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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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19/20

お姉さんの旧友

 荷物の列が、ようやく途切れた。


 渡り板の前にいた男が、書類を持って船へ上がる。

 いまなら、その後ろを通れる。


 お姉さんへ合図しようとした。


「あれ」


 隣で、小さな声がした。


 お姉さんは別の船を見ていた。

 岸壁の少し先。大きな木箱を、二人がかりで運び込んでいる船だ。


 その脇で、金髪の男が荷車から袋を下ろしていた。


 長い髪を後ろでひとつに結んでいる。

 袖を捲った腕に袋を担ぎ、荷車の上にいる男へ何か言って笑った。


 若い。顔立ちの整った、格好いいお兄さんだった。


「リヴィヤ?」


 お姉さんの声が弾んだ。

 男へ向かって、手を上げる。


「おひ――」


 ぼくは背伸びをして、その口を右手で塞いだ。

 お姉さんが、目を丸くした。


「声かけないでください!」


 耳元へ、小さく、強く言った。

 荷車の男は、こちらを見ていない。


 お姉さんが、ぼくの手に指を添えた。

 少し屈んで、口から離す。


「でも、リヴィヤだよ。信頼してるの」


「ぼくは知りません。その人」


「昔、一緒にお仕事してた人なの」


「じゃあ、組織の人じゃないですか」


「リヴィヤは大丈夫だよぉ」


 また、男のほうを見た。

 ぼくはお姉さんの袖を引いた。


「いま、隠れてるんですよ。船に乗るところでしょう」


「うん。だから、頼んでみようよ。お船のお仕事してるみたいだし」


「組織に知らせるかもしれません」


「前にも、助けてくれたんだよ」


「前は、でしょう」


 お姉さんが、こちらを向いた。


「ぼくくん。わたし、リヴィヤとお話したい」


 袖を引いても、動かなかった。

 男が別の袋を担ぐと、その姿を目で追っている。


「……声をかけたら、戻れませんよ」


「うん」


 わかっているのか、いないのか。

 お姉さんは、ぼくが袖を離すのを待っていた。


 ぼくは周りを見た。

 荷車のそばにも、船の入口にも、人がいる。


「じゃあ、人けのないところで声をかけてください」


「いいの?」


「ここでは駄目です。あの人が一人になるまで、待ちます」


「うん!」


「声も、小さく」


 お姉さんが、口元へ指を立てた。

 ぼくは袖を離さなかった。


 *


 何往復かしてから、男は荷車の上へ手を振った。


「水飲んでくる」


 荷車の男が頷く。

 金髪の男は肩を回しながら、倉庫の横へ歩いていった。


 お姉さんが、すぐについていこうとした。

 袖を引いて止め、少し間を空ける。


「まだです」


 荷車の男が次の荷物へ向き直ってから、歩き出した。


 倉庫と積み荷の間に、金髪の男がいた。

 木箱に置いてあった水筒を取り、蓋を開けている。


 ほかには、誰もいなかった。

 通りからも、積み荷に遮られて見えない。


 ぼくはお姉さんにかけた隠密だけを解いた。


「リヴィヤ」


 今度は、小さな声だった。


 男が顔を上げた。

 水筒を口へ運びかけた手が止まる。


「おまえ、ユラか!?」


 ぼくは、お姉さんの袖を引いた。

 お姉さんが口元へ指を立てる。


「しー。おひさー!」


「おいおいおい。相変わらずだな」


 男は水筒を木箱へ戻し、笑いながら近づいてきた。


 お姉さんは、その前で両手を広げた。


「持って~!」


「おう」


 男は素直に、服の上からお姉さんの胸を両手で持ち上げた。


「あー、楽」


 お姉さんが息を吐いた。


 ぼくは自分の隠密も解いた。


「お姉さん! 何を頼んでるんですか!」


「おっ」


 男が、ぼくを見下ろした。


「もう一人いたのか」


「います」


 さっきから。


 男はぼくとお姉さんを見比べた。


「子供できたのか?」


「ううん、大事なおともだち!」


 お姉さんが、嬉しそうにぼくを紹介した。


 嬉しい。

 でも、それどころではなかった。


 男の手が、まだそのままだ。


「ぼくくん。こっちはリヴィヤ。昔、一緒にお仕事してたの」


「よろしくな」


「……どうも」


 ぼくは、その手を見た。

 次に、顔を見た。


 リヴィヤはにやっとした。


「ああ、ユラはおっぱいの魔力生命体だからな。ここ持ち上げると喜ぶんだぜ」


「え」


 ぼくは、お姉さんを見た。


「変な嘘つかないでよぉ」


「信じたぞ、いま」


「リヴィヤが言うからでしょ」


 リヴィヤ。


 なんだこいつ。


「手を……離してくださいますか」


「はいはい」


 ようやく離れた。


 ぼくは二人の間へ入った。

 リヴィヤはそれを見て、また笑った。


「大事にされてんなあ」


「うん」


 お姉さんは、そこだけ素直に頷いた。


 *


「で、おまえ、こんなとこで何してんだ?」


「船に乗りたいの。リヴィヤは?」


「見りゃわかるだろ。荷運び」


「そっかぁ。殺し屋やめたの?」


 ぼくは、お姉さんを見上げた。


 リヴィヤは、積み荷の向こうへ一度目を向けた。


「声がでけえよ」


「あ、ごめん」


「こっちは船の仕事。そっちは、頼まれりゃな」


 何でもない顔で答えた。


 やめていない。

 いまも、頼まれれば人を殺す。


 その頼む相手が、組織だったら。


 ぼくはお姉さんの前へ半歩出た。右手を空け、すぐに隠密をかけ直せるようにする。

 さっきまで気になっていた馴れ馴れしさが、急に怖くなった。こんなに近くへ来るまで、止められなかった。


 リヴィヤの手を見た。

 指に細かな傷がある。腰には荷物の紐を切るためらしい、小さな刃物。


 廃村の男も、武器を持っていないように見えた。


 積み荷の切れ目まで何歩か。お姉さんを連れて、どちらへ逃げるか。

 確かめている途中で、リヴィヤの手が動き、ぼくは肩を強張らせた。


 木箱の水筒を取っただけだった。


 リヴィヤが、こちらへ目を戻した。


「おまえ、まだ組織にいんの?」


「ううん、追われてるよぉ」


「……おまえな」


 初めて、笑顔が止まった。


「その挨拶より先に言えよ」


「久しぶりだったから、嬉しくて」


「俺も嬉しかったけどよ」


 リヴィヤは鼻の横を掻いた。

 それから、ぼくたちの後ろへ視線を流した。


「いま、ついてきてんのか?」


「見つけてません」


 ぼくが答えた。


「港に入る前から、二人とも隠してました」


「さっきの、おまえの術か」


「はい」


 リヴィヤの目が、お姉さんへ向いた。


「こいつが止めなきゃ、あっちで呼んでたのか」


「だって、久しぶりだったんだもん」


「相変わらずだなあ、本当に」


 ぼくは、今度だけは同意した。


 お姉さんが、リヴィヤへ向き直った。


「あのね――」


「お姉さん。話す前に、ぼくにも言ってください」


 袖を引くと、顔が寄ってきた。


「全部、話すつもりですか」


「困ってることは、言わないと」


「……ぼくたちが知らない人には、伝えないでください」


 後半は、リヴィヤへ言った。


「わかった。ここで聞く」


 リヴィヤは水を飲み、壁際の日陰を指した。

 ぼくはお姉さんの隣を離れず、そこへ寄った。


 *


「それで?」


 お姉さんは、組織から持ち出したものを取り返そうとされていること、花屋を見つけられたことを話した。


 廃村で襲われたところまで聞くと、リヴィヤがぼくの手首へ目を向けた。


「それか」


「はい」


「よく逃げたな」


 ぼくは返事をしなかった。

 逃がしてもらったのだ。


 お姉さんが、隣で言った。


「海の向こうへ行きたいの。アルバデラ」


「アルバデラか」


 リヴィヤは水筒の蓋を閉めた。


「俺の船、行くぞ」


「ほんと?」


「輸出の荷物を積んでる。今夜出る予定だ」


「じゃあ、乗せて!」


「お姉さん、まだ話の途中です」


 早い。


 ぼくはまだ、どこまで話していいのか考えていた。

 お姉さんはもう、乗せてほしいと言っていた。


「俺の船っつっても、俺が持ってるわけじゃねえからな」


「うん」


「ただの乗組員。客を二人増やしますって言える立場じゃねえぞ」


「こっそりでいいよぉ」


「いいよぉ、じゃねえんだよ」


 リヴィヤは、笑いながら額を押さえた。


 お姉さんも笑っている。


 追われている話をしたばかりだった。

 どうしてこの二人は、こんなに楽しそうなんだろう。


「隠れて乗れます」


 ぼくは言った。


「さっきみたいに、二人とも。船の中で、人の来ない場所を教えてもらえれば」


 リヴィヤが、ぼくを見た。


「航海のあいだ、ずっと隠れる気か?」


「ずっとは、無理です」


「だろうな」


 船のほうへ顔を向け、少し考える。


「俺の寝る部屋なら空いてる。一人部屋だ。狭いけどな」


「いいの?」


「ほかのやつは、普段入ってこねえ。飯も俺が持っていける。ただ、見つかっても、船長の許可は出てますなんて話にはできねえぞ」


「うん。ありがとう、リヴィヤ」


「部屋を見てからです。隠れられなかったら、下りますからね」


「うん、わかってるよぉ」


「まだ乗せてねえよ」


 ぼくは、リヴィヤの顔を見ていた。


「……どうして、助けてくれるんですか」


「友達だから」


 すぐに返ってきた。


「組織に追われてるんですよ」


「聞いた」


「あなたも、困るでしょう」


「見つかりゃ困るな。だから、こっそり乗せるって話してんだろ」


 リヴィヤは水筒を木箱へ戻した。


「ユラ。余計なとこ歩くなよ。知り合いを見つけても、船ん中で名前を叫ぶな」


「はあい」


「いまみたいに返事だけすんなよ」


 ぼくも、お姉さんを見た。


「お姉さん」


「わかったってばぁ」


 少し頬を膨らませた。


 リヴィヤはぼくへ向き直った。


「荷運びが終わったら呼びに来る。ここにいろ。あとは、おまえの隠密、頼めるか」


「……はい」


「よし」


 リヴィヤが、道へ戻っていった。


 途中で別の船員に声を掛けられ、肩を叩かれている。

 何か言い返しながら荷車へ向かい、次の袋を担ぎ上げた。


 ぼくは、その背中を見送った。


「お姉さん」


「なあに」


「先に言ってください。知ってる人がいても」


「うん。ごめんね」


「いきなり、大きな声で呼ぼうとしないでください」


「うん」


「あと、自分から持ってって頼まないでください」


 お姉さんが、ぼくの顔を覗き込んだ。


「そっちも?」


「そっちもです」


「わかったよぉ」


 笑って、ぼくの右手を握った。


 *


 リヴィヤが戻ってきたのは、積み荷の影が長くなった頃だった。


「待たせた。行くぞ」


 ぼくは二人ぶんの隠密をかけた。


 リヴィヤの目が、ぼくたちのいた場所で止まる。

 手を伸ばして確かめたりはしなかった。


「ついてこい。通れねえときは、服を引け」


 ぼくは、その上着の裾に指先で触れた。


 リヴィヤが歩き出す。


 岸壁を進み、輸出船の渡り板へ向かった。

 入口にいた船員が、リヴィヤへ声を掛ける。


「終わったか?」


「終わった。着替えてくる」


「あとで上に来いよ」


「おう」


 リヴィヤは立ち止まらずに答えた。


 ぼくたちは、その後ろを通った。


 渡り板が足の下でわずかに撓む。

 船と岸の間に、暗い水が見えた。


 お姉さんの手を握り直し、甲板へ上がった。


 船内の階段は急だった。

 ぼくが一段ずつ下りていると、リヴィヤも先で足を緩めた。


 振り返りはしなかった。


 狭い通路を曲がり、一枚の扉を開ける。


「入ったら、教えろ」


 部屋には寝台が一つと、小さな机があった。

 壁に上着が掛けてあり、床には蓋の閉じた箱が置かれている。


 ぼくは中を確かめてから、お姉さんを入れた。


「入りました」


 扉が閉まった。


 鍵の回る音を聞いて、隠密を解く。


「おー」


 リヴィヤが、ぼくたちの顔を順番に見た。


「本当に二人とも入ってたな」


「入ってますよ」


「大したもんだ」


 ぼくは返事に困った。


 お姉さんは、もう寝台の端へ腰を下ろしていた。


「ありがとぉ。助かったあ」


「出港はこれからだぞ」


 リヴィヤは机の下から水差しを出した。


「水はこれ。足りなきゃ言え。あと、誰か来ても返事すんなよ。俺なら先に名乗る」


「わかりました」


「飯はあとで持ってくる。ユラ、おまえは――」


「勝手に出ない。大きな声で呼ばない」


「わかってんならいい」


 扉へ向かうリヴィヤに、お姉さんが手を振った。


 ぼくが口を開く前に、お姉さんは手を下ろした。


 リヴィヤも片手を上げて、出ていった。


 ぼくは扉の前で、遠ざかる足音を聞いた。

 階段を上がっていく。誰かと話す声がして、それも聞こえなくなった。


 部屋が、ゆっくり揺れた。


「ぼくくん」


 振り返ると、お姉さんが隣を空けていた。


「座ろ」


 ぼくは寝台へ寄った。

 腰を下ろすと、脇腹が少し痛んだ。


 お姉さんは何も言わず、鞄をぼくの背中へ当ててくれた。


「……変な人ですね」


「リヴィヤ?」


「はい」


「うん。変な人だよぉ」


 否定しないのか。


 ぼくは、閉じた扉を見た。


 何も聞かずに信じるつもりはなかった。

 でも、隠れる場所と、水がある。


「あとで、ちゃんとお礼を言います」


「うん」


 お姉さんが笑った。


 ぼくは左手を膝に置いて、背中の力を抜いた。

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