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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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3/17

胸に秘密があるのかな

 馬車が揺れるたび、お姉さんの腕に力がこもった。


「ごめんね、ぼくくん」


「もう聞きました」


「でも、巻き込んじゃったから」


 花屋が燃えてから、まだ半日も経っていない。


 お姉さんが向かった先は、となり町にいく馬車の停留所だった。


 馬車は、ぼくたちの他にも数人の客を乗せて町を離れた。


 向かいには、買い物帰りらしい女性がうとうとしている。窓の外では畑が続いていた。


「ぼくくん、怖かったよね」


「……少し」


 怖かったのは、男の魔術じゃない。お姉さんが死んだと思ったときだ。


 ぼくはまだ、殺し屋だと話していない。男の背後に回り、魔力の刃を作ったことも。


「お姉さんのせいじゃありません」


「わたしを追ってきた人だから、わたしのせいだよぉ」


 お姉さんはぼくの腕を離さなかった。


 窓に映るぼくの袖には、煤と小さな焦げ穴がある。隣のお姉さんには煤ひとつついていない。あの魔術は壁ごとお姉さんを吹き飛ばしたのに、戻ってきたときには無傷だった。


 お姉さん、何者?


 花屋さん。変なお姉さん。胸が大きい。いつも重たいと言っている。


 男が狙ったのは、ちょうど胸のあたりだった。心臓がある場所だ。


 最強の防御の秘密は、この胸にあるのだろうか。


 ……そんなわけない。


 でも、ぼくが見たのは、直撃した魔術と無傷のお姉さんだけだった。


 お姉さんがぼくの頭をつつく。


「ぼくくん、どこ見つめてるの?」


「考えごとをしてるだけです」


「ここを見ながら?」


「見ていません」


「ずーっと見てたよぉ」


 ぼくは窓の外へ顔を向けた。


 こんな非常時に、やましい気持ちで見るわけがない。

 

 なんとなく、ちらっと見る。


 ……でかい。


「耳まで赤いよ?」


「馬車が暑いんです」


「窓、開けようか?」


「寒くなるので大丈夫です」


「暑いの? 寒いの?」


「普通です」


 お姉さんが笑った。店を失ったばかりとは思えない声だった。でも、ぼくの腕を抱く指には、まだ力が入っている。


「お店の花、だめになりましたね」


「うん」


「今日届いたばかりだったのに」


「ぼくくんが、葉っぱ取ってくれたのにねえ」


 朝の作業台を思い出した。桶に入れた花も、アーチの下に並べた鉢も、もうない。


「また、お店出せますかね」


「作れるかなあ」


「お姉さんならできます。ぼくもたくさん手伝います」


「うれしいなぁ」


「なんでもしますから」


「やさしすぎるよー」


 お姉さんは少し笑って、ぼくの腕に頬を寄せた。


 しばらくして、ぼくの手を両手で包む。


「あの人に顔を見られちゃった。わたしと一緒にいるところを。たぶんもう、他の人にもぼくくんがいたこと知られてるかも」


「はい」


「もう、ぼくくんを一人で帰せないの。ほんとは、おうちに帰りたいよね。おとうさんとおかあさんにも会いたいよね」


「会いたいです」


 お姉さんの顔が曇った。


「ごめんね……わたしが、なんとかするから」


「いいえ、会いたくてももう会えないので」


「え?」


「ごめんなさい、返事のしかたを間違えました。……とっくに死んでますから」


 お姉さんの手が止まった。


 家族の顔も声も知らない。殺されたとき、ぼくは隠密魔術で隠れていたらしい。組織の人から聞いた話だけだ。


 ぼくの家族は、魔力生命体という化物に殺されたらしい。


 魔力から生まれ、生態も思考も人間とはまるで違う怪物。


 ……もし一度だけでも会えるなら、ぼくがどんな子だったか聞いてみたい。


「……知らなかった」


「話してませんから」


 お姉さんは謝り直さず、手も離さなかった。


 ぼくも、お姉さんを一人にしたくない。


 組織へは、研究施設での仕事が終わったと報告していない。次の指示を受けるつもりもなかった。追手が増えるとわかっていても、もう戻りたくなかった。


 お姉さんのそばにいるために、服を替えて、髪型も変える。お姉さんには帽子をかぶってもらう。見つかりそうなら隠密魔術で隠れ、別の町へ行けばいい。


 町はたくさんある。全部の花屋を探すのは大変だろう。


 これなら、なんとかなる。


 たぶんぼくは、計画を立てる才能がすごくあるんだろうな。


 ぜったいバレなさそうだもん。


 ぼくが黙って計画を立てているあいだ、馬車は次の町へ着いた。


 *


 お姉さんとカフェに入り、焼いたパンを頼んだ。


 店先で朝ごはんのことを聞かれてから、何も食べていない。お姉さんも同じだった。


「次はどこへ行くんですか」


「馬車で行けるところまで。そこから考えるよぉ」


「まだ決めてないんですか」


「うん」


 追われているのに、行き先が決まっていない。


 やっぱり、ぼくが考えておいてよかった。


 お姉さんはパンをちぎりながら、人の往来へ目を向けていた。店で花を選んでいたときとは、目の動きが違う。


「ねえ、お姉さん。花屋に来た男が呼んでいた、不――」


 椅子が鳴った。


 お姉さんが立ち上がり、両手でぼくの口を塞ぐ。


「だーめ。人前で言ったらだめ!」


 ぼくが頷くと、手を離した。


「気になります」


「だよねえ。人がいなくなってから、ちゃんと教えてあげるね」


 お姉さんは椅子へ座り直し、ちぎりかけだったパンを手に取った。


「ほら、いまは食べよぉ。お腹が空いたままだと、逃げるのも大変だからねえ」


「逃げるなら、ぼくに計画があります」


「計画?」


「はい。さっき馬車の中で考えました」


 ぼくはパンを一口食べてから、お姉さんへ身体を寄せた。


 大きな声で話すようなことではない。


「まず、二人とも服を替えます。ぼくは髪型も変えます。お姉さんは髪を隠せる帽子をかぶってください」


「うんうん」


「そうすれば、花屋に来た人と会っても、ぼくたちだと気づかれません」


「帽子だけで?」


「服も替えます」


「あ、そっかあ」


「それから、いままでと違う町の花屋で働きます」


「また花屋さんするの?」


「お姉さんは花屋さんですから」


「そっかあ」


「もし見つかりそうになったら、お店の裏口から逃げます。人がたくさんいるところへ行けば、たぶん見失います」


「うん」


「それでも見つかったら、また馬車に乗って別の町へ行きます」


「うんうん」


「町はたくさんあります。花屋もたくさんあります。追いかけてくる人たちが、全部の町の花屋をひとつずつ探していたら、すごく時間がかかるはずです」


 お姉さんはパンを持ったまま、口元を緩めた。


「ぼくも帽子を深くかぶります。顔が見えなければ、別の子供だと思われます」


「なるほどぉ」


「お姉さんも、黙っていれば普通の花屋さんに見えます」


「黙ってたほうがいいの?」


「変なことを言うからです」


「変なこと言ってたかなあ」


「胸が重たいとか」


「重たいよぉ」


「そういうところです」


 お姉さんはついに堪えきれなくなったように、くすくす笑いだした。


 ぼくは、まだ説明の途中だった。


「お金は、また花を売れば手に入ります。寝るところは、それから探します。馬車に乗るお金が足りなくなったら――」


「かわいいねっ!」


 お姉さんが、嬉しそうに言った。


 ぼくはパンを持ったまま、お姉さんの顔を見た。


 いまの話のどこに、かわいいところがあったんだろう。


 たぶん、わからないという顔になっていた。


 お姉さんはぼくの顔を見て、またくすくす笑った。


「なんでもないよぉ。続き、聞かせて」


「もうほとんど終わりです」


「そっかあ。すごい計画だったねえ」


「はい。これなら、ぜったいに見つかりません」


「うんうん」


 お姉さんは笑ったまま、赤いジャムを塗ったパンをかじった。


 ぼくも残っていたパンを食べる。


 びっくりするような計画を披露したのに、なぜかお姉さんはずっと笑っていた。


「次の町にも花屋はありますかね」


「あるんじゃないかなあ」


「なかったら、ぼくたちで作りましょう」


「お店を?」


「はい。ぼくが重い箱を運びます」


「胸は?」


「持ちません」


「そこは計画に入ってないんだぁ」


「入れません」


 話をしながら食べているうちに、皿の上のパンは残り一切れになった。


 お姉さんはぼくの飲み物が減っているのを見て、水差しを手に取った。


「お水、いる?」


「お願いします」


「はーい」


 水がコップへ注がれる。


 その細い音だけが、妙にはっきり聞こえた。


 ふと、ぼくは顔を上げた。


 なにかがおかしい。


 さっきまで聞こえていた話し声も、食器の触れ合う音も、店員が歩き回る足音も消えている。


 窓の外から聞こえていた馬車の車輪や、人の往来まで途絶えていた。


「……お姉さん」


「うん」


「静かすぎませんか」


 お姉さんは水差しを置き、ゆっくり周囲を見た。


 さっきまで皿を運んでいた店員が、通路の真ん中で立っている。


 窓際の客も、パンを持ったままこちらを見ていた。


 ほかの席にいる人たちも、誰一人として食事を続けていない。


 全員が、ぼくたちを見つめていた。


 窓の外の人まで足を止め、同じ顔でこちらを向いている。


 いつから見られていたのか、わからない。


 なにか、あからさまにまずい。


 ぼくは隠密魔術を展開し、お姉さんの腕を掴んだ。


 その前に、身体が浮く。


「頭、下げててね」


 お姉さんに抱えられたまま、カフェの窓を突き破った。


 お姉さんの行動にびっくりして、術式を解いてしまった。


 硝子が砕け、破片が地面にぶつかる。


 お姉さんが歩道へ着地すると、背後でいくつもの術式が開いた。


 店員も、客も、外で立っていた人たちも、同時に魔術を放つ。


 光が馬車を横倒しにし、炎が向かいの家の壁を焼いた。露店の店主が身を伏せ、逃げようとした人が転ぶ。


「町の人が!」


 お姉さんは走りながら片手を上げた。


 淡い光が指先から飛び、転んだ人や店主の身体を包む。看板の破片と露店の木片が降りかかったが、光に触れた人たちは、瓦礫が直撃しても血の一滴も流さなかった。


「これはー……厄介な魔術だねぇ」


 お姉さんがそう言った直後、炎が背中に当たった。


「お姉さん!」


「だいじょうぶ!」


 服が焼けている。なのに走る速さは変わらない。砕けた石が降ると、お姉さんはぼくを覆い、自分の肩で受けた。


「降ろしてください。ぼくも走れます」


「今はこのほうが速いよぉ」


 路地へ曲がり、追手の足音を背後に聞きながら、お姉さんは言った。


「さっきの名前、教えてあげる」


「今ですか」


「居場所、ばれちゃったしねえ。不治のユラは、わたしのあだ名だよぉ」


「不治……」


「治療がいらないから、不治なのー」


 なんだか違和感がある。


 不治は、治せないという意味じゃなかったかな。


 なんだか変。だけどお姉さんは、いっつもふわふわした物言いで、誤魔化してるのか本気なのか分かりづらい。


 お姉さんはぼくを抱えたまま、路地の突き当たりを蹴った。高い塀を一息に越え、反対側へ降りる。


「わたし、頑丈っ!」


 自慢げな顔だった。焼けた服の下に、傷はひとつもない。


 頑丈なのはわかった。でも、花屋に来た男は、本当にそういう意味でお姉さんを呼んだのだろうか。


 追手の足音が、塀の向こうから近づいてくる。


 お姉さんはぼくを抱え直し、また走り出した。



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