大切に思えた。
食事を終え、みんながお茶を飲みながら一息ついていた、その時だった。
「みなさん!聞いてください!」
急にモカが大きな声を出した。
全員がびくっと肩を震わせる。
「ど、どうしたの?」
まおが優しく尋ねる。
モカは一度、大きく深呼吸をした。
そして、真っすぐみんなを見つめる。
「私……ここに残ろうと思います!」
その一言で、空気が止まった。
誰も何も言えない。
モカはゆっくり話し始めた。
「最初は……一人になると思っていました。」
「だから、それが怖くて……みなさんと一緒に旅へ出たいと思いました。」
一度目を閉じる。
「でも、違いました。」
「お父さんとお母さんは陽だまりの木を残してくれました。」
「そして、おじさんは、その陽だまりの木を守りながら……私の未来まで考えてくれていました。」
モカは胸に手を当てる。
「私は、一人じゃありませんでした。」
「ここには、お父さんとお母さんの想いがあります。」
「そして、おじさんの想いもあります。」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「私は、その想いを守っていきたいです。」
静かな声だった。
でも、その決意は誰よりも強かった。
「だから……みなさんは旅を続けてください!」
真っすぐ前を向いたまま言う。
拗ねているわけでもない。
無理をしているわけでもない。
本気でそう決めた顔だった。
「私は、ここでみなさんの旅の安全を祈っています!」
少しだけ笑う。
「でも……。」
その笑顔が少しだけ照れくさそうになる。
「時々でいいので……たまに遊びに来てくれるとうれしいです。」
また静けさが広がる。
「そんなのだめだよ……。」
最初に口を開いたのは、せいかだった。
目には涙が浮かんでいる。
「え?」
モカが驚いた顔をする。
「ここに幼いモカを一人で置いて行くなんてできないよ……。」
せいかは首を横に振る。
「ありがとうございます。」
モカは優しく笑った。
「でも、みなさんには旅の目的がありますよね?」
その言葉に、誰も返せなかった。
正論だった。
「私のせいで、みなさんが旅をやめてしまうなんて我慢できません。」
静かな声。
だけど、その口調には強い意志があった。
「でも、現実的にモカ一人だけ残すのは無理だよ。」
ひかりが冷静に言う。
「陽だまりの木のお世話だってあるよ?」
まおも続ける。
「何とかなりますよ。」
モカはきっぱりと言った。
「じゃあ、オレが残るよ!」
ドラが勢いよく立ち上がる。
「ほっとけない!」
「いやいや、お前が残れば解決って話でもないだろ。」
レオがすぐに突っ込む。
「そうだよね……。」
ぼくもうなずく。
「例えば僕が残ったとしても……。」
「え?」
せいかがぼくを見る。
「こうちゃん残るなら、私も残るよ!」
「俺だって残るよ。」
らいがまで手を挙げた。
「そうじゃなくて……。」
ぼくが苦笑いすると、
「じゃあ交代で残る順番決めるか?」
むねゆきが真顔で言った。
「交代って何日ごとですか?」
らいねが首をかしげる。
「旅先によって違うだろ。」
セバスチャンが腕を組む。
「そういえばシトロンさんが残した研究についても調べないとね。」
まおが資料を思い浮かべる。
「あの膨大な量の資料を整理するんですか……。」
ひかりが少し青ざめる。
「商品化の可能性も考えたいね。」
せいかも話に加わる。
「そもそも住むところは? モカの家、今のままじゃ住めないぞ?」
ドラが言う。
「直すったって、俺たちそんな経験ないぞ。」
レオも腕を組む。
「食べ物だって何とかしないと……。」
ぼくが言うと、
「そういえば、そろそろ商人さんが手紙を届けてくれるはずですね。」
ひかりが思い出したように言った。
「手紙?」
ぼくは目を丸くする。
「あっ……そうだった。」
「とらわかのこと忘れてた……。」
「忘れてたんですか?」
らいねがあきれたように言う。
「銀の鈴だっけ?」
むねゆきが顔をしかめた。
「あいつら許せないよな。」
「……あの。」
モカが小さく口を開く。
でも誰も聞いていない。
それぞれが勝手に話を続けている。
「あの!!」
モカが思い切り叫んだ。
一瞬で静まり返る。
みんなが一斉にモカを見る。
モカはあきれたようにため息をついた。
「私がここに残るっていう話は?」
「あ……。」
全員で顔を見合わせる。
「脱線し過ぎた……。」
ドラが頭をかく。
「お前が最初だろ!」
レオが即座に突っ込む。
「は? 俺?」
「ドラだな。」
セバスチャンが即答する。
「ドラです。」
まおもうなずく。
「ドラさんですね。」
らいがも真顔で同意した。
味方が一人もいないことに気づいたドラは、「……ですよねぇ。」と小さくつぶやき、肩を落とした。
「一回、一息入れない?」
せいかがみんなを見回しながら言った。
「そうだな。」
レオが大きく伸びをする。
「ふぁ~、みんなの意見聞いてが疲れた~」
ドラが肩を回しながら笑う。
「お前が一番しゃべってただろ。」
「え? そうだっけ?」
またレオににらまれ、ドラは「すみません」と苦笑いした。
みんなも席を立ち、それぞれ体を伸ばしたり、水を飲んだり、キャンプの周りをぶらぶら歩いたりしていた。
気が付けば、夜もずいぶん更けている。
焚き火の火だけが、ぱちぱちと静かな音を立てていた。
知らないうちに、ずいぶん長く話し込んでいたんだな。
ぼくは焚き火から少し離れ、何となく近くの森へ目を向けた。
理由は分からない。
でも、なぜか少しだけ気になった。
自然と足がそっちへ向かう。
「どうした?」
ドラが後ろからついてきた。
「いや……。」
ぼくは頭をかく。
「何となく。」
「何となく?」
「うん。自分でもよく分からない。」
ドラは「変なやつだな」と笑いながらも、一緒についてきてくれた。
森の入り口まで来る。
辺りは暗く、虫の鳴き声だけが聞こえていた。
ぼくは草むらへ目を向ける。
その時だった。
ガサガサガサッ!!
急に草むらが大きく揺れた。
「え?」
「はッ?」
ぼくとドラは同時に変な声を出してしまう。
二人とも思わず一歩後ろへ下がった。
「な、何だ?」
ドラが腰の木刀へ手を添える。
ぼくも息を止めて草むらを見つめた。
ガサ……。
ガサガサ……。
ゆっくりと草が左右に分かれる。
そして。
ぬっ、と一匹の猫が姿を現した。
全身の毛はほこりで汚れ、ところどころ破れている服もぼろぼろだった。
毛並みはほんのり紫色。
そして、大きな丸眼鏡が目を覆っている。
長い旅をしてきたことが、一目で分かる姿だった。
「ここは……。」
猫は小さくつぶやき、辺りを見回す。
やがてぼくたちに気付いた。
「人間……。」
ぼくを見て小さくつぶやく。
でも驚いたり、逃げたりする様子はない。
むしろ静かだった。
その猫は、ぼくたちへ軽く頭を下げる。
「私は、ある方を探して旅をしている者です。」
とても丁寧な話し方だった。
「もしよろしければ……。」
少し言いにくそうに目を伏せる。
「お水を少し分けていただけないでしょうか。」
ぼくとドラは顔を見合わせた。
「水くらい構わねーよ。」
ドラがすぐにうなずく。
「ありがとうございます。」
猫は深々と頭を下げた。
「こっちへどうぞ。」
ぼくがキャンプ地を指差す。
猫は静かについてきた。
焚き火のそばまで案内すると、みんなが不思議そうにこちらを見る。
「どうぞ。」
せいかがコップに水を入れて差し出した。
猫は少し目を丸くした。
「こちらは……かわいい人間さんですね。」
優しくほほ笑みながらコップを受け取る。
「ありがとうございます。」
そして、一口。
ごくり、と水を飲んだ。
「……ほー。」
自然とため息がこぼれる。
その表情は、本当に心の底から安心したようだった。
誰も急かさず、その様子を見守る。
しばらくしてレオが口を開いた。
「随分、長く旅をされていたようですね?」
猫はコップをそっと地面へ置き、小さくうなずく。
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。」
「私は、ある方を探して……ずっと旅をしています。」
その声には、長い年月の重みが感じられた。
「ある方?」
らいねが首をかしげる。
猫は夜空を見上げる。
月明かりが丸眼鏡に映った。
「はい。」
「まるで吹けば散ってしまいそうな花なのに……。」
「誰よりも強く咲こうとする、そんなお方です。」
その言葉は、とても大切な宝物を思い出すように優しかった。
「とても大事な方なんですね……。」
ひかりが静かに言う。
「見つかるといいですね。」
猫は穏やかに笑った。
「はい。」
その一言には、長い旅でも消えなかった願いが込められていた。
「おーい、客か?」
離れた場所にいたむねゆきが戻ってくる。
その後ろにはモカ、セバスチャン、まお、らいがも続いていた。
その瞬間だった。
ガチャン!!
大きな音が響く。
ぼくは反射的に音の方を見る。
さっきまで水を飲んでいたボロボロの猫が、手からコップを落としていた。
全身が小刻みに震えている。
「あ……。」
かすれた声が漏れる。
「あ……あ……。」
その目は、何か信じられないものを見たように大きく見開かれていた。
ぼくたちは思わず、その視線の先へ目を向けた。
ボロボロの旅猫は震える手をゆっくり持ち上げた。
その手が向いている先は――まおだった。
「まおー様!!」
夜のキャンプ地に大きな声が響く。
「えっ!?」
「な、何だ?」
みんなが一斉に旅猫を見る。
ぼくの頭の中は真っ白になった。
まお?
確かに今、まおって言ったよね?
え?
この猫がずっと探していた人って……まおなの?
何がどうなってるんだ?
混乱しながら、ぼくはまおの方を見る。
すると、まおも目を大きく見開き、信じられないという表情をしていた。
「にゃーとん……?」
まおが震える声でつぶやく。
「にゃーとんなの?」
旅猫の体がぴくりと震える。
「そんな……どうしてここに……。」
今度はセバスチャンまで動揺していた。
旅猫は大きく目を見開く。
「やっぱりそうだ!!」
さっきよりもさらに大きな声だった。
「はい! にゃーとんです!」
「ずっと探してました!!」
そう叫ぶと、一目散にまおのところへ駆け寄る。
「よくぞ……。」
まおが震える手を伸ばす。
「よくぞご無事で……。」
二人は固く手を握り合った。
にゃーとんは何度も何度も頭を下げている。
ぼくたちは、ただその様子を見ているしかなかった。
何が起きているのか、まったく分からない。
ひかりがおそるおそる口を開く。
「まお……この方、知り合いなの?」
その言葉で、まおがハッと我に返った。
「あ……。」
しまった、という顔をする。
すると、にゃーとんが振り返り、少し驚いたように言った。
「みなさん! もしかしてこの方をご存じないのですか?」
「この方こそ、我らがまお―」
「わーーー!!」
むぎゅっ!
まおがものすごい勢いで飛びつき、にゃーとんの口を両手でふさいだ。
「んぐっ!? んんーーー!?」
にゃーとんは何が起きたのか分からず、目をぱちぱちさせている。
「な、何でもありません!」
まおは顔を真っ赤にしながら必死に笑う。
ぼくたちは全員、ぽかんとしていた。
その時、セバスチャンが苦笑いを浮かべる。
「この方は、前にみんなへ話したことがある、離れ離れになった仲間の一人なんだよ。」
ぼくたちへ向き直り、静かに説明してくれた。
「まさか、こんなところで再会できるなんて思ってもみなかった。」
「そうだったんだ。」
ぼくはようやく納得した。
でも、その説明を聞いていたにゃーとんは、今度は目を丸くしてセバスチャンを見る。
「私が……仲間?」
信じられないという顔だった。
「滅相もない……。」
「この方こそ――」
スパーーン!!
「いったぁーー!!」
セバスチャンの見事な手刀が、にゃーとんの後頭部にきれいに決まった。
にゃーとんは頭を押さえて、その場でしゃがみ込む。
「な、何を……。」
涙目で振り返る。
すると今度は、まおが慌てて前へ出た。
「昔から少し思い込みが激しい方なんですよ!」
あはは、と笑おうとしている。
でも顔は真っ赤だった。
どう見ても動揺している。
「全く困りますね……。」
その言葉にも全然余裕がなかった。
「ふふふ。」
せいかが小さく笑う。
「なんか訳ありっぽいね。」
「ま、誰にも話したくないことはあるよな。」
むねゆきが肩をすくめる。
その言葉を聞いて、セバスチャンが静かにつぶやいた。
「……すまん。」
そして、まおの方を見る。
「昔の仲間と話したいこともたくさんあるだろ?」
レオも立ち上がる。
「今日はもう遅いし、解散にしようぜ。」
「そうだな。」
「そうしよう。」
みんなもうなずき始めた。
それぞれがテントへ向かって歩き出す。
ぼくもその場を離れようとして、ふと後ろを振り返った。
まおと目が合う。
ぼくは苦笑いしながら言った。
「……なんか大変そうだね。」
一瞬きょとんとしたまおだったけど、すぐにくすっと笑った。
「うん。」
少し照れくさそうに首をかしげる。
「かな?」
その笑顔を見て、ぼくも思わず笑ってしまった。
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