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不治のユラ~花屋のゆるふわ殺し屋お姉さんとの逃避行~  作者: 硝子玉の宇宙


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14/20

不治の病

「何が違うんですか」


 ぼくは、お姉さんに聞いた。


「不治って、なんなんですか」


 お姉さんは、ジェラーに掴まれた手首を見ていた。


「治療がいらないから、不治なんじゃないんですか」


「んなわけあるかぁ」


 答えたのはジェラーだった。


「こいつの中にいる化け物の名前だ。神性存在《不治》。俺らが、人を殺すために作ったもんだよぉ」


 お姉さんの指が、少し動いた。


「人間の生命活動を止める権能だ。息も心臓も、身体の中で動いてるもんを、片っ端から止めちまう」


「そんなものを、作ったんですか」


「ああ。出来上がったそいつは、誰の言うことも聞かなかった。外へ出た途端、星じゅうの人間を殺しかけやがった」


「ジェラー、もういいよぉ」


「よくねえ」


「ぼくくんには、関係ないから」


「巻き込んどいて、いまさら何言ってやがる」


 お姉さんが黙る。


「こいつが、自分の中へ取り込んだんだ。《不治》が人間を殺して回る前になぁ」


「だって、みんな死んじゃいそうだったからぁ」


 困ったように笑った。


 町で、転んだ人へ光を飛ばしていた指を見る。


「でも、お姉さんは死ななかったんですよね」


「人間じゃねえからなぁ」


 ジェラーは言った。


「こいつは、魔力生命体だ」


 手の中の模型が、急に重くなった。


 魔力生命体は嫌いです。


 ぼくを孤児にした魔力生命体です。


 お姉さんは、まだ手首を見ていた。


 ぼくのほうへは、顔を向けなかった。


「人間の息を止めるやり方じゃ、こいつは殺せなかった。だから《不治》は、魔力を回復できなくした」


 ジェラーの声が続く。


「魔力生命体は、生きてるだけで魔力を使う。使った分が戻らなきゃ、いつか空になる」


「でも、どんな攻撃を受けても……」


「《不治》がこいつを殺してる途中だからだぁ。魔力が尽きる以外の死に方を、こいつは失ってる」


 お姉さんの手首から、ジェラーの指が離れた。


「傷をつけても、そのままにはならねえ。《不治》に殺されるまで生きていられる身体へ戻っちまう。首を落とそうが、吹っ飛ばそうがな」


 炎の向こうに立っていたお姉さんを思い出した。


 あのときから、死ぬ途中だった。


「町の人を守った光も、そうなんですか」


「こいつの魔力にも、その性質が染みついてる。光が残ってる間は、包まれたやつも死なねえ。壊れた身体も、生きられる形に戻る」


「ぼくの追跡魔術は、戻りませんでした」


「身体じゃねえからなぁ。外から付けた術式まで直してくれるもんじゃねえよ」


 お姉さんは、ぼくを治すために魔力を使った。


 知らない人にも、襲ってきた刺客にも、同じ光をつけた。


 返ってこないものを、あんなふうに配っていた。


「お姉さんが死んだら、不治はどうなるんですか」


「外へ出る。前と同じように、人間を殺し始めるかもしれねえ」


 ぼくは模型を持ち直した。


 嫌いだと言ったものが、目の前にいる。


 この人がいなければ、死んでいた人がたくさんいる。


 口を開いたが、お姉さんに何を言えばいいのか、まだまとまらなかった。


 模型を棚へ置き、上着のポケットから紙を出した。


 書き写した番号を見た。意味はまだわからない。けれど、これはぼくが自分で見つけたものだ。


「この箱、知ってますか」


 ジェラーが紙へ目を落とす。


「……まだ残ってたのか」


「これと同じ印の箱が、ぼくの暮らしてた場所にもありました。回収役が運んでた資料は、全部あそこへ?」


「ああ。おめえの帰る建物だよぉ」


「どうして、そこへ?」


「俺が運ばせたからだ」


 紙を握る指に力が入った。


「ぼくが壊してた施設は、誰のものだったんですか」


「うちの組織の施設だぁ」


 ぼくは顔を上げた。


「組織が、自分の研究所を?」


「違えよ。壊させてたのは俺だ。上の連中には黙ってなぁ」


「……裏切ってたんですか」


「懲りなかったからな」


 ジェラーが、焼けた机の残骸を靴で押した。


「星ひとつ殺しかけても、次は制御できると言い張る。場所を変えて、研究員を集めて、また作る。だから、進む前に潰した」


「殺しても殺しても、湧いてくるって……」


「同じ組織の連中のことだよぉ」


 ぼくは紙の番号を見た。


 資料が運ばれてくるところを、何度も見ていた。


「組織は、ぼくがやったと知ってるんですか」


「おめえがいることすら知らねえ」


「小さい頃から、あそこで暮らしてたのに?」


「俺が外に作った拠点だ。おめえを教えてた連中も、回収役も、俺が選んだ。組織の名簿にゃ載せてねえ」


「じゃあ、ぼくは組織の人間じゃ……」


「俺が隠して使ってた駒だぁ。正規のエージェントを動かせば記録が残る。おめえなら、最初からいねえ」


 ジェラーは、何でもないことのように言った。


 寝る場所も、食事も、仕事もあった。


 名前が記録されていなくても、不便に思ったことはなかった。


「お姉さんも?」


「ユラは違う。正式なエージェントだ。名前も仕事も、全部記録にある」


 お姉さんへ目を向ける。


「殺しも潜入も護衛も、何やらせても失敗しねえ。組織が抱えてた中じゃ、一番だった」


「抱えてたって言わないでよぉ。人なんだからぁ」


「おめえ、人じゃねえだろうが」


「そういう意味じゃないもん」


 お姉さんは頬を膨らませた。


 ぼくは笑えなかった。


「ぼくが殺した人たちは、全員、不治みたいなものを作ってたんですか」


 ジェラーの目が戻ってくる。


「研究所を動かしてた連中だ」


「一人ずつ、何をしてたか知ってるんですか」


「担当の資料はある。おめえが読みてえなら見せる」


「見ます。回収したものも、残ってる分は全部」


「いま、そんなもんを読んでる暇はねえぞ」


「いまじゃなくても。約束してください」


 ジェラーはしばらくぼくを見てから、顎を引いた。


「ああ。好きに読め。読んだって、やったことは変わらねえがなぁ」


 ぼくは紙をしまった。


 まだ、聞くことがある。


「組織を止めたかったのに、どうして花屋へ刺客を送ったんですか」


「組織は《不治》を取り戻したがってる。あの店だとわかりゃ、次は捕まえろって話になるだろうがぁ」


「見つけたことを、隠せなかったんですか」


「俺ひとりで捜してたと思ってんのかぁ。見逃したふりをしたところで、別のやつが来るだけだ」


 ジェラーは片耳を掻いた。


「だから、俺が引き受けた。送り込む人数も術式も、こっちで選べるようになぁ」


「町の人まで操って?」


「操るやつは組織の人間だ。追ってるふりだけで帰せるかよ。動かす範囲を絞って、俺が出るところまでだと決めておいた」


「お姉さんが庇うことは、わかってたんですよね」


「ああ?」


 ジェラーの眉が寄った。


「わかってたら、あんなやつは使わねえよ」


「でも、町の人を操わせたのは――」


「俺だ。ユラなら、操ってる術者を潰して終わりだと思ってた」


 お姉さんへ目を向ける。


「それが、一人ずつ光つけて、襲ってくるやつまで拾いやがる。何してんだ、てめえは」


「だって、怪我しちゃうでしょ」


「おめえが、そんなもん気にしてたかよ」


 お姉さんは、少し首を傾けた。


「いまは、気になるよぉ」


 ジェラーの口が止まった。


 ぼくは、二人を見た。


 ジェラーは、お姉さんを知っている。


 花屋にいたお姉さんのことは、知らないのかもしれなかった。


「……途中で、止められなかったんですか」


「止めたろうが。あの馬鹿が、一度で聞かなかったんだよ」


 すぐには止まらなかった魔術師。


 二度目の命令は、怒鳴り声だった。


「それでも、お姉さんは魔力を使いました」


「わかってる」


「戻らないんですよね」


「わかってるっつってんだろ」


 声が強くなった。


 ぼくは黙らなかった。


「お姉さんが前と同じだったら、それでよかったんですか」


 ジェラーの目が、ぼくへ戻った。


「町の人がどうなっても?」


「……おめえに許してもらいに来たんじゃねえ」


 答えにはなっていなかった。


 ジェラーは、お姉さんを見た。


「てめえもなぁ。話の途中で俺の顔をぶん殴って、ガキ抱えて逃げやがって」


「痛かった?」


「痛えよ」


「そっかぁ」


 お姉さんが、ほんの少し笑った。


 謝りはしなかった。


「通信機は、壊してくれたんだよねえ」


「聞かせたくねえ話があったからだ」


「ぼくくんのこと?」


「それもだ。順番に話そうとしてたら、おめえが全部ひっくり返したんだろうがぁ」


「だって、殺すって言うんだもん」


「組織の連中の前で、無事でいてくれって頼めるかよ」


 お姉さんは自分の手首を見た。


「心配は、してくれたの?」


「そいつが死んだら、次は星丸ごと《不治》だろうがよぉ。俺まで巻き添えじゃねえか」


「うん。そうだねえ」


 お姉さんの声が、少し戻った。


 ぼくは、ジェラーから目を離さなかった。


 あの襲撃は、何もかも芝居だったわけじゃない。


 店は燃えた。町の人は傷ついた。お姉さんが使った魔力も、返ってこない。


 ジェラーの考えていた通りには、ならなかった。


 でも、あの人たちを送り込んだのはジェラーだ。


「そもそも、どうやってここへ来たんですか。追跡魔術は壊したはずです」


「壊されたよ。おかげで、来そうなところを一つずつ回る羽目になった」


 ジェラーは外壁のほうを指した。


「おめえが知ってる施設は、俺が教えた場所だ。道から見てたら、入口の瓦礫が動いた。やっと当たりだぁ」


 ぼくが確かめたのは建物の周りだった。丘を越えた道の先まで、ずっと見ていたわけじゃない。


「組織の人は?」


「連れてきてねえ。ここも知らせてねえよ」


 ぼくは、お姉さんのそばへ寄った。


「不治を返せって、言ってたじゃないですか」


「組織の連中の前でなぁ」


「返してもらいに来たんじゃないんですか」


「組織が欲しがってんのは《不治》だ。俺まで同じもん欲しがってると思うなよ」


 お姉さんが、ジェラーを見た。


「じゃあ、何をしに来たの?」


「おめえ、そのままにしときゃ死ぬだろうが」


 ぼくは、お姉さんの手首へ目を落とした。


 さっき、ジェラーが触れていたところ。


「どうにかできるんですか」


 ジェラーは、ぼくには答えなかった。


「ユラ。いつまで逃げてるつもりだ」


「捕まるの、嫌だもん」


「組織に渡す話はしてねえよ」


 お姉さんの顔から、笑みが消えた。


「ジェラー……わたし、全然意味がわからないよぉ」


 ジェラーは、ようやく言えることを口にするように笑った。


「こっちも準備が整ったんだよぉ」



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