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第21話 まだ終わっていない 前編

 らいがとらいねを胸に抱えながら、ぼくは洞窟の奥へ進んだ。


 一歩進むたびに全身が痛む。


 足も重い。


 呼吸も苦しい。


 それでも止まらなかった。


 これから出会うボス猿が怖い。


 正直、今すぐ引き返したい。


 でも進む。


 こんなボロボロのぼくが行ったところで役に立たないかもしれない。


 それでも最後まで見届けたかった。


 みんなが命をかけて戦っているんだから。


 細い通路を抜けると、大きな空間への入口が見えてきた。


「ウォォォーーー!!」


 地響きみたいな咆哮が響く。


 間違いない。


 ボス猿の部屋だ。


 ぼくはらいがとらいねを抱える腕に力を入れた。


「行こう……」


 意を決して中へ入る。





「ガッ!」


「ガッ!」


「バキッ!」


 中ではセバスチャンがボス猿と戦っていた。


「でかっ……」


 思わず声が漏れる。


 本当に大きい。


 中猿なんてかわいく見えるくらいだ。


 見た目はほとんどゴリラだった。


 その戦いを、むねゆきが入口の近くで腕を組みながら見ている。


 ぼくに気づいたむねゆきが手を振った。


「おう! こうた! 遅かったな!」


「え?」


 明るすぎる声だった。


 状況が理解できない。





「なに? どういうこと? なんでセバスチャンが一人で戦ってるの?」


 ぼくが尋ねると、


「あー、すまん。そろそろ交代の時間だから後で説明する」


 むねゆきはそう言った。


 そして、


「おい! セバスチャン! そろそろ交代するぞ!」


 と叫ぶ。


「もうか? まだ余裕なんだけどな?」


 セバスチャンは笑いながら下がってきた。


 代わりにむねゆきが飛び出していく。


 ボス猿へ向かって木刀を振るう。


 一方のボス猿は、


「ゼー……ゼー……」


 肩で大きく息をしていた。


 どう見ても疲れている。





 戻ってきたセバスチャンがぼくを見る。


「おう! こうた! なんだ? ボロボロだな? 大丈夫か?」


「あのさ! 説明してよ!」


 ぼくは思わず叫んだ。


 中猿との死闘。


 らいがの重傷。


 らいねの限界。


 外ではドラとレオも命がけだった。


 怖い思いをしてここまで来たのに。


 目の前ではむねゆきとセバスチャンが交代しながら戦っている。


 意味がわからない。


 ぼくの顔を見て、セバスチャンは苦笑した。


「あー……そうなるよな」


 頭をかきながら言う。


「わかった。ちゃんと説明するよ」





 そしてボス猿を見ながらため息をついた。


「俺たちも最初は二人で本気で戦い始めたんだ」


 セバスチャンは少し残念そうな顔になる。


「でもよ……戦い始めてすぐ分かった」


「な、何が?」


 ぼくが聞くと、


 セバスチャンは肩をすくめた。


「あのボス猿な……修行不足だ」


 その言葉に、ぼくはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「あいつの体、よく見てみろよ」


 セバスチャンに言われて、ぼくは改めてボス猿を見た。


「え?」


 言われてみれば、どことなくぽっちゃりしている。


 腕や肩は大きい。


 だけど、おなか周りはかなりだるだるだ。





「ゼー……ゼー……」


 ボス猿は苦しそうに息を切らしながらむねゆきと戦っている。


 しかも。


 ボス猿の攻撃はほとんど避けられているのに、むねゆきの攻撃は何度も当たっていた。


「おそらくだがな」


 セバスチャンが呆れたように言う。


「あいつ、周りの猿たちを力で支配した後は、面倒なこと全部を配下にやらせて、自分はずっとぐーたらしてたんだろうな」


「ぐーたら……」


 あんなに怖かったボス猿なのに、急に情けなく見えてくる。


「ボスっていうのはな」


 セバスチャンが真剣な顔になる。


「仲間を守るために努力を続けなきゃいけないんだ」


 そしてボス猿を睨んだ。


「それなのにあいつは努力をやめた。仲間を守るための責任から逃げた。そんなやつ……俺たちの敵じゃない」


 その言葉にぼくは黙って頷いた。





「だったら早く倒しちゃえばいいのに……」


 思わず口にすると、


「こういう野生の動物はな。一瞬の痛みなんてすぐ忘れるんだ」


「そうなの?」


「ああ。今日負けても、傷が治ったらまた襲ってくるかもしれない」


 セバスチャンは真剣な顔になる。


「でもな。本当に怖い思いをした記憶は別だ」


「怖い思い?」


「そうだ。『もう二度とあいつらには逆らいたくない』『あいつらの縄張りには近づきたくない』って心の底から思わせるんだ」


 そしてドラたちのいる外を見た。


「俺たちは自分のために戦ってるんじゃない」


「……」


「モカやシトロンさんを守るためだ。村のみんなや、これからここを通る商人たちを守るためだ」


 セバスチャンの声は静かだった。


「だから中途半端には終わらせない。あいつが二度と誰かを襲おうと思わなくなるまで、しっかり恐怖を教えるんだ」


「だから俺とむねゆきは交代しながら攻撃してる。休む暇を与えない」





 その言葉を聞いて、ぼくは再びボス猿を見た。


 確かに。


 ボス猿は何度も首を横に振っている。


 まるで、


 もう戦いたくない。


 もうやめてくれ。


 そう訴えているみたいだった。


 だけど。


 むねゆきは手を緩めない。


「おらっ!」


「ウォッ!?」


 木刀がボス猿の肩に当たる。


 ボス猿が後ろによろけた。


 仲間を守るため。


 二度と襲われないため。


 むねゆきは攻撃を続けている。


 やっぱりすごい。


 この2人は、ぼくなんかよりずっと強い。





 その時だった。


「ウォォォォーーー!!」


 ボス猿が大きな咆哮を上げた。


 空気がビリビリ震える。


 だけど。


 何も起こらない。


「仲間を呼んでも誰も来ねーよ!」


 むねゆきが木刀を振りながら叫ぶ。


「お前の配下は俺たちの仲間が倒しちまったからな!」


 ボス猿の顔がみるみる青ざめていく。


 そして。


「そろそろ交代だ」


 セバスチャンが立ち上がった。


 むねゆきが下がり、こちらへ戻ってくる。





「ゼー……ゼー……」


 ボス猿は苦しそうに息をしながら、セバスチャンに向かって必死に首を横に振っていた。


 もう負けだ。


 許してくれ。


 そんな風に見える。


 だけどセバスチャンは止まらない。


「いくぞ!」


 そう言いながら前へ出る。


 ぼくはその戦いを見つめながら考える。


 トップになったあと努力をやめたボス猿。


 どんな相手と戦っても学び続け、成長し続けた中猿。


 同じ猿なのに、ここまで差が出るんだ。


 ぼくは木刀を握りしめた。


 せいかを守るため。


 仲間を守るため。


 今日だけじゃない。


 これから先も。


 努力を続けよう。


 そう強く決意した。


 



 それからもセバスチャンとむねゆきは順番にボス猿の相手をした。

 

「ゼー……ゼー……」


 ボス猿はもう限界だった。


 全身は汗だらけ。


 足もふらついている。


 誰が見ても勝負はついていた。


 そして――。


 ボス猿が最後の力を振り絞り、セバスチャンへ腕を振り上げる。


 その瞬間だった。


「グラッ」


 巨体が大きく揺れた。


 そして。


 ドォォン!!


 地面を揺らしながら倒れ込む。


 部屋全体が震えた。


「おい。終わりか?」


 セバスチャンが近づいて声をかける。


 返事はない。


 ボス猿は白目をむいて気絶していた。





 セバスチャンは少しだけボス猿を眺める。


 それから何も言わずに戻ってきた。


 むねゆきも歩み寄る。


 二人は目を合わせると――。


 パンッ。


 片手で軽くハイタッチした。


 それだけだった。


 でも、すごくかっこよかった。


「かっこいいです……」


 らいねがぽつりと呟く。


「そうだね……」


 ぼくも思わず頷いた。


 ボス猿は決して弱くなかった。


 それなのに。


 この二人は圧倒してしまった。


 いつか。


 いつかぼくも。


 一人でせいかを守れるくらい強くなれるだろうか。


 もっと頑張らないと。


 そう思った。





「おーい!」


 その時、入口の方から声が聞こえた。


 ドラだ。


 レオも一緒だった。


 ドラは足を引きずりながら歩いている。


 レオの肩に腕を回して支えられていた。


 レオだってボロボロだ。


 体中に傷がある。


 二人も本当に命懸けで戦ったんだ。


 それが一目で分かった。


 部屋に入るなりドラが叫ぶ。


「ボス猿の声が何回も聞こえて慌てて来たんだけど! みんな大丈夫か!?」


 必死な顔だった。


「あ? うん。特に大丈夫だ」


 むねゆきが普通に答える。


「なんで大丈夫なんだよ!!」


 ドラが意味不明なツッコミを入れる。


 思わずみんなが笑った。





「ボス猿は?」


 レオが尋ねる。


「あそこで寝てる」


 セバスチャンが冷たく顎で指した。


 レオがその先を見る。


 巨大なボス猿は白目をむいて転がっていた。


「みんな無事なんだな……」


 レオが安心したように呟く。


「うん……」


 ぼくはみんなの顔を見回した。


 傷だらけだ。


 ボロボロだ。


 でも。


 誰も欠けていない。


「みんな無事だ」


 胸の奥が熱くなる。





「生きてまた全員で集まれたよ……」


 その言葉を口にした瞬間。


 張りつめていたものが一気に抜けた。


 ぼくはその場に座り込む。


 よかった。


 本当によかった。


 みんなが生きていてくれて。


 心の底からそう思った。


 そんなぼくを見て、ドラがニコッと笑う。


「一件落着だな」


 その言葉を聞いて。


 みんなの顔に少しずつ笑顔が広がった。


 長かった戦いが――ようやく終わったのだった。






「それにしてもデカい部屋だな」


 ドラが足を引きずりながら部屋の中を歩き回る。


「おい、ケガしてるんだから無理すんなよ」


 レオが呆れたように後を追った。


「自分もついて行きます」


 そう言って、らいががぼくの腕の中から降りる。


 さっきまで気絶していたとは思えない。


 どうやら痛みより好奇心の方が強いらしい。


 その様子に思わず苦笑いする。


「それにしても派手にやられたな?」


 セバスチャンがぼくの近くまで来た。


 少し心配そうな顔をしている。


「なかなか手強い相手だったよ……」


 ぼくは中猿との戦いを思い出した。





「戦いを楽しんでいて、どんどん学んで強くなって――」


 そこまで言って、言葉が止まる。


「あれ……?」


「どうした?」


 セバスチャンが首をかしげる。


 ぼくの頭の中に、作戦会議の時のレオの話がよみがえった。


 ボス猿。


 そして中猿が二匹。


 確かそう言っていた。


 でも――。


「僕が戦ったの、一匹だけだ……」


 背筋が冷たくなる。


 もう一匹はどこだ?


 その瞬間。


『ニン…ゲンオ…ンナ…ム…カエ…イク』


 中猿の声が頭の中によみがえる。





 顔から血の気が引いた。


「セバスチャン!!」


 ぼくは思わず叫んだ。


「大変だ!!」


「なんだ!?」


「僕は一匹の中猿としか戦ってない!!」


 セバスチャンの表情が変わる。


「確かに……中猿は二匹いるはずだ」


 部屋の空気が一気に張り詰めた。


「もしかして……」


 ぼくが言いかけた、その時だった。


「なんだこれ!?」


「ちょっとみんな来てくれ!」


 ドラとレオの大声が部屋の奥から聞こえた。


 嫌な予感がした。





 ぼくたちは急いで声の方へ向かう。


 そこは部屋のさらに奥。


 どうやらボス猿の寝室らしい。


「これ見てください!」


 らいがが壁を指差した。


 壁には大きな絵が描かれていた。


 昔、本で見たエジプトの壁画みたいだ。


 たくさんの猿たち。


 その中には中猿らしき姿もある。


 そして、それと戦う猫たちと人間。


 さらに少し離れた場所には――。


 長い髪の人間。


 ボス猿。


 そして、もう一匹の中猿。





「なんだよ……これ」


 むねゆきが呟く。


「まるで何かの作戦図みたいだな……」


 レオの顔も険しくなる。


 ぼくは壁画を見つめた。


 長い髪の人間。


 せいかだ。


 間違いない。


 胸がドクンと大きく鳴った。


「もう一匹の中猿はせいかを狙ってる!!」


 気づけば叫んでいた。


「残っているみんなが危ない!!」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「すぐに戻るぞ!!!」


 セバスチャンが叫ぶ。





 全員が同時に動き出した。


 傷なんて気にしている場合じゃない。


 ぼくも木刀を握り直し、出口へ向かって走る。


 頼む。


 間に合ってくれ。


 せいか。


 まお。


 ひかり。


 モカ。


 みんな無事でいてくれ。


 祈るような気持ちで、ぼくは洞窟の外へ駆け出した。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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