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上洛準備
史実上の十年、時を早めた和希
きたる戦に備え小牧山城にて次なる動きも模索していた
足利家の状況、六角、朝倉、浅井、三好家への計略、
各、諸大名の勢力と分布
和希は困っていた
好きな大名や武将にはトコトン調べ色んな書を読んだが
眼中に無かったものには関心が乏しかった
美濃岐阜を制した信長、敵対になる大名は多くなる
包囲網なるものも必ず時の流れ起こりうる事となる
丹羽長秀の側近の位置にいる和希だったが信長の軍議には
桶狭間に美濃攻略、伊勢攻略の功にて参加を許し得ていた
時は緩やかに流れ出す12月末の、ある日
岐阜城の信長より早馬きたる
(申し上げます、将軍、足利義輝死去)早馬
(なぬっ、室町将軍、足利が)和希
予想もしない訃報だった1565年6月の暗殺だったはず
時を早めた分、歴史も加速するやも知れぬと考えはしていたが
4年半後の出来事が、なぜ、驚いた和希だった
(急がねば)和希
(明日、岐阜に参る、支度を)和希
丹羽家、和希隊の隊長たちや兵にも近々、出兵の指令も出した。




