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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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15/20

死なさねえよ

「準備って、何のですか」


 お姉さんも、ジェラーの顔を覗き込んだ。


「何をするつもりなの?」


「順番に話す。まず、こいつがわかってねえことからだぁ」


 ジェラーが、ぼくを見た。


「おめえ、俺を二度殺したって言ったなぁ」


 手のひらに、血の感触が戻ってきた。


「……はい」


「俺は、そのどっちも覚えてねえ」


「でも、ぼくが言う前から、わかってたでしょう」


「おめえ、どんな顔してたと思ってんだぁ」


 自分の首を指で叩く。


「刃を持って、ここばっか見てやがる。さっきまで俺がいたらしい床もなぁ。仕掛けておいた術式が動いたんだと、それでわかった」


「見ただけで?」


「何を仕掛けたかは、俺が知ってる。二度ってのは、おめえから聞いたから知ってるだけだ」


 お姉さんが、傷のない首へ目を向けた。


「……あれ、治したんじゃないんだね」


「ああ。俺自身の時間を、逆行させた」


 天井から砂粒が落ちた。


 床へ当たるまで、ぼくはそれを見ていた。


「ここの時間を、全部ですか」


「そんな広く戻せるかぁ。俺だけだ。おめえらも、ここも、そのままだ」


 床には、ぼくの刃がつけた傷が残っている。


 あれをつけたときの姿勢も、覚えていた。


「首が切れる前まで戻るから、切られた記憶もないんですね」


「そういうことだぁ」


「死んでからじゃ、自分で使えないでしょう」


「先に仕掛けるんだよ。致命傷を食らったら、勝手に戻るようになぁ」


 切ったあとでは、遅かったのだ。


 ぼくが刃を作るより前から、ジェラーは殺されたあとのことまで決めていた。


「身体から離れた血も?」


「起点にした俺の一部だからな。服も、場所も含めて戻した。戻す対象は、仕掛けるときに決めてある」


 何を見て、どう戻ったか。


 ようやく、少しわかった。


 わかった途端に、別のことへ気づいた。


「……それを、お姉さんに?」


「ああ」


 隣で、お姉さんが顔を上げた。


「わたしに?」


「そのために準備してたんだよぉ」


 お姉さんは、ジェラーを見たまま動かなかった。


「そんなこと、してたの?」


「言ってねえから、知らねえだろうなぁ」


 ぼくは続きを待ちきれなかった。


「不治を取り込む前まで戻せるんですか」


「昔のこいつを、いまから取り戻せるわけじゃねえ。戻る起点は、術を仕掛けるときに用意する」


 期待しかけたものが、途中で止まった。


「いまのユラを起点にする。魔力が減ったら、その前まで戻す」


「でも、回復できないんですよね」


「回復できる身体にはしねえ。《不治》を抱えて、回復できねえまま、まだ魔力が残ってた時点へ戻すんだ」


 お姉さんが、自分の手首へ触れた。


「中の不治ごと、わたしを戻すの?」


「ああ。取り出して扱う気はねえよ。おめえに封じられてる状態ごと、起点にする」


「それなら、お姉さんは死ななくなる?」


「ようやく話が通じたなぁ」


 ジェラーが笑った。


 息が、少しだけ楽になった。


 ぼくにはどうしようもないと思っていたことを、この人はどうにかできると言っている。


 お姉さんは、手首から指を離した。


「治るわけじゃ、ないんだね」


「治す必要がねえところへ、戻し続けるんだよ」


「ずっと、ジェラーが?」


「俺が一生張りついてられるかぁ。そのための装置を作らせたんだ」


「どこにあるんですか」


「組織の目の届かねえ場所だ」


 ぼくは眉を寄せた。


「どこですか、それ」


「回収させた資料も、ずいぶん役に立ったぜぇ」


 答えになっていない。


 入ってはいけない部屋は、入っていい部屋より多かった。


 奥へ運ばれていった箱。何に使われるかも知らず、ぼくが持ち帰らせた資料。


 そこに、お姉さんを生かすものがある。


「術を繰り返すのは装置だ。そっちの世話は俺らがする」


 ジェラーの指が、お姉さんへ向いた。


「おめえは、何もしなくていい」


 お姉さんは、その指を見ていた。


「少し進んだら戻す。また進んだら、また戻す。ほかの時間は進む。おめえだけ、同じところへ戻す」


「その間、お姉さんは?」


「眠ったところを起点にすりゃいい」


「起きたら、どうするんですか」


「起きる前に戻す」


 ぼくは口を閉じた。


 ジェラーは続けた。


「枯渇するまで弱っていくこともねえ。死ぬのを怖がりながら待つこともねえ。苦しまねえんだよ」


 お姉さんが、ゆっくり頷いた。


「……うん」


「《不治》も外へ出ねえ。おめえが抱えたまま、その状態でいられる」


 ぼくは、お姉さんの袖を掴んだ。


「いつ、終わるんですか」


「終わらせねえよ」


「ずっと、装置を使うんですか」


「止めたら、また魔力が減り始めるだろうがぁ」


 袖を握る指に、力が入った。


「ぼくが会いに行ったら?」


「会いてえなら、見に行きゃいい」


「話は、できないんですか」


「起こして話して、また戻すか?」


 ぼくは答えかけた。


「俺が殺されたことを覚えてねえのと同じだぞ。戻したこいつは、おめえと話したことも覚えてねえ」


 開いた口から、声が出なかった。


「それとも、話すたびに起点を先へずらすかぁ。それじゃ、少しずつ魔力が減ってくだけだ。行き着く先は変わらねえ」


 お姉さんに会える。


 何度話しても、次に会うお姉さんは、その話を知らない。


「休めば戻る疲れじゃねえんだよ」


「わかってます」


「だったら――」


「わかってます!」


 声が壊れた部屋に響いた。


 お姉さんの肩が、少し動く。


 また、大きな声を出してしまった。


 袖を離そうとすると、お姉さんの指が近づいてきた。


 触れる前に、止まる。


 さっきも、そうだった。


 ぼくは袖から手を離し、その指を掴んだ。


「……お姉さん」


「うん」


 知っている手だった。


 花の葉を取っていた。パンを分けてくれた。


 ぼくを叩き潰した手でもある。


「手、引っ込めないでください」


「でも、ぼくくん――」


「魔力生命体だって、聞きました」


「……うん」


「聞いた上で、掴んでます」


 桃色の瞳が、ぼくへ戻った。


「勝手に、嫌われたことにしないでください」


 お姉さんの唇が少し開いた。


 何も言わずに、ぼくの指を握り返す。


 嬉しかった。


 嬉しいと思った途端、装置の中でも、この手は温かいんだろうかと考えた。


 握ってくれることがあっても、握ったことまで、なくなってしまう。


「ジェラー。これ、お姉さんを助ける話なんですか」


「ほかに何があんだよ」


「ずっと、閉じ込めるんですよね」


「死なせねえためになぁ」


「出してあげられないんですよね」


「出した先で何が起きるか、おめえも知ってんだろ」


 どれも、答えだった。


 聞いたことには答えている。でも、お姉さんがここからいなくなることだけが、何度聞いても変わらなかった。


「こいつは死なねえ。誰も巻き添えにならねえ。本人も苦しまねえ」


 ジェラーが指を折った。


「何が足りねえんだよぉ」


 足りないものを言おうとすると、全部、ぼくの話になった。


 ぼくが、会いたい。


 ぼくが、話したい。


 ぼくが、一緒にいたい。


 それを我慢すれば、お姉さんは苦しまない。


 ジェラーは、そういう方法を作ってきた。


 ぼくが次の仕事を待っていた、あの建物で。


「……ジェラー」


 お姉さんが呼んだ。


「それ、ずっと考えてくれてたの?」


「思いついてすぐ出来上がるもんじゃねえよ」


「そっかぁ」


 つないだ手を見ている。


 指は、ほどかなかった。


「ユラ。来い。ここで減らしてる場合じゃねえ」


 お姉さんの唇が動いた。


「待ってください」


 ぼくは手を強く握り直した。


「まだ何かあんのかぁ」


 ある。


 あるはずだった。


 装置のこと。時間逆行のこと。ほかの方法を、まだ探せるんじゃないかとか。


 でも、ぼくはお姉さんを見上げていた。


「まだ、お姉さんに聞きたいことがあります」


「うん」


「花屋を始めたときのことも。ぼくが初めて来た日のことも」


 そんなことを言うつもりじゃなかった。


 いま聞かなきゃいけないのは、もっと別のことなのに。


「お姉さんは、ぼくが来ない日、何をしてたんですか」


 お姉さんが瞬きをした。


「お店にいたよぉ」


「それは、知ってます」


「お水を替えたり。鉢を動かしたり」


「……はい」


「ぼくくん、このお花好きかなって、考えたり」


 喉が詰まった。


 お姉さんは、困ったように笑った。


「次に来たら見せようと思って、取っておいたのもあったよ」


 ぼくは、その花を知らない。


 店は、もう燃えてしまった。


 何色だったのかも、名前も知らない。


 聞けば、お姉さんは教えてくれる。


 ぼくが好きだと言ったら、きっと覚えてくれる。似た花を見つけたら、また見せようと思ってくれる。


「そういうのを」


 声がうまく出なかった。


「これからも、聞きたいんです」


 ジェラーは何も言わなかった。


 お姉さんが、ぼくの手を両手で包んだ。


「うん」


 頷いて、それからジェラーへ顔を向けた。


「まだ、返事はしてないよ」


 静かな声だった。


 ジェラーが口を閉じる。


「ぼくくんと、少しお話してもいい?」


 ぼくは、その手を握っていた。


 少し。


 お姉さんは、少しと言った。



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