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武功の成果
桶狭間の戦いが終り尾張と三河では失地回復とその保持
さらに勢力拡大を両家は図って動いていた
丹羽和希もまた次に備え考えを図っていた
尾張の国中に名を広めた和希
山川に移り住む人々や浪人に百姓など国の最大の危機を
脱した事で、次に備えまた部隊の人員、装備、訓練を
急ぎ整える必要があった
交友関係もまた、丹羽長秀に前田利家、池田恒興らと
意見交換に、飲み会と信頼を築いていった
木下藤吉郎にも気にかけ彼を陰ながら援助した
歴史を知る和希が三河、松平元康に接触するのも当然の流れである
先に動く分、和睦の先頭に丹羽長秀と和希、
後に老臣、林秀貞、滝川一益を従え交渉を始め
史実通り松平氏の老臣、石川和正、高力清長に接触、
和睦案の具体的な内容も議論し松平氏、織田氏の和睦は
清洲城にて史上、永禄5年1月15日より早い桶狭間の3ヶ月後の
3年8月2日に、世に言う清洲同盟が成立した
清洲城の城門の外にて松平元康を見送る和希がいた
(松平殿、此度は誠に有難うございます)和希
(丹羽殿が私に会い一人で来た時は驚いた)元康
(こうも早く同盟が結べるとは)元康
(尾三同盟はお互いより良いものになりまする)和希
(今度は遊びに来い、友としてな)元康
(ありがたきお言葉)和希
見送り和希は、東の心配は無くなった、北の空を見上げ清洲をあとにした。




