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異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


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王都の鳩

「その札、外してもいいか」


「だめです。局長殿の指示です」


市場の入口でガルドがむっつりした顔で腕を組んでいた。足元でグレイが大人しく座っている。その首に木の札が下がっていた。


『魔獣管理局 証人随伴個体 バトルウルフ』


「証人随伴個体」


ガルドは札の字を一字ずつ読み上げた。


「俺の相棒を個体と呼ぶな」


「ぐる」


グレイは平然とあくびをした。


「ガルドさん、似合ってますよ」


リナが笑いをこらえて言った。


「似合うか」


「はい。ちょっと偉い人みたいです」


「偉くなっても嬉しくない」


審問まであと五日。院の飼育棟の記録もエルゼの帳面も揃った。ダリウスが言うには「今日は休め」だった。


「一日くらい、遊んでこい。審問の前に頭が固まる」


その言葉に甘えて、四人と二頭と一羽は王都の市場へ出てきたのだった。


「きゃん!」


ソラがリナの外套から顔を出して、鼻をひくひくさせた。


「いい匂い」


市場は人でいっぱいだった。露店が何百と並び、果物、肉、布、鍋。焼き栗の甘い匂いが流れてくる。

旅の疲れがすうっと軽くなる気がした。


「ガルドさん。ニコ君に炭筆を買って帰りたいんです」


「炭筆」


「はい。字を書く、細い炭です。ここなら、いいものがあると思って」


リナは文具の露店をのぞき込んだ。細い炭の棒が小さな木箱に並んでいる。一本ずつ、紙で包んである。


「これ、三本ください。それから、紙の綴りをひとつ」


「あいよ。お嬢ちゃん、王都は初めてかい」


「はい」


「じゃあ、おまけだ。この小さな鞘もつけとくよ。炭筆が折れないように」


「ありがとうございます」


リナは丁寧に頭を下げた。


その時、後ろから、大きな声が響いた。


「おお! 旦那! 獣医の旦那じゃないか!」


振り返ると見覚えのある顔が手を振っていた。荷主のマルコだった。麦袋を積んだ荷車の横で帽子を高く掲げている。


「マルコさん。ブランは」


「元気だ! 次の日には荷車を引いたぜ。あんたたちのおかげだ」


マルコは大股で近づいてきて、カイの手を握りしめた。


「それから、聞いてくれよ。俺は言いふらしたんだ。市場の連中に」


「何をですか」


「診てから、決める、ってな」


マルコは得意げに胸を張った。


「そしたら、驚くぞ。昨日から、何人も聞きに来てるんだ。『あの獣医はどこにいる』って」


「え」


「ほら」


マルコが顎で指した。


通りの向こうに人だかりができていた。五、六人。そのうち、子連れの母親がおずおずとこちらを見ている。


「あの」


母親が近づいてきた。


「獣医さん、ですよね。馬の」


「はい。獣医です」


「うちの、鳩が」


母親は小さな籠を抱えていた。中に灰色の鳩がうずくまっていた。


「昨日から、えさを食べなくて。どうしたらいいか、分からなくて」


カイは籠をのぞいた。鳩は羽を膨らませて、じっと目を閉じている。


「診てもいいですか」


「お願いします。誰に聞いても鳩なんか、死ぬまで待つしかないって」


母親の声が小さくなった。


「王都には鳩を診てくれる人がいないんです。馬には蹄鉄屋さんがいるけど、鳩は安いから」


カイは息を吸った。


(ここだ)


昨日、リナが言った。「誰が診るんでしょう」と。


「リナ」


「はい」


「診て、くれるかい」


リナは目を輝かせた。


* * *


人だかりはいつの間にか、二十人を超えていた。


広場の隅の石段に布を広げて、鳩を載せた。リナが跪いて、そっと翼を広げる。ソラは興味津々で鳩の頭の近くまで鼻を寄せた。


「ソラ、だめ。ちょっと待ってて」


「きゃん」


「まず、体を触ります」


リナの声は静かだった。


「胸の骨が少し浮いてます。やせてる。それと、餌袋が」


指で鳩の喉元をそっと押す。


「空っぽです。何も食べてない」


「それで」


「目が濁ってないです。呼吸も安定してる。でも」


リナは翼の付け根に指を当てた。羽毛の下をそっと分ける。


「ここ。小さな傷があります」


「傷?」


「爪で引っかかれたみたいな。傷口が少し腫れて、熱を持ってます」


「鷹か」


カイが言った。


「屋根の上で鷹に追われたのかもしれない」


母親がはっと口を押さえた。


「そういえば、昨日、鷹匠さんが屋根の上を通って」


「それですね」


リナが顔を上げた。


「この傷を洗って、膿を出して、薬を塗れば、治ると思います」


「うん。やってみよう」


カイは診察鞄から、ミレーヌの薬草の小袋を取り出した。リナが煮沸した湯で傷口を洗う。ぬるま湯をそっと流して。羽を一本ずつ、除ける。


鳩はじっとしていた。リナの手が優しく包むと目をうすく開けた。


広場は静まり返っていた。誰も声を出さない。ただ、リナの手元を見つめている。


「小さな針で一針だけ、縫います」


リナは言った。


「痛くないように少しだけ、麻酔を」


「うん。僕は見てる」


細い針が羽の下できらりと光った。リナの指が慎重に動く。


「……はい。縫えました」


「よくやった」


「ありがとうございます」


リナは額の汗を拭った。鳩をそっと母親の腕に戻した。


「今日は暗い、静かなところで休ませてあげてください。えさは水に浸した、柔らかい粒を少しずつ。三日後に傷を見せてください」


「ありがとう。ありがとうございます」


母親は何度も頭を下げた。目が赤かった。


「あの、お代は」


「いりません」


カイは微笑んだ。


「でも一つだけ。この子が元気になったら、周りの人にも診てもらえることを教えてあげてください」


「はい」


人だかりの中から、小さな拍手が起きた。誰かが続いた。それが広場中に広がった。


「すげえな、あの嬢ちゃん」


「手が速い」


「あの獣医が噂の、診てから決める人か。本当だったんだな」


マルコが鼻を高くして、腕を組んでいた。


「だから言っただろうが」


リナは顔を真っ赤にして、うつむいた。ソラがぺろりと頬を舐める。


その輪の端で一人の男が紺色の外套の裾をひるがえして、足早に去っていくのが見えた。


「カイさん」


リナが小声で言った。


「今の」


「うん。院の者だね」


カイは人だかりに礼をしながら、答えた。


「報告に行ったんだろう。構わない」


「いいんですか」


「診察は隠れてやるものじゃないから」


そのとき、グレイがのそりと近づいてきた。足元で母親の子どもがじっと狼を見上げている。


「おおかみ」


「ぐる」


「かっこいい」


子どもはそっと手を伸ばして、グレイの背に触れた。グレイは動かなかった。ガルドが後ろで「おい」と言いかけて、やめた。


「触ってもいいぞ」


「いいの?」


「ああ。ただし、尻尾は引っぱるな」


子どもは満面の笑みを浮かべた。ガルドが小さく、ため息をついた。


「札も悪くねえな」


「きゃん」


ソラが嬉しそうに鳴いた。


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