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第23話 最後にもう一度だけ 前編

 ぼくたちはゆっくり陽だまりの木の森へ近づいた。


 近くで見ると、さらに驚いた。


 大きな木だけじゃない。


 まだ小さな苗木。


 ぼくの背より少し高いくらいの若い木。


 たくさんの実をつけた立派な木。


 いろんな大きさの陽だまりの木が、きれいに並んで植えられていた。


「これ……」


 ぼくは一番小さな苗木の前で足を止める。


 近くの土には、小さなスコップが刺さっていた。


「自然に生えたってわけじゃないよね……」


 ぼくと同じことに気づいたのか、せいかが小さく呟いた。


 誰かが一本一本植えたんだ。


 そう考えるしかなかった。





「ちょっとこれ見てください!」


 少し離れた場所からひかりの声が聞こえる。


 ぼくとせいかは急いで向かった。


 そこには細い水の道があった。


 小さな川……というより、誰かがスコップで掘って作った水路みたいだった。


「これも自然じゃないよな……」


 ぼくは思わず呟く。


「これ……よく考えられてます」


 ひかりが感心したように言った。


「どういうこと?」


 せいかが聞く。


 ひかりはしゃがみ込んで、水路の横の土に触れた。


「見てください」


 ぼくも同じように土を触る。





「あれ? 少し湿ってる……」


「はい。この水路は土で作られています。土は水を吸います。だから水路を流れる水が、少しずつ周りの土に染み込むんです」


 ひかりは陽だまりの木を見上げる。


「こうすれば、根っこが自然に水を吸いやすくなります」


「すごい……」


 思わず声が出た。


 よく見ると苗木の周りには雑草もない。


 土もふかふかになるように掘り返されていた。


「シトロンさん……毎日ここへ来てたんだ……」


 想像以上の規模。


 そして丁寧な世話。


 でも――。


 一つだけ分からない。


「なんで……ここまで……?」


 ぼくは心の中で呟いた。





 その時。


「見て! あっちに建物があるよ?」


 せいかが指をさす。


 崖の近くに、木で作られた小さな建物があった。


 その横には倉庫のような場所もある。


 近づいてみると、倉庫には扉がなく中が見えた。


 壁にはスコップや鎌がきれいに並んでいる。


 どれも古そうだった。


 でも刃の部分はピカピカに磨かれている。


 大切に使われていたのがすぐに分かった。


「一体、いつからここで作業してたんだろうね……」


 せいかが静かに言う。


「そうだね……」


 ぼくはそう答えながら、シトロンさんが一人でここに通う姿を想像していた。





「ガチャガチャ」


 倉庫の道具を見ていると、後ろから音が聞こえた。


 振り返ると、ひかりが小屋の扉を開けようとしている。


「あれ? 開かないよ」


 困った顔で首をかしげるひかり。


 ぼくとせいかも近づいた。


「鍵がかかってるみたいだね……」


 せいかが扉を見ながら呟く。


「こういう時って……」


 なぜか二人が同時にぼくを見る。


「いや……こっち見られても……そんな都合よく鍵なんて……」


 ぼくは困った顔で言い返す。


 その時だった。





「あ……」


 思い出した。


 シトロンさんの部屋で見つけた小さな鍵。


 慌ててポケットを探る。


「あった……」


 鍵を取り出した瞬間。


「はぁー……」


「やっぱりこうちゃんだよね……」


 ひかりとせいかがあきれた顔でため息をついた。


「いや! たまたま拾っただけだし! この鍵穴に合うとは限らないよ!」


 そう言いながら鍵を差し込む。


 そして――。


 ガチャン。


 静かな音が響いた。


「…………」


 三人の間に沈黙が流れる。





「もう、いちいち突っ込まないよ?」


 せいかが笑いながら言った。


「さ、中に入りましょう」


 ひかりは普通に扉を開ける。


「なんだよ……少しくらい褒めてくれてもいいのに……」


 ぼくは小さく文句を言いながら中へ入った。


 でも次の瞬間。


 言葉を失った。


「すごい……」


 部屋には机と椅子。


 そして大きな本棚。


 それだけのシンプルな部屋だった。


 だけど床や机の上には、数え切れないほどの紙が置かれていた。


 手に取ってみる。


 そこに書かれていたのは、陽だまりの木についてだった。





 成長の記録。


 実ができるまでの年数。


 苗木の育て方。


 土の種類。


 水の量。


 本棚に並ぶ本も植物の図鑑や辞典ばかりだった。


「ここは……陽だまりの木の研究施設なんですね」


 ひかりが驚いたように呟く。


 ぼくとせいかも静かに頷いた。


 何気なく足元に落ちていたファイルを拾う。


 表紙にはこう書いてあった。


『陽だまりの木の可能性』


 開くと、シトロンさんの字が並んでいた。


『陽だまりの木には、体の不調を治す回復機能がある。その可能性について考察する』


 ページをめくる。





 実だけじゃない。


 葉っぱ。


 樹液。


 樹皮。


 いろんな実験結果が細かく書かれていた。


「すごいね……」


 横からのぞき込んだせいかが呟く。


「うん……」


 でも。


「僕たちが探してるのは、これじゃない……」


 シトロンさんがモカをどう思っていたのか。


 それが知りたいんだ。


 もう一度、三人で部屋を探し始めた。


 だけど出てくるのは研究資料ばかり。





 諦めかけた、その時だった。


「あれ?」


 本棚の一番上。


 本くらいの大きさのお菓子の缶が置いてあった。


 手に取って驚く。


「埃が……ない?」


 こんな場所にあるのに、きれいなままだ。


 ゆっくり缶を開ける。


 中には――。


 三枚の紙が入っていた。


「ちょっと来て!!」


 ぼくは二人を呼ぶ。


 紙を見たひかりが目を見開いた。


「これって……」


「こうちゃん!」


 せいかがぼくを見る。


 ぼくは強く頷いた。


「やっと見つけた! すぐモカのところに行こう!」


 久しぶりに胸の中に希望が生まれた気がした。





 急いでキャンプ地へ戻ると、そこにはまお、セバスチャン、ドラがいた。


「おかえり~」


 ドラがいつもより元気のない声で手を上げる。


 辺りを見回す。


 レオとむねゆきの姿はない。


 どうやら二人は、今日もシトロンさんを探しに森へ入っているみたいだった。


「モカは?」


 ひかりが尋ねる。


 するとセバスチャンが静かに首を横に振った。


「今日はテントから出てきてないわ」


 まおが心配そうに答える。


「そっか……」


 せいかが小さく呟いた。


「モカ……今日は俺たちと話もしてくれないんだ……」


 ドラが悲しそうに下を見る。





「俺、どうしたらいいんだ?」


 いつも明るいドラが、こんな顔をするなんて。


 それだけ、みんなモカのことを心配しているんだ。


「少し、話してみるよ」


 ぼくはそう言って、せいかと一緒にテントへ向かった。


「モカ、入るよ?」


 せいかが優しく声をかけて中へ入る。


 そこには、テントの端っこで体育座りをしているモカがいた。


 壁をじっと見つめている。


 目は赤く腫れていて、泣いたあとが残っていた。


「モカ、体調はどう?」


 せいかが優しく聞く。


 でも返事はない。


 まるで心だけどこかへ行ってしまったみたいだった。


「モカ」


 ぼくは静かに話しかける。





「もう一度、一緒にモカの家に行かない?」


 すると。


「……行きません」


 小さな声が返ってきた。


「どうして?」


 せいかが聞く。


「あの家はもう見たくありません」


 モカは壁を見たまま答える。


「悲しくなるだけです」


「違うんだ、モカ――」


「違いません!」


 ぼくの言葉を遮るように、モカが叫んだ。


 そこで初めて、ぼくたちを見る。


 目には涙が浮かんでいた。





「何も違いません……」


 震える声だった。


「昨日だって……あんなにお願いしたのに……」


「誰も『一緒に旅に行こう』って言ってくれませんでした……」


 そう言うと、また顔をそむける。


「もう十分です……」


「私のことは、ほっといてください……」


 ぼくとせいかは顔を見合わせた。


 その時、初めて気づいた。


 モカは……。


 ぼくたちが一緒に旅をするのを嫌がっていると思っていたんだ。


「ごめん」


 ぼくは素直に頭を下げた。


「あの時、すぐ返事できなかったんだ」


 モカが少しだけこちらを見る。





「でも、モカと旅をしたくなかったわけじゃない」


「じゃあ……何で?」


 責めるような声だった。


「このまま一緒に旅に出ていいのかなって……」


「え?」


「モカ、言っただろ? 全部忘れたいって」


 ぼくはまっすぐモカを見る。


「ここはモカが生まれた場所だよ」


「お父さんとお母さんとの思い出がある場所だよ」


「つらいことがあったからって……全部忘れるなんて、本当にそれでいいのかなって思ったんだ」


 隣から、せいかが鼻をすする音が聞こえた。


「それに……シトロンさんだって」


 モカの目が揺れる。


「モカを助けるために、迷わず崖へ飛び込んだ人だよ」


「あんなことができる人が……モカに何も残してないなんて、ぼくには思えない」





 ぼくは頭を下げた。


「だからお願い」


「もう一度だけ……」


「シトロンさんを信じて、ぼくたちについて来てほしい」


 テントの中が静かになる。


 モカは何も言わず、ただ涙を流していた。


「もし……」


 しばらく黙っていたモカが口を開いた。


「もし、ついて行って……何もなかったら?」


 涙で濡れた目のまま、真剣な顔でぼくを見る。


 その言葉に、僕は答えられなかった。


 何があるのかは分かっている。


 でも、それを口にするよりも、実際に見てほしいと思った。


 だから――。


 ぼくは何も言えなかった。





 モカが驚いた顔をする。


「答えられないんですか?」


「うん……」


 ぼくは頷いた。


「はぁー……」


 モカが呆れたようにため息をついた。


「そこは普通、大丈夫とか、絶対ありますとか言うところじゃない?」


 少しだけ、いつものモカみたいな言い方だった。


 だけど、その表情はまだ悲しそうだった。


「ごめん」


 ぼくは小さく笑う。


「でも、今はまだ何も言えない」


 そして、もう一度モカを見る。





「実際に見てもがっかりするだけかもしれない…」


 モカが静かに聞いている。


「でも……」


 ぼくは続けた。


「何も確かめないまま、シトロンさんと過ごした時間まで全部嫌な思い出にしてほしくないんだ!」


 モカの目が少し大きくなる。


「怒ったことも」


「すれ違ったことも」


「一緒に暮らしたことも」


「全部まとめて忘れたいなんて……そんなの寂しすぎるよ」


 しばらく、ぼくたちは見つめ合った。


 テントの中には静かな時間が流れる。


 そして――。


「……分かりました」


 モカが小さく呟いた。


「最後にもう一度だけ……ついて行きます」


 せいかの表情が少し明るくなる。





「でも、約束してください」


「約束?」


 せいかが聞き返す。


「はい」


 モカは真剣な顔でぼくたちを見る。


「もし何もなければ……」


「もう何も探さないでください」


「そして……」


「私を皆さんの旅に連れて行ってください」


 その声は震えていた。


 きっとモカも怖いんだ。


 また期待して、また傷つくことが。


 ぼくは少しだけ迷った。


 でも――。


「分かった」


 静かに頷く。





「約束する」


 今は言葉で説明するより、見てもらうしかない。


 シトロンさんが作った、あの陽だまりの木の森。


 そして――。


 あのお菓子の缶に、大切にしまわれていた三枚の紙。


 それをモカに届けること。


 残されたぼくたちにできる、最後の役目だと思った。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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