第20話 しゃべる猿 後編
「カンッ!」
「カンッ!」
洞窟の中に激しい音が響く。
ぼくの木刀と中猿の腕がぶつかるたびに、
バリバリッ!!
青白い雷がはじけ飛んだ。
「キッ!?」
中猿が顔をしかめる。
攻撃を受けても。
防いでも。
雷のダメージが中猿を襲う。
明らかに嫌がっていた。
「よし! いけるぞ!」
思わず叫ぶ。
さっきまでとは違う。
ちゃんとダメージが通っている。
頭の上ではらいねが苦しそうに呟いていた。
「力を……もっと……」
ゾーンはもう切れている。
なのに体は驚くほど軽かった。
まるで風になったみたいに動ける。
全身を包む雷がぼくを押してくれているようだった。
そして何より大きいのは――。
攻撃が防がれても相手にダメージを与えられることだ。
ぼくは自信を取り戻していた。
ゾーンの時より頭もはっきりしている。
だから分かる。
この力は危険だ。
前にらいがとやった時も時間制限があった。
しかも終わった後は立てないくらいの反動が来た。
今の力はあの時よりずっと強い。
なら反動も――。
「絶対にやばい……」
ぼくは歯を食いしばった。
早く終わらせないと。
その思いで攻撃を続ける。
「はあああっ!」
バシッ!
中猿が飛び退く。
追いかける。
また雷をまとった木刀を振るう。
中猿は防御しない。
避ける。
ひたすら避ける。
攻撃を受けても雷。
防いでも雷。
ぼく自身に触れても雷。
攻め方が分からないのか、とにかく距離を取っていた。
「逃がすか!」
さらに踏み込む。
だがその時だった。
ズシッ。
急に体が重くなる。
「っ!?」
鉛を背負ったみたいだった。
腕が重い。
足も重い。
呼吸も苦しい。
頭の上では、
「はぁ……はぁ……」
らいねの息も荒くなっていた。
限界が近い。
そう直感する。
「くそっ……時間がない」
ぼくは木刀を構え直した。
すると。
中猿が動きを止めた。
今までの楽しそうな顔が消えている。
笑っていない。
ふざけてもいない。
じっとぼくを見ている。
まるで何かを決めたような顔だった。
「……?」
嫌な予感がした。
洞窟の空気が変わる。
中猿はゆっくり拳を握った。
そして――。
ニヤリ。
今まで見たことのない不気味な笑みを浮かべた。
体が重い。
さっきまでの動きが嘘みたいだった。
腕も足も鉛をつけられたみたいだ。
それでも止まれない。
「はあああっ!」
ぼくは無理やり木刀を振るった。
「カンッ!」
中猿が腕で受け止める。
その瞬間、
バリバリッ!!
雷が中猿の体を走った。
「キッ!」
顔をしかめる中猿。
だけど――。
今度は逃げなかった。
そのまま前に出てくる。
「なっ!?」
電気のダメージを受けているはずなのに。
お構いなしだった。
むしろ積極的に攻撃してくる。
「カンッ!」
「カンッ!」
「ドカッ!」
「ぐっ!」
防ぎきれない。
拳が肩にめり込む。
体が揺れる。
それでも反撃する。
頭の上のらいねも必死だった。
振り落とされないようにしがみついている。
「キ♪ キ♪」
中猿は楽しそうに笑っていた。
まるで遊んでいるみたいに。
その姿に寒気がする。
「もう……限界です……」
頭の上から弱々しい声が聞こえた。
「もう少しだ! がんばってくれ!」
ぼくは叫ぶ。
「……はい」
らいねの返事も力がなかった。
ここで負けたら終わりだ。
もう打つ手はない。
せいかが危ない。
だから止まれない。
「モ……ット……モッ……ト……」
中猿が嬉しそうに呟く。
攻撃はさらに激しくなる。
ダメージを受けているはずなのに。
戦いながら考え、どんどん強くなる中猿。
「この化け物が……!」
ぼくは歯を食いしばった。
そして――。
「バキッ!!」
「ぐあっ!」
拳がまともに入る。
視界が揺れる。
それでも木刀を振った。
「ガキン!」
中猿が素手で受け止める。
その瞬間だった。
バリバリバリバリッ!!!
今までで一番大きな雷が中猿を包んだ。
「ギィィィッ!!」
中猿が初めて苦しそうな声を上げる。
そして同時に――。
「こうたさん……ごめん……なさい……」
らいねの声が聞こえた。
頭の上の重みが消える。
らいねがずり落ちたのだ。
その瞬間。
ぼくを包んでいた雷が消えた。
そして。
ビキビキビキッ!!
「ぐはっ……!」
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
激痛だった。
立っていられない。
ぼくはその場に座り込んだ。
指一本動かない。
「時間切れだ……」
そう思った。
せめて防御だけでも。
そう思うのに体が言うことを聞かない。
やばい。
そう思って中猿を見る。
「なっ……」
ぼくは息をのむ。
体中が焦げている。
足も震えている。
それなのに中猿はまだ立っていた。
そして。
ニタァ……。
中猿が笑う。
「モ……ット……」
一歩。
こちらへ踏み出そうとする。
その瞬間。
ガクッ。
中猿の膝が崩れた。
「……?」
中猿自身も驚いた顔をする。
一歩。
また前へ出ようとする。
だが足が動かない。
全身が小刻みに震えている。
雷がまだ体の中を走っているのだ。
「ギ……ギ……」
悔しそうにぼくを見る中猿。
そして。
ドサッ。
ついに地面へ倒れ込んだ。
「勝ったのか?」
僕は確認するように呟いた。
全身が痛かった。
少し動くだけで筋肉が悲鳴を上げる。
「くっ……」
壁に手をつきながら、ゆっくり立ち上がる。
足は震えている。
今にも倒れそうだった。
でも立たないといけない。
猿たちとの戦いはまだ終わっていない。
ふと見ると、らいねが仰向けになっていた。
両手で顔を覆いながら、
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
小さな声で繰り返している。
「らいね……」
ぼくはゆっくり近づいた。
「勝ったよ……」
「え?」
らいねが顔を上げる。
「本当に?」
「うん……らいねのお陰だよ……ありがとう……」
そう言うと、らいねの目から涙があふれた。
「よかった……よかったぁ……」
そのまま声を上げて泣き出す。
ぼくはしゃがみ込み、らいねをそっと抱き上げた。
それから近くに落ちていた回復薬の瓶を拾う。
底に少しだけ残っていた。
そして、ゆっくり歩き出す。
らいがのところへ。
「ひっ……」
ぼくの腕の中でらいねが息を呑んだ。
らいがはひどい状態だった。
顔は腫れ上がり、体中が傷だらけ。
服も血で汚れている。
こんなになるまで。
こんなになるまで僕を守って戦ってくれていたんだ。
胸がぎゅっと締め付けられる。
ぼくはらいがの横に腰を下ろした。
そして瓶に残った回復薬を口へ流し込む。
「ゲホッ! ゲホッ!」
らいがが激しく咳き込んだ。
しばらくしてゆっくり目を開ける。
「こ……うた……? あいつ……は?」
「何とか勝てたよ。もう大丈夫……」
ぼくが答えると、
「そっか……」
らいがは安心したように目を閉じた。
「らいが……助けてくれてありがとう……」
「フフッ……」
目を閉じたまま小さく笑う。
その笑顔を見て、ぼくも少しだけ笑った。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
勝てた。
本当にギリギリだった。
一人じゃ絶対に無理だった。
でも勝てたんだ。
そう思った瞬間――。
「あっ!」
ぼくは急に顔を上げた。
「らいね! 外の様子は?」
「そうでした……」
らいねも思い出したように言う。
「ドラさんとレオさんから伝言があったんです」
「伝言?」
「こっちはもう大丈夫。だから、こうたはボス猿の方を手伝ってくれ!……だそうです」
ぼくはほっと胸をなで下ろした。
「状況は?」
「外の猿たちはドラさんとレオさんが殲滅しました。半分くらいは逃げましたけど……」
「そっか……」
よかった。
本当によかった。
だけど、らいねの表情は暗いままだった。
「でも……二人とも限界です。しばらく動けないと思います……」
その言葉にぼくは黙り込む。
みんな本当に命懸けだったんだ。
よかった。
ドラたちも生きている。
らいがも助かった。
中猿も倒した。
これで少しは安心できる。
そう思った、その時だった。
「ウォォォォォォォーーーーーー!!」
洞窟の奥から、とんでもない咆哮が響いた。
空気が震える。
地面まで揺れた気がした。
ぼくとらいねは思わず顔を見合わせる。
横では、らいがもゆっくり目を開いた。
まだ終わっていない。
セバスチャンとむねゆき。
そして――ボス猿。
決着は、まだ先だった。
「進もう……」
ぼくは静かに言った。
らいがとらいねがこちらを見る。
そして小さく頷いた。
中猿ですらあんなに強かった。
だったらボス猿はどれほど強いんだろう。
想像もできない。
セバスチャンもむねゆきも強い。
ぼくなんかよりずっと強い。
でも――。
二人がそろえば絶対に勝てるなんて保証はどこにもなかった。
胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
怖い。
正直、今すぐ逃げ出したかった。
もう戦いたくない。
もう痛い思いもしたくない。
あんな化け物みたいな相手と戦うなんて嫌だ。
だけど。
ここで逃げたら駄目だ。
今までやってきたことが全部無駄になる。
ドラとレオの命がけの戦いも。
先に進んだむねゆきとセバスチャンの覚悟も。
そして――。
こんなに傷つきながらぼくを守ってくれた、らいがとらいねの頑張りも。
全部無駄になってしまう。
せいかだって危険な目にあわせてしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
ぼくはらいねを抱え直す。
それから傷だらけのらいがもそっと持ち上げた。
「こうた……」
らいががかすれた声を出す。
「決着をつけよう……」
いつもの生意気な言い方だった。
思わず少しだけ笑ってしまう。
「そうだな」
そう返すと、
らいがも弱々しく笑った。
今のぼくが行ったところで役に立たないかもしれない。
戦う力もほとんど残っていない。
木刀を握る手だって震えている。
それでも。
立ち止まるわけにはいかなかった。
今の自分にできることをやる。
それしかない。
一歩。
また一歩。
ゆっくり進む。
そのたびに全身が悲鳴を上げる。
それでも足を止めない。
ぼくはボス猿の待つ最奥部へ向かって歩き出した。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
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