第21話 まだ終わっていない 後編
周りに倒れている猿たちを横目に、一同はキャンプ地へ向かって走っていた。
事前に中猿は二匹いると聞いていたのに。
どうして忘れていたんだ。
「なんで気づかなかったんだ……」
ぼくは自分を責めるように呟いた。
「こうたのせいじゃないよ」
横を走るドラが言う。
「みんな中猿が二匹いるって忘れてたんだ」
「むしろよく思い出してくれたよ」
レオも続けた。
だけど気持ちは晴れない。
もし手遅れだったら――。
そんな考えが頭から離れなかった。
走るたびに全身が痛む。
中猿との戦いで体は限界だった。
らいがはセバスチャンに。
らいねはむねゆきに運ばれている。
それでも二人はどんどん前へ進んでいく。
あっという間に距離が開いた。
後ろを見るとドラも苦しそうだった。
足を引きずりながら必死に走っている。
「ごめん! 僕は速く走れない! 先に行って!」
ぼくは叫んだ。
「わかった!」
セバスチャンとむねゆきがさらに加速する。
「レオも先に行ってくれ! みんなを頼む!」
今度はドラが叫んだ。
「でもよ……」
「頼む!」
「わかった…無理するなよ!」
レオもスピードを上げる。
数秒後には姿が見えなくなった。
「せいか……みんな……」
無事でいてくれ。
祈るような気持ちで走り続ける。
その時だった。
ゾゾッ――。
背中に妙な違和感が走る。
「なんだ……?」
思わず足を止めた。
ドラが追いついてくる。
「どうした?」
「なんか変な感じがする……」
自分でもうまく説明できない。
「なんだよそれ……いいから行くぞ! みんなが危ないんだ!」
ドラの言うことは正しい。
頭では分かっている。
でも。
なぜかここから離れちゃいけない気がする。
「いい加減にしろよ! 俺は進むぞ!」
ドラがイライラした声を出す。
でもその声も遠く感じた。
気づけばぼくは帰り道から外れ、横の森へ入っていた。
「おい! こうた! どうしたんだよ!」
文句を言いながらもドラがついてくる。
しばらく進む。
そして立ち止まった。
その瞬間。
「こうちゃん……」
微かに声が聞こえた。
せいかだ。
「こっちだ!!」
ぼくは叫び、声のした方へ走り出した。
「はぁ!? お前マジか!?」
ドラも慌てて追いかける。
森を抜ける。
「こうちゃーーーん!!」
今度ははっきり聞こえた。
「せいか!!」
全力で走る。
そして少し開けた場所へ飛び出した。
そこにせいかとモカがいた。
二人は猿たちに囲まれていた。
「こうちゃーーーん!」
モカをかばうように立つせいかが叫ぶ。
「せいか!!」
ぼくは二人の前へ飛び出した。
ドラも横に並ぶ。
「くそっ……もう猿が来てやがるのか……」
ドラが木刀を構える。
ぼくを見たせいかの目に涙が浮かんだ。
「こうちゃん……本当に来てくれた……」
「当たり前だろ!」
ぼくは叫び返す。
モカはせいかの後ろで震えていた。
「俺たちが来たからもう大丈夫だぞ」
ドラが優しく声をかける。
モカは小さく頷いた。
「キーキー!」
「キャッキャッキャッ!」
猿たちはこちらを見ながら騒いでいる。
数はそれほど多くない。
そして――。
中猿の姿も見当たらない。
だけど。
ぼくの胸の嫌な予感は、まだ消えていなかった。
ぼくとドラは前に立ち、せいかとモカを守るように木刀を構えた。
猿たちはぼくたちを囲んでいる。
なのに、なかなか襲ってこない。
「キーキー!」
「キャッキャッ!」
楽しそうに騒ぎながら、ぼくたちを見ている。
まるで追い詰められたぼくたちの反応を楽しんでいるみたいだった。
「こうた……私……ごめんなさい」
後ろからモカの小さな声が聞こえる。
振り返ると、モカは申し訳なさそうに下を向いていた。
するとせいかが説明する。
「モカちゃんね、みんなが心配になってキャンプ地から森に飛び出しちゃったの……。何とか見つけたんだけど囲まれちゃって……」
そういうことだったのか。
「これ使って!」
モカが小さな瓶を差し出してきた。
回復薬だ。
きっとモカなりに何とかしようと考えて行動したんだ。
怒る気にはなれなかった。
「ありがとう」
ぼくは回復薬を半分飲み、残りをドラに渡す。
「助かるよ」
ドラも一気に飲み干した。
すると少しだけ体が軽くなった気がした。
その時だった。
「キー!!」
一匹の猿が飛び出した。
それを合図に猿たちが一斉に動く。
「来たぞ!」
ドラが叫ぶ。
「はあっ!」
ぼくは木刀を振るった。
猿を吹き飛ばす。
だけど体が重い。
中猿との戦いのダメージがまだ残っていた。
ドラも同じだ。
動きにキレがない。
それでも必死に猿を追い払う。
「下がって!」
ぼくが叫ぶ。
せいかとモカが後ろへ下がる。
ぼくとドラも戦いながら後退した。
だけど猿たちは賢かった。
正面だけじゃない。
横からも回り込んでくる。
連携している。
「くそっ!」
ドラが悪態をつく。
倒しては下がる。
また倒しては下がる。
その繰り返しだった。
どうする?
どうしたらせいかとモカを守れる?
セバスチャンたちに居場所を伝えられれば――。
そう考えるけど何も思いつかない。
気づけば。
ぼくたちは崖の端まで追い詰められていた。
下をのぞくと、底が見えない。
「こうちゃん……」
「こうた……」
せいかとモカが不安そうにぼくを見る。
その時、ようやく気づいた。
「やられた……」
ぼくは呟く。
猿たちは最初からぼくたちを倒そうとしていたんじゃない。
攻撃しながら少しずつ誘導していたんだ。
この逃げ場のない崖の端まで。
「キーキー!」
「キャッキャッ!」
猿たちは崖の近くまでぼくたちを追い込むと、嬉しそうに騒ぎ始めた。
まるで勝利を祝っているみたいだった。
ぼくは周りを見渡す。
そして確信した。
こんなこと、普通の猿にできるはずがない。
わざと逃げ道を残して。
少しずつ後ろへ追いやって。
最後に崖へ追い込む。
こんな面倒な作戦を考えるのは、やつらしかいない。
中猿だ。
洞窟で戦ったあの中猿の顔が頭に浮かぶ。
戦いながら学び、成長し続ける化け物。
別の中猿だとしても油断なんてできない。
中猿が現れる前に何とかしないと。
最悪――。
せいかとモカだけでも逃がさないと。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
頭をフル回転させる。
だけど何も思いつかない。
その時だった。
騒いでいた猿たちが急に静かになった。
「……!」
猿たちが左右に分かれる。
真ん中に一本の道ができた。
ぼくの背中を冷たい汗が流れる。
「くそっ……間に合わなかった……」
思わず呟いた。
道の奥から何かが歩いてくる。
ゆっくり。
一歩ずつ。
周りの猿たちより明らかに大きい。
細長い手足。
見た目はほとんどチンパンジーだ。
そして全身を覆う真っ黒な毛並み。
中猿だった。
洞窟で戦った中猿は茶色だった。
でもこいつは違う。
真っ黒だ。
それなのに見ただけで分かる。
同じ種類の化け物だと。
「あの猿……なに?」
せいかが震える声で言った。
その顔は青ざめている。
「こうた……こいつが……」
ドラも険しい表情でぼくを見る。
ぼくは目を離さず答えた。
「うん……もう一匹の中猿だ」
その言葉を聞いた瞬間。
「キーッ!」
「キャッキャッ!」
猿たちが再び騒ぎ始めた。
勝利を確信しているようだった。
それくらい、この中猿には圧倒的な存在感があった。
黒い中猿はただ静かにぼくたちを見ている。
その目だけで分かった。
こいつは強い。
洞窟で戦ったあいつと同じか。
もしかしたら、それ以上に。
猿たちの歓声が森に響く。
「キーキー!」
「キャッキャッ!」
その声を背中に受けながら、黒い中猿は腕をぐるぐる回していた。
まるで準備運動でもしているみたいだった。
そして。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
ぼくたちの方へ歩いてくる。
その姿はまるで――。
「さあ、最後の仕上げといきますか」
そう言っているみたいだった。
中猿はぼくたちの目の前まで来る。
そして。
せいかとモカを指差した。
「オ…マエ…タ…チ…イッショ…ク…ル」
低く暗い声だった。
「え?」
「は?」
「しゃべった?」
モカとドラが驚く。
せいかは青ざめた顔で、中猿を見つめていた。
「なんで……」
声が震えている。
「なんで私たちを連れていくの……?」
せいかが不安そうにこうたを見る。
「大丈夫!そんなこと絶対させない!」
せいかに向かってできるだけ明るく話す。
言葉を口にしながら同時に絶望していた。
心のどこかで期待していた。
洞窟で戦ったあの中猿だけが特別だったんじゃないかって。
でも違った。
目の前のこいつもしゃべる。
考える。
作戦を立てる。
つまり。
同じくらい危険だ。
今のぼくはボロボロ。
セバスチャンもむねゆきもいない。
らいがもらいねもいない。
ゾーンだって入れない。
状況は最悪だった。
「イク…ハ…ヤクシ…ロ」
中猿が面倒そうに言う。
せいかとモカの顔が恐怖で固まった。
ぼくは無言で前へ出る。
すると中猿はぼくを見た。
「ジャマ…オ…マエ…イ…ラナ…イ」
その言葉に腹が立った。
怖い。
勝てない。
そんなことは分かっている。
それでも。
せいかは渡さない。
絶対に。
その瞬間だった。
「ガキンッ!」
中猿の拳が飛んでくる。
なんとか木刀で受け止めた。
だけど。
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
「ぐっ……!」
重い。
重すぎる。
「はああっ!」
今度はドラが後ろから飛び出した。
木刀で中猿を叩こうとする。
しかし。
「ガキン!」
あっさり止められた。
そして。
「ボキッ!」
「がっ!」
ドラが吹き飛ぶ。
続けざまに中猿の足がぼくを捉えた。
「ぐっ!?」
防御が間に合わない。
そのまま体が宙に浮く。
地面を転がった。
息ができない。
痛い。
でも。
中猿はもうぼくなんか見ていなかった。
せいかとモカへ向かって歩いていく。
「まてっ!!」
叫ぶ。
でも体は動かない。
動け。
動け。
動け動け動け!
どれだけ命令しても動かなかった。
その時だった。
「ワーーーーーーー!!」
遠くから声が響いた。
何かがものすごい勢いで走ってくる。
中猿も振り返る。
次の瞬間。
飛び込んできた猫が中猿に抱きついた。
その瞬間。
「おじさん!?」
シトロンだった。
中猿が驚いて動きを止める。
シトロンは中猿を抱えたまま方向を変える。
モカの耳元だけに届くくらいの小さな声で何かを言った。
モカの目が大きく開く。
「え……?」
そして――。
そして、中猿を抱えたまま崖へ飛び込んだ。
「おじさーーーーーーーん!!」
モカの叫びが森に響く。
黒い影が二つ。
崖の下へ消えていく。
ぼくは地面に倒れたまま、その光景を見ていた。
「え……?」
何が起きたのか。
頭がまったく追いつかなかった。
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