↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/104

開院の日

谷は雪に覆われていた。


四日の旅の末、馬車が尾根を越えた時、カイは息をのんだ。


白い雪の谷の底に、見慣れた白い建物が建っていた。かつて伯爵が、別邸として建てた館。

屋根の青い瓦の上にも、雪が積もっている。けれど、以前のような冷たい印象は薄れていた。


玄関の上に、新しい看板が掛かっている。


『北のミトラ診療所』


文字は素朴な彫りだった。トバが彫ったのだという。


「着いたね」


ミレーヌが窓の外を眺めて、ぽつりと言った。


馬車が門をくぐる。鉄の門扉は、開けっ放しになっていた。その向こうに人影が見える。


「獣医さん!」


白い息を吐いて、小さな影が走ってきた。ニコが、馬車の窓から飛び出していた。


「バーサ婆ちゃん、見て! 谷が、変わってる!」


「ああ、本当だね」


バーサも窓から顔を出した。


「ずいぶん、きれいになった」


馬車が止まった。カイは扉を開けて、雪の積もった前庭に降りた。


前庭には、色とりどりの小さな影が散らばっていた。


銀色の毛並みの狐。鱗に覆われた猿。黒い猫。薄青い翼の鳥。風羽鳥が雪の上に降りて、羽をばさばさと動かしている。

どの子も、体が一回り大きくなっていた。目がきらきらと光っている。


「みんな」


カイは思わず、つぶやいた。


「元気になったんだ」


「獣医官殿」


玄関から白髪の老人が、杖もつかずに歩いてきた。トバだった。その後ろにレンデルが、手袋をはずして頭を下げている。


「お待ちしておりました」


「トバさん。レンデルさん。ご無沙汰しています」


「幻獣たちはみな、順調に回復しております」


レンデルが丁寧に言った。


「減薬は、すべて完了しました。体重もほとんどの子が、標準に戻りつつあります」


「素晴らしいです」


「いえ。獣医官殿の、お教えのおかげです」


レンデルは深く頭を下げた。目の下のくまは、すっかり消えていた。


「それから」


トバがにやりと笑った。


「今日はもう一つ、いい日になりますよ」


「え?」


その時、谷の入口から馬車の音が聞こえてきた。


ごとごとと重い車輪の音。灰色の外套の局員が、御者台に座っている。荷台の幌が揺れていた。


「あれは」


レンデルが息をのんだ。


馬車は前庭に入ってきた。局員が御者台から降りて、カイに一礼する。


「領都よりご依頼の個体をお連れしました」


荷台の幌が、ゆっくりと開かれた。


その中から三つの小さな影が顔を出した。


白い毛並みの、小さな月光鹿。細長い風切り羽の、風羽鳥。黒い毛並みの、影猫。


「ミオ。リン。ヨル」


レンデルの声が震えていた。


三頭は荷台から降りた。ミオが真っ先に、レンデルの足元へ駆け寄った。小さな頭を、レンデルの膝に押しつける。

リンがレンデルの肩にとまって羽を震わせた。ヨルが足首に体をすり寄せた。


「……ああ」


レンデルは、その場に膝をついた。三頭を両腕で抱きしめる。


「会いたかった。会いたかったよ」


声が涙で掠れていた。


カイは静かに、その光景を見守っていた。


その時、前庭の別の方向から小さな足音が近づいてきた。


「ぴゅい」


白い毛並みの痩せた鹿が、そろそろと歩いてくる。額に三日月の斑。ツキだった。

その後ろから大きな母鹿のユエが、ゆっくりとついてくる。


ミオが顔を上げた。ツキを見つめる。


三頭の月光鹿が向かい合った。


ミオがぴゅい、と鳴いた。ツキがぴゅい、と返した。ユエが静かに首を伸ばして、ミオの額に鼻先を触れさせた。


銀色の小さな角の芽。三日月の斑。同じ種の同じ光を持つ者たちが、静かに、互いの存在を確かめ合っていた。


「同じ種の仲間に会えたんですね」


リナが小さくつぶやいた。


「うん」


カイの胸がじんと熱くなった。


ルカが肩から、ふわりと飛び立った。ミオたちの周りを、くるくると旋回する。ぷるる、ぷるると楽しげな声で鳴いた。

風羽鳥のリンが、それに応えるように翼を広げた。


前庭に春のような温かい空気が広がっていた。


ソラは、リナの腕の中で、尻尾をぱたぱたと振っていた。ミレーヌが、そのソラを、じろりと見た。


「あんたは、まだ幻獣に触るんじゃないよ。病気を持ち込んだら、大ごとだ」


リナは慌てて、ソラを抱き直した。


「ようこそ」


トバが静かに言った。


「北のミトラ診療所へ。今日が、開院の日です」


カイは胸を張って、前庭を見渡した。


(続きを、やる)


この谷の診療所がこれから、新しい始まりを迎える。


そう思った時だった。


谷の入口の方からラッパの音が、高く鳴り響いた。


全員がはっと顔を上げた。


雪道の向こうから、紺色の外套の騎馬が、列をなして近づいてくる。先頭の馬の旗に白い竜の紋章。

その後ろに、黒塗りの馬車が一台。


「あれは」


トバが険しい顔をした。


「王立幻獣院の、旗です」


カイは静かに息を吐いた。


(予定より、早い)


七日後と言っていた。まだ五日しか経っていない。


「全員、落ち着いて」


カイは小声で言った。


「僕が出迎えます。リナ、ニコ君。君たちは、幻獣たちのそばにいて」


「はい」


「うん」


雪を踏む蹄の音が近づいてくる。前庭の門をくぐって、黒い馬車が止まった。


扉がゆっくりと開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。