第15話 どら猫商店旅立ちの日 後編
公民館からの帰り道。
「こうちゃん、どう? 似合う?」
せいかがくるりと回った。
真っ白なフード付きマント。
顔には、らいねと色違いの狐のお面。
すごくごきげんだ。
長老たちが帰りぎわにくれたものだった。
ぼくの分は、真っ黒な色違いだ。
保存食の売り上げで少しいい材料を買って、長老たちが手分けして作ってくれたらしい。
人間ぎらいの村や町に行く時の、変装用の服だという。
(ぼくたちのこと、ちゃんと考えてくれてたんだな……)
そう思うと、胸があたたかくなった。
「いつでも村に帰ってきていいからね?」
長老たちにそう言われた時、せいかは少し泣きそうになっていた。
「あんまりはしゃいで転ぶんじゃないよ!」
村長も笑いながら言う。
その顔がうれしそうで、ぼくまでうれしくなった。
でも――。
「おや?」
家の前に着いた瞬間、村長が立ち止まった。
視線の先を見る。
そこには、ドラのお母さんが立っていた。
「村長さん、夜分遅くにすみません」
ドラ母はぺこりと頭を下げる。
「実は……この子たちと少し話がしたくて……」
いつもの強い声じゃない。
どこか申し訳なさそうだった。
「それじゃあ、私は先に家に入っているからね」
村長は何かを察したのか、すっと中へ入っていく。
「ありがとうございます」
ドラ母がもう一度頭を下げた。
ぼくとせいか、そしてドラ母。
三人だけになる。
でも――沈黙。
ドラ母は、もじもじして何も言わない。
あの肝っ玉母さんとは別人みたいだった。
(どうしたんだ……?)
困っていると、せいかが口を開いた。
「最近、ドラの様子はどうですか? 私たち、全然会えてなくて……」
ドラ母は、少しうつむいた。
「家の仕事を、がんばって手伝ってくれているよ」
静かな声だった。
「まるで何かに憑りつかれたみたいにね」
その言い方が、なぜかさみしそうだった。
「私が頼んだことは、全部一生懸命やる」
「それだけじゃない。頼んでもいないことまで、自分で考えて手伝うんだよ」
ドラ母は、ぎゅっと手を握った。
「今までの、あの子じゃ考えられないくらいにね……」
ぼくは首をかしげた。
(え? すごくいいことじゃないのか?)
ドラが変わって、がんばっている。
それなのに、どうしてそんな悲しそうな顔をするんだろう。
ぼくには、まったくわからなかった。
ドラ母は、しばらくうつむいたまま立っていた。
そして、ぽつりと話し始めた。
「私の理想通りに、息子が頑張ってくれているのにね……」
声がふるえていた。
「どうしても、この間レオ君が言った言葉が頭から離れないんだよ」
『子供の自由を親が邪魔していいんですか?』
あの時の言葉だ。
「それは……」
ぼくは思わず前に出た。
「僕たちに誤解があって……でも、レオの言葉は母親であるあなたに言うべき言葉じゃなかったです。ご
めんなさい」
ぼくは頭を下げた。
せいかも一緒に頭を下げる。
するとドラ母は、首を横に振った。
「違うんだよ」
ぎゅっと胸元をつかむ。
「私がここまで気にしてる理由は……レオ君の言葉が、本当だったからなんだよ」
ぼくとせいかは顔を上げた。
「あの子が生まれてすぐ後にね……父親が狩りに出たまま、戻らなくなったんだよ」
「え……」
せいかが言葉を失う。
ぼくも、何も言えなかった。
そういえば、ドラのお父さんの話なんて一度も聞いたことがない。
「私はね、自分がしっかりしないとって必死だった」
ドラ母の目から涙がこぼれる。
「あの子を食べさせて、守って、育てて……足りないことも、大変なこともいっぱいあった」
「でも、村のみんなに助けられて……なんとかここまで来たんだ」
この世界で、たった一人で子育てをする。
ぼくには想像もできなかった。
「私はね……」
ドラ母はその場に崩れ落ちた。
「あの子を失いたくなかったんだ……!」
わんわん泣き出す。
「約束を守らないとか理由をつけて……自分のために、この村に縛りつけようとしてたんだよ……!」
せいかも、横でぼろぼろ泣いていた。
ぼくは気づけば、一歩前に出ていた。
「それの何が悪いんですか?それが家族じゃないんですか!」
大きな声が、自分でもびっくりするくらい出た。
「あなたは、ドラのことを本気で好きで、本気で心配だったんですよ!」
「母親として、何も間違ってないです!!」
ドラ母は顔を上げ、涙だらけのまま何度もつぶやいた。
「ありがとう……ありがとう……」
ぼくは深く息を吸った。
「僕たちは、何年でも待てます」
「あなたがドラを“もう大丈夫”って思える時が来たら、みんなで迎えに来ます」
「だからそれまで、ドラのことをよろしくお願いします!」
ぼくは頭を下げた。
せいかも一緒に頭を下げる。
しばらくして、ドラ母は涙をぬぐった。
「ありがとう……こんなに息子のことを考えてくれる仲間がいて、あの子は幸せだね」
その顔は、いつもの母ちゃんの顔に戻っていた。
そして、すっと背筋を伸ばす。
「一つ、お願いがあるんだけど聞いてくれるかい?」
「なんでしょうか?」
ぼくも背筋を伸ばした。
ドラ母は、まっすぐぼくたちを見る。
「やっぱり、あの子を一緒に連れて行ってくれないか?」
「えっ!?」
せいかが目を丸くした。
「いいんですか?」
「だって――」
ドラ母はいたずらっぽく笑った。
「子供の自由を親が邪魔するわけにはいかないだろう?それに、みんながいればきっ
と大丈夫だって今わかったからね。」
ぼくたちは思わず顔を見合わせた。
「でも、ドラが納得しないかもしれません」
ぼくは正直に言った。
「今のドラは、自分でやりきったって思わないと動かない気がします」
「ふふっ、あの子も頑固だからね」
ドラ母は笑った。
「でも大丈夫。私が説得する」
「絶対に、あんたたちの旅立ちには間に合わせる」
そして深く頭を下げた。
「だから……あの子のこと、よろしくお願いします!」
「はい! 任せてください!」
ぼくは大きくうなずいた。
「私たちが責任もってお預かりします!」
せいかも元気よく言う。
「ありがとう。バカ息子を頼むね」
三人で笑い合った。
そのあと、ドラ母は帰っていった。
ぼくとせいかは、その姿が見えなくなるまで見送った。
「お母さんって、強いね」
せいかがぽつりと言う。
「うん」
ぼくはうなずいた。
本当は離れたくないのに息子の幸せを第一に考えて決断する…本当に強い
なんだか――。
久しぶりに、自分のお母さんに会いたくなった。
旅立ちの日が、ついにやってきた。
朝、ぼくはいつも通り村長の家で目を覚ました。
台所からは、いいにおいがする。藤さんと、らいが、らいねが朝ごはんの準備をしていた。
「今日は豪華だぞ!」
らいがが胸を張る。
「旅立ちの日ですから」
らいねも、なんだかうれしそうだ。
席につくと、村長がぼくらを見た。
「それで、出発はいつなんだい?」
「昼すぎに、村の入り口で集合です」
ぼくが答えると、村長はうなずいた。
「そうかい。じゃあ、私も見送りに行くからね」
「私も行きますよ」
藤さんも笑う。
忙しいのに、ありがたい。ぼくは胸があたたかくなった。
朝ごはんのあと、ぼくとせいかは、らいがとらいねを連れて、らいこう様のもとへ向かった。
「本日より旅立ちます!」
せいかがぺこりと頭を下げる。
らいこう様は、静かにうなずいた。
「らいが、らいね。精いっぱい務めるのだぞ」
「はい!」
二匹がそろって返事をする。
そして、らいこう様は小さな箱を差し出した。
中には、丸いガラス玉が一つ入っていた。スーパーボールくらいの大きさだ。
よく見ると、中で青白い光がぴかぴかしている。
「私の力を閉じ込めた玉だ。持っていきなさい。きっと旅の役に立つ」
「ありがとうございます!」
ぼくとせいかは大切に受け取った。
昼すぎ。
ぼくらは長老たちにもらった黒いフード付きマントを着て、村の入り口へ向かった。
僕の肩には、らいが。せいかの肩にはらいねが乗っている。
村長と藤さんも一緒だ。
集合場所には、すでにまおとセバスチャンがいた。
「お待ちしておりました」
まおがにっこり笑う。
その笑顔を見て、少し緊張がほどけた。
少し遅れて、むねゆき、レオ、ひかりもやってきた。
でも――ドラがいない。
(やっぱり……間に合わなかったのか?)
ぼくの胸がざわつく。みんなもせっかくの旅立ちの時なのにどこか元気がない。
そのときだった。
「おーい! 待ってくれ!」
村のほうから声がした。
見ると、げんさんを先頭に、たくさんの村猫たちが大きな荷車を押してくる。
「げんさん!?」
荷車には、大きな箱や道具がぎっしり積まれていた。
「お前たちのために特別に作ってやった!」
げんさんが胸を張る。
「燻製器も乗せてある! 旅先でも商売できるだろ!」
「ええっ!?」
せいかが目を丸くする。
ほかの猫たちも次々に声をかけてくれた。
「がんばれよ!」
「またいつでも戻ってこい!」
「お前たちのこと、忘れねえからな!」
胸がいっぱいになる。
そろそろ出発の時間。
でも、ドラはまだ来ない。
(……仕方ない)
そう思った、その瞬間。
また村のほうから、ドタドタと走る音がした。
「おーーい!!」
茶色い猫が、全力で走ってくる。
「ドラ!!」
みんなが叫ぶ。
ドラは息を切らしながら飛び込んできた。
レオがすぐ抱きつく。
「遅かったな!」
「主役は遅れて来るもんだろ?」
ドラがにやっと笑う。
「うるせーよ!」
レオが泣きそうな顔で怒鳴った。
みんなも笑う。
でも、ぼくは気づいた。
ドラの目が真っ赤に腫れている。
きっと、お母さんとたくさん話したんだ。
「これで、みんなで旅に出れるね」
せいかが小さく言った。
「うん」
ぼくも強くうなずいた。
初めてこの村に来た日のことを思い出す。
みんなににらまれて、怖くて、居場所なんてなかった。
今は――こんなにも大勢が見送ってくれている。
気づけば、涙があふれていた。
「ありがとうございました……!」
ぼくとせいかは何度も頭を下げた。
そして、村長と目が合う。
村長は大きく息を吸いこんで、叫んだ。
「あんたたち! 気張っていきなよ!!」
ぼくらは顔を見合わせる。
そして、せいかと叫んだ。
「いってきます!!」
一歩、前へ進む。
二歩、三歩。
振り返ると、村のみんなが手を振っていた。
ぼくは前を向く。
こうして――
どら猫商店の、長い長い旅が始まった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
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