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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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18/20

海の向こう

 次に向かった場所は、港だった。


 廃村を出た夜は、林の中で過ごした。

 お姉さんが服の穴を縫っているあいだ、ぼくは道を見ていた。針を持つ指まで何度も確かめていたら、とうとう手を振られた。


「縫ってるだけだよぉ」


「……はい」


 翌朝も、左手首は腫れていた。

 脇腹の布を取り替えてもらい、上から服を下ろす。立つと痛んだけれど、歩けないほどではなかった。


 お姉さんは、鞄を渡してくれなかった。


 *


 海へ近づくにつれて、道を行く荷車が増えた。


 ぼくたちは道端の林を歩いた。車輪の音が近づけば木の陰へ寄り、通り過ぎるのを待つ。


 どこに組織の人間がいるか、わからない。


 廃村に来た男も、武器を持っていなかった。あのケースを開かなければ、ただの旅人に見えたかもしれない。


「港に着いても、船の窓口には行きません」


「切符、買わないの?」


「名前も、行き先も聞かれます。顔も見られます」


「そっかぁ」


「隠れて乗ります。お姉さんも、ぼくの隠密で」


 お姉さんが、布を巻いたぼくの手首へ目を落とした。


「二人ぶん、平気?」


「船に乗って、隠れる場所を見つけるまでなら」


「見つからなかったら?」


 すぐには答えられなかった。


 お姉さんは、ぼくが続きを考えるのを待っていた。


「……いったん下ります。乗ったまま、無理はしません」


「うん。それなら、一緒に探そっか」


 頷いて、道の先を見た。


 戦わずに済む道を選びたい。

 ぼくが勝てるかどうかを考えるのは、もう嫌だった。


 荷車が一台、木々の向こうを通り過ぎた。

 幌の後ろから、木箱の角が見えている。


 廃村の入口に置かれた、金属のケースを思い出した。


「お姉さん」


「なあに」


「組織は、不治を何に使うつもりだったんですか」


「何に?」


「人を殺すため、っていうのは聞きました。でも、殺し屋はいたでしょう。お姉さんも、ジェラーも」


 あの男もいた。

 人ひとりを殺すのに困るような組織ではないはずだった。


「どうして、神性存在まで作ったんですか」


「戦争のためだよ」


 さらっと言った。


 ぼくは、お姉さんの横顔を見た。


「……戦争?」


「うん」


「どこと?」


 お姉さんが、こちらを向いた。


「ぼくくん、この国のこと、どれくらい知ってる?」


 国のこと。


 町の名前なら、いくつか知っている。

 仕事で行った場所。施設までの道。検問のある橋と、そこを避けて渡れる川。


 それ以外を探した。


「……あまり」


「そっかぁ」


「戦争してるんですか、いまも」


「大きな軍隊同士では、戦ってないよ。でも、仲直りもしてないの」


 お姉さんが、前へ向き直った。


「この国ね、よその国へ攻め込んで、土地をたくさん取ってきたんだよ」


 ぼくは足元の枝を跨いだ。


「取った土地は、どうするんですか」


「そこに住んでる人ごと、こっちの国が治めるの。植民地って聞いたことある?」


「言葉だけなら」


「そういう場所が、たくさんあるんだよ。だから、恨まれてる」


 町の広場にあった像を思い出した。

 剣を持った男が馬に乗っていた。台座には何か書いてあったけれど、待ち合わせの目印にしただけで、読んだことはない。


「あっちからも、攻めてくるんですか」


「来るよ。取られた土地を返してほしい国も、次は自分たちの番だと思った国もあるから」


「一つずつ?」


「最初はね。そのうち、一緒に戦おうって国が集まったの。それが連合」


 荷車の音がした。


 ぼくたちは足を止めた。

 道を見て、お姉さんもぼくの隣へ寄る。


 御者が、隣に座った男と話していた。

 聞こえたのは魚の値段だった。


 二人の声が遠くなってから、また歩き出した。


「……そんなこと、知りませんでした」


「教わらなかった?」


「施設へ入る方法は、教わりました」


 お姉さんは黙った。


「ぼくが壊していた研究所は、全部この国の中です。国境を越えたこともありません。仕事は、渡された地図で足りましたから」


 行って、帰ってくる。

 地図の外がどうなっているか、聞く必要もなかった。


「連合って、強いんですか」


「うん。八年前にね、魔力生命体を量産する技術を手に入れたの」


 足が止まりかけた。


「量産」


「同じような性質の子を、たくさん生み出せるようになった。その子たちを、この国へ送り込んだんだよ」


「……人を、襲わせたんですか」


「うん」


 お姉さんが歩く速さを緩めた。


 ぼくは、ついていった。

 木の根を避けるために足元を見たまま、聞いた。


「ぼくの家族を殺したのも?」


 少し、間が空いた。


「連合が放った子じゃないかな」


 靴の先についた泥が、歩くたびに落ちた。


「……知ってたんですか」


「ぼくくんの家族のことは知らないよ。どこで、どの子に襲われたかも。だから、いまのは、わたしがそう思っただけ」


 お姉さんは、はっきり言った。


「勝手に決めて話しちゃ、だめだね。ごめんね」


「いえ」


 ぼくは首を振った。


「その頃、たくさんあったんですか。そういうこと」


「……うん。あったよ」


 ジェラーは、魔力生命体に殺されたと言った。


 ぼくは、その言葉の先を聞かなかった。

 どうして家族のいる場所へ来たのか。どこから来たのか。誰かが来させたのか。


 そんなことは、考えもしなかった。


「もし、そうだったら」


 言いかけて、お姉さんを見た。


「殺すために作られて、ぼくの家に来たんですね」


「その可能性は、あると思う」


「ぼくが、研究所へ行ってたみたいに」


 お姉さんの唇が、少し開いた。


 返事はなかった。


 ぼくも、それ以上は言わなかった。


 同じなのかどうか、わからない。

 その魔力生命体が何を考えていたのかも、家族がどうやって死んだのかも。


 ただ、ジェラーに会ったら聞くことが増えた。


「八年前の記録って、残ってるでしょうか」


「残ってると思うよ。町の記録も、襲われた人の記録も」


「……探したいです」


「うん」


 お姉さんが、ぼくの右手へ指を添えた。


 ぼくは、その手を取った。


 *


 木々の間から、海が見えた。


 思っていたより広かった。

 地図には向こう側の陸地が描いてあったのに、ここからは何も見えない。


 低い丘の下に、建物が並んでいる。

 その先に、何隻も船が泊まっていた。


「いまは、その連合と戦ってないんですよね」


「大きな戦争にはなってないね。お互い、次に始めたらどうなるか、わかってるから」


「それなら、終わりにすればいいのに」


「取った土地を返すとか。軍隊を引くとか。そういう話が、まとまらないんだよ」


「まとまらないまま、武器を作ってるんですか」


「うん。相手より強いものを持とうとしてる。冷戦っていう状態だね」


 ぼくは、海を見た。


「アルバデラも、連合なんですか」


「ううん。あそこは入ってないよ」


 お姉さんが、鞄を肩に掛け直した。


「小さな国だけど、この国とも行き来してる。いま、周りで冷戦の相手になってないのは、あそこくらい」


「だから、ジェラーはあそこへ?」


「拠点を置いた理由までは聞いてないけど、行き先には選びやすいと思う」


 上着の内側に触れた。

 地図は、ちゃんと入っている。


 一ヶ月後。

 まずは、そこへ行かなければいけない。


「不治も、そのためですか」


 お姉さんの視線が戻った。


「連合より強い武器を持つために、作ったんですか」


「……うん」


「使われたら困るから、攻めてこないように?」


「それだけじゃないよ」


 港のほうで、汽笛が鳴った。


 お姉さんは、音が止むのを待った。


「敵の国の人を、全員殺すため」


 ぼくは、握っていた手を見た。


「兵隊を?」


「兵隊も。それ以外の人も」


「全員って……」


「全員だよ、ぼくくん」


 お姉さんの声は、いつもと同じ大きさだった。


「戦わない人も。逃げた人も。まだ何も知らない子も。敵の国にいるっていうだけで、誰も残さない。そのための権能が欲しかったの」


「生き物だけを殺せば、土地も施設も、全部無事なまま奪えると思ったんだよ」


 丘の下を、屋根のない荷車が通っていた。

 荷台の端に子供が座って、両足を揺らしている。


 あれくらいの子も、ということだ。


「降参しても?」


「そういうのを、聞くためのものじゃなかったから」


「……土地が欲しいから、そこにいる人を全部殺すんですか」


「うん。そのつもりだったんだよ」


 お姉さんは頷いた。


「それに、出来上がった不治は、敵の国だけなんて選んでくれなかった」


 人間の生命活動を止める権能。


 ジェラーから聞いていた。

 星じゅうの人間を殺しかけたことも、お姉さんが取り込んだことも。


 ぼくは、それを失敗した研究だと思っていた。


 成功したら、何をするつもりだったのか。

 そこまで考えていなかった。


「それで、まだ取り戻したいんですか」


「今度は扱えると思ってるんだろうねえ」


 廃村に来た男のケース。


 蓋の裏の紙。

 前段階試験。


 あの中へ入れて持ち帰った先に、また研究所がある。

 お姉さんがいなくなったあとも、そこで続きをするつもりだった。


「……渡したくないです」


「うん。わたしも」


 お姉さんが、つないだ手を少し持ち上げた。


「だから、逃げようね」


 ぼくは頷いた。


 *


 港町へ入る前に、隠密魔術をかけた。


 自分だけでなく、お姉さんの輪郭まで術式を広げる。

 鞄も、揺れる髪の先も。その中へ収めてから、道へ出た。


 市場の前を通った。

 魚を並べる人と、値段を聞く人。空いた木箱の中で、猫が丸くなっている。


 誰も、ぼくたちを見なかった。


 でも、ぶつかればわかる。

 足跡も残る。


 荷物を運ぶ人の進む先を見て、道の端へ寄った。お姉さんも、ぼくと一緒に止まる。


 港には、制服を着た人がいた。

 船から降りた男の書類を受け取り、顔と紙を見比べている。


 その横を通ろうとは思わなかった。


 建物の陰から、岸壁を見た。


 行き先の書かれた札が並んでいる。

 一枚ずつ目で追って、知っている国名を探した。


 アルバデラ。


 あった。


 札の向こうに、黒い船腹が見える。

 太い綱で岸へ繋がれ、横腹に渡された板を、人が行き来していた。


 ぼくは、お姉さんの手を引きかけた。


 左手首が疼いた。


 あの男に、最初の刃が届きかけたときも、行けると思った。


 足を止め、船をもう一度見た。


 渡り板のそばに立っている男は、運ばれてくる箱を数えている。甲板の上にも一人。降りてくる人のために、道を空けている。


 その先は、ここからでは見えなかった。


 ぼくは、お姉さんへ口を寄せた。


「先に、隠れられる場所を確かめます」


「うん」


「だめなら、下ります」


「一緒にね」


 お姉さんが囁いた。


 ぼくは頷いて、荷物の列が途切れるのを待った。

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