↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/103

ふたりの弟子

雪の日は荷馬車が遅れる。


それでも、四日後の昼過ぎ、アルム村の入口へ見慣れない荷馬車が着いた。幌に荷役組合の印がある。

御者台にペッポが座っていた。


「先生! 連れてきましたよ!」


「ペッポ君。わざわざ、ありがとう」


「いえ、ちょうどアルム村の近くまで、荷を運ぶ用事があったんで。ついでです」


ペッポはぺこりと頭を下げた。それから、幌の後ろを振り向いた。


「ほら、降りて。着いたぞ」


幌の隙間から小さな頭が、ひょっこりと現れた。ぼさぼさの髪。日に焼けた顔。首に細い葦の筒を、紐でぶら下げている。


「獣医さん!」


「ニコ君」


少年は荷馬車から飛び降りて、カイの腕に飛びついた。


「会いたかった! 谷にいたら、獣医さん、全然いないんだもん」


「ごめん。忙しくて」


「でも、来たよ! バーサ婆さんと一緒に!」


その後ろから杖をついた老婆が、のそりと降りてきた。毛皮の外套に頭の布。バーサだった。


「獣医さん。元気そうだね」


「バーサさん。遠いところ、すみません」


「いいんだよ。わしも、いろいろ用があってね」


バーサは、懐から一通の書状を取り出した。


「診療所の、開院届さ。獣医さんの署名が、いる。それとこの子の、見習い届」


「ニコ君の」


「あの子の母親とは話がついてる。ホロ村の者たちも賛成してくれた」


カイはニコを見た。少年は胸を張って、えへんと咳払いをした。


「ぼく、本気だから」


「うん。知ってる」


カイは微笑んだ。


* * *


診療所の戸口で二人の少年少女が、向かい合っていた。


リナと、ニコ。


リナは首に木製の聴診器を下げている。ニコは葦の筒を。二人とも緊張で、体がこわばっていた。


「あの」


「あの」


同時に声を出して同時に黙った。


カイは少し離れて、その様子を見守っていた。ルカが肩の上で、わくわくしたように尻尾を振っている。

ソラはリナの足元で、ニコの顔をじっと見上げていた。


「えっと」


リナが先に口を開いた。


「わたし、リナ。この診療所の、助手」


「ぼく、ニコ。ホロ村の、牧童。それから、獣医さんの、見習い」


「見習い」


「うん」


リナは少し考えてから真顔で言った。


「わたしの方が、先輩ってこと?」


「えっ」


「だってわたしが、先に見習いになったもの」


「そう、なのかな」


ニコは、困ったようにカイを見た。カイは笑いをこらえて、何も言わなかった。


「じゃあ、リナ姉ちゃん」


「ね、姉ちゃん?」


リナの顔がぱっと赤くなった。


「ぼく、年下だから。リナ姉ちゃん、って呼んで、いい?」


「い、いいけど」


「やった!」


ニコがにこっと笑った。リナもつられて口元を緩めた。それから、慌てて咳払いをした。


「じゃあ、案内するね。診療所の、中」


「うん!」


二人は、並んで中へ入っていった。


診療所の中でリナはニコに一つひとつ、道具を見せていった。


「これが、鉗子。ドルンさんが作ってくれたの。こっちがハサミ。刃先を、必ず火で炙る」


「炙るんだ」


「うん。それとこれが、ね」


リナは壁の板を指さした。


「迷った時、人を呼ぶって書いてある」


「ぼくも知ってる。獣医さんが、言ってた」


「でも、いざ迷うと、呼ぶのがすごく怖いんだ」


リナはぽつりと言った。


「恥ずかしいって思っちゃう。でも、呼ばないほうがもっと怖いことになる。だから、板に書いておくの。忘れないように」


ニコは真剣な顔で、板を見つめていた。


「ぼくも、書く」


「うん。書こう」


リナはにこっと笑った。そして、ふと、ニコの首の葦の筒に目を留めた。


「それ、聴診器?」


「うん。獣医さんが、作ってくれたんだ」


「見せて」


ニコが葦の筒を外してリナに渡した。リナはそれを耳に当てて、自分の胸に反対の端を押し当てた。


「……聞こえる」


「でしょ」


「葦でも、聞こえるんだ」


リナは目を丸くした。それから、自分の木製の聴診器をニコに差し出した。


「こっちも、聴いてみて」


ニコはそれを受け取って耳に当てた。リナの胸に押し当てる。


「あ。音が大きい」


「ドルンさんが、作ってくれたの。木を削って、中を空洞にして」


「すごい。葦よりずっと、はっきり聞こえる」


二人は顔を見合わせて笑った。その笑い声が、診療所の中に明るく響いた。


その時、扉がごとんと鳴った。


「何だ、騒がしいと思ったら」


扉の向こうに、大きな影が立っていた。ドルンだった。革の包みを小脇に抱えている。


「ドルンさん!」


リナが駆け寄った。ドルンは無言で包みを、ニコの前に差し出した。


「……え?」


ニコがおそるおそる、包みを受け取る。紐を解くと中から、木製の小さな聴診器が現れた。


リナの聴診器と同じ形。けれど、少し小ぶりだった。子どもの手に合う大きさだ。


「……これ」


「作った」


ドルンは短く言った。


「ニコ、だったな。見習いなら、道具がいる」


「ぼくに?」


「ああ」


ニコの目がまん丸になった。それから、じわじわと涙が溜まった。


「ありがとう、ございます」


「泣くな」


「泣いてないです」


「泣いてるだろ」


「泣いてないです!」


ニコは、袖で顔をごしごしと擦った。リナがくすくすと笑った。ドルンは、ぷいとそっぽを向いた。耳が赤かった。


カイは少し離れた場所で、その様子を見ていた。


(この子たちはきっと、僕よりずっと遠くまで行く)


そんな予感が、胸の奥に静かに広がった。


夕暮れ、診療所の窓から橙色の光が差し込んだ。雪に反射して部屋の中が淡く染まる。


ニコが新しい聴診器を、首に下げて、嬉しそうに何度も鏡を覗き込んでいた。

リナがその横で「似合ってる」と言って手を叩いていた。


バーサが暖炉の端で茶をすすりながら、目を細めていた。


「いい弟子たちだね」


「はい」


「あんた、これから、忙しくなるよ」


「分かっています」


カイはうなずいた。


けれど、その時はまだ知らなかった。数日後に一通の書状が、アルム村へ届くことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。