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桶狭間(2)
清洲城に続々と家臣団が集結してて
国境では今川軍と織田軍守備隊が交戦を開始していた
史上の通り尾張の命運をかけた戦に軍議が続いた
前日、5月18日、丹羽長秀と和希は信長に進言した
和希は来る桶狭間に備え現地の地形を視察し地形に地図も
怠りなく準備していた
(殿、義元は必ず桶狭間を通りまする)長秀
(天候に地形、奇襲の好機と思います)和希
(同じ意見だ、良く気づいた)信長
事は内密に迅速を要す、信長は、そう言い、その時が来たら
織田家の存続をかけた、奇襲作戦が吉と出るか凶となるか
歴史の一ページに私、和希も初陣に目頭が熱くなった
そして、、、翌日5月19日午前過ぎ松平元康、朝日奈秦朝らが
丸根砦、鷲津砦を攻撃受ける報を聞き、
信長が出陣する前に舞ったとされる舞を、この目で見る
長秀と和希の姿が部屋の隅にあった




