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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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10/14

神性存在ってなーんだ!

 パンを食べ終わっても、ぼくたちは茂みの奥にいた。


 お姉さんが短い袖を引っ張っている。片方を引くと、反対の肩がつっぱるらしい。


「あとで買い直しましょう」


「うん」


 お姉さんが袖から手を離した。


「それで、お姉さん。不治のことなんですけど」


「あー」


 困ったように笑った。


 やっぱり、この話になると困った顔をする。


 お姉さん自身のことは、まだ話したくないらしい。


 でも、ジェラーのことなら。


 同じところで働いていたのだから、ぼくの知らないことも知っているはずだ。


「じゃあ、ジェラーのことを聞いてもいいですか」


「ジェラー?」


「はい。お姉さんは、仕事のことをどれくらい知ってますか?」


「ぼくくんはさ、小さい頃から人を殺す仕事をしてたんだよね。ジェラーに言われて」


「はい。研究施設を壊してました」


 お姉さんの笑みが薄れた。


「研究施設?」


「そこにいる人を殺して、渡されたものを仕掛けるんです。回収役が資料を確かめたあと、建物も壊します」


「……ジェラーが、そうしろって?」


「何度も」


 知っていると思っていた。


 でも、お姉さんはぼくを見つめたまま、続きを待っている。


「何を研究してるところだったの?」


「難しくて、よくわかりません。ただ、見た単語なら覚えてます。神性存在。権能。制御術式」


 お姉さんの指が、膝の上の包み紙に掛かった。


「花屋に行った朝も、〈神性存在の制御〉って資料がありました」


「そこも、壊したの?」


「はい。ジェラーに言われたとおりに」


 紙がくしゃりと鳴った。


「ジェラーは、研究員たちを嫌ってました。殺しても殺してもゴキブリみたいに湧いてきやがるって、よく怒ってましたから」


「……そっか」


 お姉さんは、握った紙を見下ろしていた。


「知ってるんですか、その研究所」


「場所を聞いてないから、どこかはわからない。でもね」


 紙から指を離し、潰れた端を膝の上で広げる。


「わたしがいた頃、あの組織は神性存在を研究してたの」


「壊すほうじゃなくて?」


「研究するほう」


 ぼくは黙った。


 研究している人たちと、それを殺したがる人たち。ぼくを飼っていたのは後者だと思っていた。


「別の組織の研究を、邪魔してたんでしょうか」


「かもしれない。わたしがいなくなってから、何か変わったのかもしれない」


 どちらなのか、考えようとした。


 何度も行ったのだ。


 建物の形も、入る道も覚えている。それなのに、誰の研究所だったのかと考えると、何も出てこなかった。


「……ぼく、誰の施設なのかも、ちゃんと聞いてませんでした」


 お姉さんが顔を上げた。


「ジェラーが嫌ってるから、組織の敵なんだと思ってました。ぼくに殺せって言うんだから、そうなんだろうって」


「うん」


「でも、あの人の言うことが本当かどうかも、確かめてないです」


 ぼくは膝の上の手を見た。


「嘘をつかれてても、わかりませんね」


「……その可能性も、あると思う」


 お姉さんは否定しなかった。


「じゃあ、ぼくは誰を殺してたんですか」


「いまの話だけでは、わからないよ」


 知らない場所に入り、指定された顔を探して、殺す。終われば報告する。


 何度もできた。


 どんな人だったのかと聞かれたら、一人も説明できない。


「ぼく、研究のことなんて聞きもしませんでした」


 お姉さんが隣へ寄った。すぐには触れず、ぼくの顔を覗き込む。


「ねえ、ぼくくん。神性存在のこと、どれくらい知ってるの?」


「それは……権能があって。制御術式で、それを制御するんだと思います」


「うん」


 続けようとして、何も出てこなかった。


「いま言った言葉を並べただけです」


 お姉さんが、ほんの少し笑った。


「じゃあ、その三つからだねえ。歩きながら、教えてあげる」


「……お願いします」


 ぼくも息を吐いた。


「少しくらい、物知りだと思われたかったんですけど」


「見たものを覚えてたのは、ぼくくんだよ」


 指が、ぼくの髪にそっと触れた。


「教えてくれて、ありがとぉ」


「ぼくも知りたいです。壊したところが、何だったのか」


 お姉さんは頷いた。


「研究所、探そっか。ぼくくんが壊した跡地でもいいよぉ」


「資料は、回収されてると思います」


「建物は残ってる?」


「全部なくなるほどには壊しません。何か、残ってるかもしれません」


 入る道も、逃げる道も覚えている。


 仕事を終えた場所へ戻ったことは、一度もなかった。


「追手も、そこを知ってます」


「うん。だから、入る前に一緒に確かめよう。見張りがいたら無理はしない」


「わかりました」


「……行けそう?」


 ぼくはすぐには答えなかった。


 壊れた部屋に、何が残っているだろう。


「行きます。覚えてる場所から案内します」


 お姉さんは、もう一度頷いた。


「じゃあ、まず服を買わないとねえ」


「今度は、お姉さんが選んでください」


「ぼくくんと一緒に行っていいの?」


「そのために買ったんです。……その服を」


 お姉さんは肩を動かそうとして、やめた。


「今度は、ちゃんと腕が動くのがいいねえ」


「ちゃんと試してください」


 町へ向かう途中、ぼくは研究室の机を思い出していた。


 資料の表紙は覚えている。


 その下に何が書かれていたのか、ぼくは一度も読まなかった。


 ◆


 買い直した服は、今度はちゃんとお姉さんに合っていた。


 最初の服も、鞄へしまっている。


「置いていけばいいのに」


「ぼくくんが選んでくれたから」


「失敗したやつですよ」


「うん。初めて選んでくれたやつ」


 言い直す気はないらしかった。


 ぼくたちは町の名前と道を確かめ、研究施設へ向かった。


 そこは、何か月も前に襲った場所だ。


 歩きながら、お姉さんは建物の形や資料のあった部屋を聞いた。覚えていることを答えると、そのたびに少し考えた。


 けれど、すぐに話すことがなくなった。


 同じ場所へ戻る道なら覚えている。誰が何をしていた場所かと聞かれると、同じ単語しか出てこない。


「……知ってることは、もう全部言いました」


「うん。ありがとぉ」


 お姉さんは責めなかった。


 ぼくは、次の質問を待たずに口を開いた。


「今度は、教えてください。神性存在って、そもそも何なんですか」


「うん。そこからお話ししようねえ」


 お姉さんが、道の先へ目を向けた。


「人は、嬉しいとか、怖いとか、帰りたいとか、いろんな気持ちを持つでしょ。そういう気持ちからも、ほんの少し魔力が生まれるの」


「気持ちから?」


「うん。同じ気持ちがたくさん集まって、長いあいだ重なると、大きな存在になることがあるんだよ」


「生き物になるんですか」


「生き物って呼んでいいかは、難しいかなあ。でも、自分の力で周りに働きかけるようになる。それが神性存在」


 ぼくは自分の手を見た。


 魔力を集め、術式を使うのとは違う。誰かが組み立てなくても、何かが生まれる。


「何人くらい、集まれば?」


「人数だけでは決まらないの。気持ちの強さも、続いた時間も違うからねえ」


 道端に小さな花が咲いていた。お姉さんは踏まないように、足を横へずらした。


「帰りを待つ気持ちから生まれた子がいたとして。その子は、人を家へ導くかもしれない。でも、帰ってきた人を、二度と出さなくなるかもしれないでしょ」


「同じ気持ちなのに?」


「うん。帰ってきてほしい。ずっといてほしい。待ってる人の中に、両方あったりするから」


 ぼくは、歩いてきた道を振り返った。


 町にいた人たちも、知らない家の中の人たちも、いろんなことを考えている。その全部から、目に見えないほど小さな魔力が生まれている。


「……壮大すぎませんか」


「あはは。そうだねえ」


「書類にあった単語の一つだと思ってました」


「書類に収まる子ばかりじゃないよぉ」


「その子が使う力が、権能ですか」


「うん。生まれた気持ちによって、できることが違うの。人がそれを扱おうとして作るのが、制御術式」


 ぼくは隣を見た。


「お姉さんも、それを研究してたんですか」


 お姉さんの歩幅が少し狭くなった。


「……わたしの話は、今日はここまでにしていい?」


「神性存在のことは教えてくれるのに」


「うん」


「当時のことは、言いたくないんですね」


 お姉さんは道を見ていた。


「嫌われたくないの」


 足が止まった。


 数歩先で、お姉さんも振り返る。


「ぼく、お姉さんが好きですよ」


「知ってるよぉ」


「じゃあ、どうして」


「知ってても、怖いの」


 戻ってきたお姉さんが、手を差し出した。


 ぼくは握り返す。急に引かれると、まだ身体が強張る。今は、自分で取れた。


「話したくなったら、聞きます。でも、聞きたくなくなったわけじゃありませんから」


「毎日聞くって言ってたもんねえ」


「言いました」


「毎日困っちゃうなあ」


「困ってください」


 お姉さんは少し笑った。


 *


 町を出てから最初の二日は、休憩を挟みながら歩き、急ぐところでは走った。


 お姉さんはぼくの歩幅に合わせ、夜は見張りを引き受けた。


 三日目の朝、隣で足音が乱れた。


「お姉さん?」


「んー……ちょっと、足がもつれちゃった」


 何もない地面だった。


 もう少し先でも同じことがあったので、ぼくは木陰を指さした。


「休みましょう」


「うん。少し寝るねえ」


「起きるまで、そばにいます」


「ありがとぉ」


 お姉さんは幹へ寄りかかり、目を閉じた。


 昼を過ぎても、起きなかった。


 呼べば返事をする。水も飲む。でも、すぐにまたまぶたが下りる。


 路地で倒れかけたときも、ちょっと疲れたと言っていた。


 そのあと、ぼくを抱えて走り続けた人だ。


 魔力を探ってみても、何が悪いのかわからなかった。


 ぼくは隣へ座り、髪を撫でた。


「……ありがと」


 目を閉じたまま、返事があった。


 日差しが動くと、ぼくは上着を枝に掛けた。お姉さんの顔へ、影が落ちるように。


 研究施設のことを考えながら、その日はずっとそばにいた。


 *


 四日目、お姉さんは自分から立ち上がった。


「今日は平気?」


「うん。ぼくくんに撫でてもらったから」


「それで治るんですか」


「嬉しかったよぉ」


 答えを少しずらした。


 ぼくが見ていると、お姉さんは髪を指で梳いた。


「ねえ、ぼくくん。ここ、何か付いてない?」


 栗色の髪に、小さな枯れ葉が引っかかっていた。


「あります。じっとしててください」


 お姉さんが屈む。ぼくは葉の先をつまみ、髪を巻き込まないように外した。


「取れました」


「ありがとぉ。もうない?」


「ないですよ」


 屈んだまま、顔を上げない。


 何かと思って頭に手を置くと、目を細めた。


「……撫でてほしかったんですか」


「うん」


「それなら、そう言ってください」


「もうちょっと撫でてぇ」


 注文が増えた。


 しばらくして身体を起こしたお姉さんは、何事もなかったように歩き始めた。


 足取りは、昨日よりしっかりしていた。


 でも、髪の枯れ葉を取って、頭を撫でたら、それでもう大丈夫だとは思えなかった。


 途中で休む回数は増えた。目を閉じたお姉さんが、呼びかけに答えるまで少し待つこともあった。


 起きている間は、ぼくの話を聞いてくれた。


 仕事を伝えるときのジェラーの様子。研究員への悪口。通信機を踏み潰した音。


 同じことを話していると、自分でもわかった。


 お姉さんは、最後まで聞いた。


 夕方、丘の向こうに見覚えのある外壁が現れた。


「あそこです」


 崩れた入口。黒く焼けた壁。


 風が吹き、外壁の上から灰が舞った。


「ぼくが壊した研究施設です」


 お姉さんが隣に立つ。


 ぼくたちはしばらく、同じ建物を見ていた。



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