第4章 カウンセリング
「お疲れ様でーす」
「やあ、お疲れ」
「・・・・・・」
「どうしたの? 何か様子、おとなしいね」
PCを立ち上げていた桧垣が手を止めて、いつもと様子が違う恵美莉に訊いた。
「はい、少し衝撃なことがあって」
カウンセリングルームのある学生相談室には、普段は誰もいない。青年心理学を専門とする桧垣助教授が、研究の一環として悩み多き学生たちのカウンセリングを行っているわけだが、恵美莉は週に2~3回、アルバイトという名目でその受付の手伝いをしている。恵美莉はもともとこの助教授に親しみを感じていてこのアルバイトに就いたのだが、恋愛相談を持ち掛けているうちに、関係は深まってしまった。初めに誘ったのは他でもない恵美莉のほうだ。桧垣は一旦断ってみたものの後悔が立ち、やっぱりこんなことになってしまっていた。しかしその関係は誰にもバレず継続中である。つまり、相談予約のない日は二人だけの自由時間なのだ。
「留学生にポーリーって人がいるんですけど」
「ああ、ドビンズ君ね」
「知ってます?」
「うん、カナダの街と姉妹提携してるから、特待生扱いで来てるおっちゃんだ」
「おっちゃん?」
「うん、33歳だったと思うけど」
「え? そんな年取ってたの? 童顔だからそんなに離れてないと思ってた」
「まさか、惚れたのかい?」
「違いますよ。でもなんだか、すごく気になって」
「どういう意味で? 男としてじゃないだろ?」
「うーん、先生に建て前は必要ないから、はっきり言っちゃいますけど、どうやら男としてです」
「ええ? あの人のどこがそんないいいの?」
「えへへ、ヤキモチ妬かないでくださいね」
恵美莉はカバンを待合のベンチに放り投げ、髪の毛をかき上げながら、桧垣の机に近寄り、隣の椅子に座った。髪をかき上げると周囲にシャンプーのいい匂いが漂うのが分かっていた。
「変な外人なのは間違いないんですけど、話してると・・・話もろくに通じないくらい変な日本語しゃべるんですけど、信念みたいなもの感じるんです」
「ほほう、それは興味深いな。今日は暇だから、川崎さん(恵美莉)のカウンセリングやろうか」
桧垣は微笑んだ。
「はい、お願いします」
恵美莉はポーリーとの出会いから、最初に持っていた印象とか、出会う度に面倒に思っていたこととか、こと細かに話した。桧垣助教授もその話から、ポーリーの奇行を笑って聞いた。
鳩の一件でポーリーの心の内を垣間見た恵美莉は、初めて接した感性に、戸惑いと共に言葉では言い表せないような新鮮な魅力を感じ、自分の中でうまく整理することができずにいる心境を打ち明けた。それが異文化に対する興味なのか、外国人に対する好奇心なのか、そして、外見上全く興味がなかったポーリーに対して、図らずも男を意識してしまった自分に、戸惑いと驚きを感じている、そんな心理を分析してもらいたかったのだ。
「見た感じじゃ、付き合いたいとか、抱かれたいとか思わないんですよ」
「でも、野暮ったい彼に魅かれてるのは、間違いなさそうだよね」
「男の人を内面で見られるようになったんでしょうか?」
「ははは、僕なんか、外見には自信ないけどな」
「先生は優しいから、それにいろいろ大人なこと♡教えてくれるし・・・」
「じゃ、新しいことに興味があって、僕じゃなくその情報に魅力を感じてる?」
「・・・・・あたしは・先生が好きだよ」
桧垣は恵美莉をしっかりと見た。彼女は目線を下げて話していた。この年頃の女子特有の戸惑いを自ら演出する姿から、次の行動の予想がついた。桧垣はまっすぐ彼女の顔を見詰めた。すると彼女は、予想通り顔を上げて隣に座る桧垣と視線を合わせた。そのタイミングを見逃さず、桧垣は唇を重ねた。
「先生。いつものケア♡、お願いしてもいいですかぁ?」
恵美莉のこの甘えた声をきっかけに、二人は密室のカウンセリングルームへ移動した。
その後しばらく、真昼の情事が盛り上がり始めたころ、学生相談室のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、お客さん(汗)」
「せっかくいいとこなのに、急いで出られる?」
「はい」
恵美莉は慌てて胸元を直して、カウンセリングルームを出た。すると、すでに相談室のドアを開けて、みのりが立っていた。
「なんだ、みのり。どうしたの?」
「恵美莉、隠れさせて」
「何言ってんの? 今何してんの?」
恵美莉はカウンセリングルームから、慌てて出てきた姿をみのりに見られて、(まずい)と思った。しかしそんなことより、みのりのほうがよっぽど慌てないといけないことがある様子だった。
「あいつが来た」
「え? 大学まで来たの?」
「そう。絶対来ると思って警戒してたら、ホントに来た」
手に持つスマホの画面を恵美莉に向けたが、そこには地図らしいものが表示されている。よくは見えないが、GPSでお互いの居場所が分かるアプリを使用しているようだ。
みのりは図々しく、カウンターの奥のカウンセリングルームの前まで入ってきた。
「先生は?」
「あ、今、・・・カウンセリングの準備中」
みのりはドアを開けたままのカウンセリングルームを覗いた。
「先生こんにちは」
「あ、河辺さん。何かトラブル?」
桧垣はPC操作をするふりをしながら、何食わぬ顔で声をかけた。
「大トラブルになりそうです! でもここお邪魔ですよね」
「みのり、カウンターの下に隠れなよ」
「うん、そうする」
「ははは、そんなことしなくてもいいさ。どうせ今日は暇だから、河辺さんの話聞こうか?」
「いいんですか?」
みのりはカウンセリングルームに入った。恵美莉はやや戸惑いながらそのドアを閉めて、静かにカウンターの席に着いて息をゆっくりと吐いた。
(あ~あ、中途半端だな。いいとこだったのに・・・・・・)
桧垣は机に突いていた肘を下ろして、椅子に斜めに座り直し足を組んだ。
「さあ、まず自分がどういう状況か説明してください」
桧垣は相談に来る学生には、いつもこう話し始める。こぼれ聞こえた話から、誰かから逃げていることは解っているが、自発的な説明をさせることで、隠し事まで打ち明ける勇気を引き出すためだ。
「う~ん、今、元カレが来てるんですけど、う~~~会いたくないんです」
「どうして会いたくないの?」
「う~ん・・・」
言いにくそうに考えるみのり。
(これでは自発的な説明は期待できないだろうな)
桧垣はすぐに方針転換を図った。根掘り葉掘り聞き出したほうが、本人も話しやすいと考えたのだ。
「もう縁を切ったからだけじゃなさそうだね」
「縁を切りたいんですけど、追っかけてくるから逃げてるんです」
「どうして追っかけてくるのかな?」
「・・・・・・」
「河辺さんに未練があるってことなのかな?」
「そうだと思います」
「そもそも河辺さんは、どうして別れたいと思ってるの?」
「実は、他に好きな人ができて・・・」
「そのことは相手は知ってるのかい?」
「いいえ、言ってません」
「じゃ、追っかけ続けるのは当然だね。新しい人と付き合ってる姿を見せても、身を引きそうなタイプじゃないってこと?」
「絶対引き下がらないと思います」
「新しい人は力になってくれないの?」
「そんなことまだ頼めません」
「そうか」
「どうしたらいいでしょうか」
「どうしようか。これってよくある相談なんだ」
「そうなんですか?」
「別れる前に付き合い始め出すと必ずこうなるって、覚えておいて」
「こんな時、先生はいつもどんなアドバイスをしてるんですか?」
「僕を交えて話すのが一番手っ取り早いよ」
「先生が説得してくれるんですか?」
「うん。意外に簡単に方がつくと思うよ」
「じゃ、お願いできますか」
「相手は何学部の学生?」
「あ、実はこの学校の生徒じゃないんです」
「そうか、ここの学生じゃないんだ。それなのに今日来てるの?」
「そうなんです。だから逃げてるんです」
「じゃ話は別だな。なんか怖いね。何してる人?」
「建築業してる人です」
「これまた・・・大工か何か?」
「いいえ、本人は建築家だって言ってました」
「建築家って何? 何歳の人?」
「22歳です」
「22で建築家? ひょっとしてやんちゃなタイプ?」
「かなり」
「どんな車乗ってる?」
「音のうるさいでっかいミニバン」
「無理だな。説得」
「ええ? どうしよう?」
「隠れ続けても、根本的には解決しないですよね。やっぱり新しい人ができたって、言ってやるしかないな」
「・・・う、・・・うー、・うへー・・・」
「どうしたの? 心配なこととか、もっと困ることとか、何か有るの?」
「・・・実は、お金返したら、別れてもいいって言われてて」
「お金借りてたの? それは返さないとダメでしょ」
「そうじゃないんです。今まで私に使ったお金、全部返さないと別れないって言うんです」
「また身勝手な条件突きつけてくるな。一体いくらくらいなの?」
「20万くらい。付き合って半年だから、半年で返せって。もう7万円払いました」
「それ、川崎さん(恵美莉)とかは知ってる?」
「はい、相談しました」
「彼女はどう言ってた?」
「あぽたん」
「プ・フフッ」
桧垣は恵美莉の性格を考えて、不謹慎にも思わず吹き出してしまった。
「でも、少し助けてくれました。毎週少しずつ、2万円貸してくれてるんで」
「・・・そうか。それじゃ友達関係にキズが付く可能性があるな。何とかしなくちゃ」




