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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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服のサイズ……?

 ぼくたちは森を抜けた。


 ジェラーたちの知らない場所まで行こう、とお姉さんは言った。そこから先は、ぼくもお姉さんも知らない道だった。


 人目につく馬車や乗合は使えない。だから走った。


 朝日が昇る前から、日が落ちるまで。お姉さんは息ひとつ乱さず、ぼくの歩幅に合わせてくれた。


 ぼくも体力には自信があった。組織で訓練したし、実戦で夜通し動いたこともある。少なくとも、普通の人よりはずっと走れるはずだった。


 でも、日が暮れてしばらくした頃、足が言うことを聞かなくなった。


「ちょっと、だけ……」


 道端にしゃがみ込む。呼吸を整えようとしても、胸が痛い。


「ぼくくん、十分頑張ったよぉ」


 お姉さんがぼくの前に膝をついた。


「お姉さんは、平気なんですか」


「うん。まだ走れるよ」


 まだ、という言い方だった。どれだけ走れば疲れるんだろう。


 考えている間に、身体がふわりと浮いた。


「えっ」


「寝てていいよぉ」


 お姫様抱っこだった。


「じ、自分で歩けます」


「さっき、しゃがんだまま動けなかったよねえ」


 反論できなかった。お姉さんはぼくを抱えたまま、また走り出す。


 腕の中は揺れるはずなのに、落ちそうな感じがまるでしない。足音に合わせて、お姉さんの大きな胸がぼくのお腹にぽす、ぽす、と当たる。


「お姉さん、これ、ちょっと……」


「なあに?」


「いえ。なんでもないです」


 あたたかくて、規則正しく揺れている。恥ずかしいと思ったのは、ほんの少しの間だった。


 気がつけば、眠っていた。


     *


 目を覚ますと、空が明るかった。


 お姉さんの腕の中ではなく、草の上に寝かされている。枝葉の向こうに家の屋根が見えた。知らない町だ。


「おはよぉ、ぼくくん」


 すぐそばにお姉さんが座っていた。昨夜と同じ顔で、ぼくをのぞき込んでいる。


「ここ、どこですか」


「わかんない」


「お姉さんにも?」


「うん。知らない町まで来たかったから、ちょうどいいねえ」


 お姉さんは笑った。


 空を見て、ぼくは首をかしげた。眠る前も、日が暮れていたはずだ。


「いま、朝ですか」


「朝だよぉ。ぼくくん、昨日はずっと寝てたの」


「昨日?」


「抱っこしてから、一日とひと晩。途中で何度か目は開けてたけど、すぐ寝ちゃった」


「その間、お姉さんは」


「走ってたよぉ。町の近くでは歩いたけど」


 ぼくは言葉をなくした。ぼくを抱えたまま、さらに一日走り続けたということだ。


「寝てる間に降ろして休んでも、よかったのに」


「ぼくくん、よく寝てたから」


 そういう問題じゃない、と思ったところで、お腹が鳴った。


 お姉さんがにこにこする。


「お腹すいた?」


「……はい」


「ご飯、買ってくるね!」


 お姉さんは立ち上がり、ぼくを隠すように茂みの枝を寄せた。そのまま町へ走り出そうとして、ぴたりと止まる。


 下を向いて、自分の格好を見た。


 服は、魔術を何度も食らったせいで、裂けたり焦げたりしている。お姉さんの身体はきれいに元どおりなのに、戦いの続きを着ているみたいだった。


「……買いに行けないねえ」


 お姉さんは頬を赤くして戻ってきた。


 傷が消えても、服は直らないらしい。


 それにしても、この力は何なんだろう。ぼくの身体まで元に戻して、自分は一日中走っても平気でいる。不治というのは、ものすごい回復魔術のことなのか。


 昨夜、また聞くと約束した。今日の分を聞こうとして、お姉さんの困った顔を思い出す。


 まずは、ご飯だ。


「ぼくが買ってきます。お姉さんはここにいてください」


「ありがとぉ。気をつけてねえ」


 ぼくは町で、二人ぶんの食べ物と水、それから着替えを買った。ぼくの分と、お姉さんの分。


 自分の服はすぐ選べた。お姉さんの服の前で、しばらく立ち尽くす。


 ぼくより頭ひとつ分くらい背が高い。肩はこのくらいだろうか。腰は細いから、この大きさでいいのかな。


 服を一枚ずつ持ち上げては戻す。店の人と目が合い、慌てて最初の一枚を買った。


 戻ると、お姉さんは茂みの奥で待っていた。ぼろぼろの上着を脱いで、残った布を胸元に巻いている。ぼくに気づくと、枝の陰から顔だけ出した。


「買ってきました。服もあります」


「わあ、すごく気が利くねえ!」


 褒められて、少し嬉しくなった。


 着替えを渡して背を向ける。葉の擦れる音がやんでから振り向くと、お姉さんは買ってきた服を着ていた。


 着てはいた。


「……ごめんなさい。小さかったですね」


「着られたよぉ?」


「それは、見ればわかりますけど」


 肩も胸も、布がぴんと張っている。とくに胸元は、さっきより目のやり場に困った。


 お姉さんは自分の服を見下ろして、それからぼくを見た。


「わたし、下着も欲しい」


「ぼくに買わせる気ですか!?」


「ぼくくん、もう一回お買い物できる?」


「その服があれば、お姉さんも一緒に行けると思って買ったんです」


 言ってから、もう一度その服を見る。


 町を歩くには、さっきよりずっと目立ちそうだった。


「……まず、ご飯を食べましょう」


「うん!」


 お姉さんは隣に座った。包みを開くと、焼いたパンの匂いがした。


 ぼくが一つ渡すと、お姉さんは嬉しそうに両手で受け取る。自分はお腹がすいていないらしいのに、ぼくと同じようにかじった。


 町へ行く方法も、服のサイズも、まだ考えなくちゃいけない。不治のことだって、聞きたいままだ。


 でも今は、パンが温かい。お姉さんが隣で食べている。


 今日は、平和だった。

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