↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/91

回収係

窓の外は月のない夜だった。


ガルドは、音を立てずに立ち上がった。扉の隙間から、庭の様子をうかがう。

グレイは低く喉を鳴らして、鼻先を壁の方へ向けている。


「数は」


「五、六人。壁を越えてくる」


カイは息をのんだ。


客間にはカイとミレーヌ、ドルン。隣の部屋では、レンデルが三頭のそばについている。

廊下にはイゼルダと、灰色の制服の兵が四人。


「ミレーヌさん、ドルンさんはここに。三頭の部屋を守ってください」


「あんたは」


「僕も行きます」


「馬鹿言うんじゃないよ。あんたは、診る方だろう」


ミレーヌがきつく睨んだ。けれど、カイは首を振った。


「ミオたちを守るのも診る仕事です」


「……好きにしな」


廊下に出ると、イゼルダが、書類ではなく細身の剣を腰に提げていた。


「獣医官殿。来ましたね」


「はい。庭の壁から」


「兵を、裏口と正面に回します。あなたは、三頭の部屋の前に」


その時、庭から短い悲鳴が上がった。


ガルドとグレイが、先に飛び出したのだ。


「ぐおおっ!」


グレイの咆哮。人影が庭の暗がりでもつれ合う。兵が笛を吹いた。


カイは、三頭の部屋の前に立った。扉の向こうでレンデルが、息を荒くしているのが分かる。


(大丈夫。守る)


窓の外で、金属のぶつかる音がした。男の声。罵声。やがて、庭の一方から一つの影が悠々と近づいてきた。


「やあ。久しぶりだな、獣医さん」


月のない暗闇の中、窓の下に立っていたのは、見覚えのある顔だった。四十がらみの、小柄な男。丸い顔に人懐っこい笑み。

派手な色の上着。


「ゼルク」


「覚えていてくれたとは光栄だ」


商人の笑顔は変わらなかった。けれど、その目だけが冷たかった。


「あの時は、世話になったな。大事な商品を、取り戻しそこねた」


「ここは、局の保護観察下です。立ち入りは、許されません」


イゼルダが静かに言った。


「局の? ははあ。そうか」


ゼルクは肩をすくめた。


「だがね、こっちも仕事でね。ここの商品を、領外の別邸に移す、段取りになっている。伯爵のご指示だ」


「伯爵の」


「おっと。余計なことを言ったか」


ゼルクはくすくすと笑った。次の瞬間、短く、指笛を吹いた。


建物の反対側で、ガラスの割れる音が響いた。


「別動隊!」


兵の声が飛ぶ。イゼルダが剣を抜いて走った。カイは一瞬、迷った。


(ここを離れちゃいけない。でも)


その時だった。三頭の部屋の窓が、内側から、勢いよく破られた。


黒い布で顔を覆った男が一人、飛び込んでくる。手に大きな麻袋。


「やめてください!」


レンデルが叫んだ。男の前に、両腕を広げて立ちふさがる。


「この子たちに、触るな!」


「どけ!」


男が、レンデルの肩を突き飛ばした。レンデルは壁に背中を打ちつけてうめいた。それでも、立ち上がろうとする。


「レンデルさん!」


カイが駆け込んだ時には、男は、ミオの寝床に手を伸ばしていた。


「その子に触るな!」


カイは男の腕に飛びついた。振り払われて床に転がる。袋の口がミオに被さった。男が袋ごと、小さな体を抱え上げる。


「ミオ!」


男は割れた窓から、外へ飛び出した。


「待て!」


カイが追いかけようとしたその時。窓の外で獣の咆哮が響いた。


グレイだった。


黒い影が闇を切って走る。庭を横切って、壁を駆け上がる男の背中に飛びかかった。


「ぎゃあっ!」


男が袋を放り投げた。ガルドが、それを両手で受け止める。


「受け取った!」


「ガルドさん、ミオは!」


「息がある!」


袋を腕に抱えたまま、ガルドは叫んだ。その背後でグレイが、男の足に噛みついて離さない。


「ゼルクは」


「あっちだ!」


兵の声が庭の隅から響く。ゼルクは、壁に向かって走っていた。身軽に石の隙間に足をかけて上り始める。


だが、その足首を何かがつかんだ。


「逃がすかよ」


低い声。ガルドが袋をカイに預けて、素早く走り出していた。ゼルクの足を引きずり下ろす。


「くそっ、放せ!」


「放すわけがねえだろう」


ガルドはゼルクの背中に膝を押しつけて、腕をひねり上げた。


「ぐ、あ!」


「確保!」


兵が縄を持って駆けつけた。ゼルクは地面に押しつけられて、悪態をつき続けた。


「覚えていろ。あの方はお前たちを決して許さない」


「黙れ」


ガルドが低く言って、縄をきつく締めた。


カイは、袋をそっと地面に置いた。口を開けると、中で、白い小さな体が、くたりと横たわっていた。


「ミオ」


呼びかけても反応がない。手を当てると冷たかった。


(体温が下がってる)


イゼルダが、ゼルクの懐を探っていた。やがて、一枚の紙を取り出す。


「これは」


月明かりの下で紙を広げた。短い文章。署名。そして、印。


『三頭を、速やかに別邸へ移送せよ。余人に知られるな。 B』


その横に鷲の形の印が、赤く押されていた。


「鷲の印」


イゼルダの声が低く震えた。


「審問の帳簿にあったあの符号と同じです。伯爵の、直筆の指示書」


兵たちが顔を見合わせた。ヴェルナーが、いつの間にか庭の入口に立っていた。


「……決定的だな」


けれど、カイの耳には、その声は遠かった。腕の中の小さな体が、さっきよりさらに軽くなっている。


呼吸が、浅い。胸がほとんど動いていない。


「ミレーヌさん!」


カイの叫びが夜の庭に響いた。


「ミオが危ない!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。