診断は毒だった
「根拠をお聞かせ願おうか」
伯爵は、近くの椅子に悠然と腰を下ろした。レンデルがその後ろに立つ。イゼルダと二人の兵は、扉の近くで黙って控えていた。
カイは三頭の寝床の間に立って、順に症状を並べていった。
「まず、ミオです。毛艶は良いのに、肋骨が指で数えられるほど痩せています。食欲はあると言われましたが、食べた物が、体になっていない」
「それは成長期の」
「いいえ。右の肋骨の下に、わずかな張りがあります。肝臓の腫れだと思います。そして、よだれが多い。後ろ脚に、力が入っていない」
カイは、ミオの後ろ脚をそっと持ち上げた。力なく、だらりと垂れる。
「瞳孔が開いたまま、光に反応しない。心拍が遅い。反応が鈍い。それに、歯茎の色が白っぽい」
言葉を並べながら、カイの胸の奥で、何かがつながり始めていた。
(よだれ。ふらつき。後ろ脚のもつれ。食欲があるのに痩せる)
覚えのある組み合わせだった。
(あの時と同じだ)
川辺で見つけた、ミストフォックス。籠の中でぐったりしていたサラマンダー。感染症ではなかった。原因は。
「……レンデルさん。この子たちに、毎日、何を与えていますか」
「餌と、水と、それから」
レンデルは一瞬、口ごもった。
「鎮静のための、薬を少々」
「見せていただけますか」
「……こちらです」
レンデルが案内したのは、部屋の奥の、小さな薬棚だった。扉を開けると、小瓶がいくつも並んでいる。
その中の一つを、レンデルがおずおずと差し出した。
濃い緑がかった褐色の液体が、半分ほど入っていた。
カイは栓を抜いて、そっとにおいを嗅いだ。青臭い、湿った草の匂い。
(この匂い)
診察鞄から小さな白い皿を取り出して、瓶の中身を一滴垂らす。液体が皿の上に広がって、少しずつ底に沈んでいった。
細い緑色の繊維が、絡み合うように残っていた。
指先でつまむ。細く、しなやかで、ねばりがある。
「……眠り蔓だ」
「眠り蔓?」
伯爵がわずかに眉を上げた。
「湿地に生える蔓です。普通は、家畜が食べると、少し眠くなるだけの草です。ですが、枯れて水に溶けると、毒になる」
カイは瓶を高く掲げた。
「これは、枯れた眠り蔓の抽出液です。少量なら、眠くなる。静かになる。けれど、毎日与え続けると、体に毒が溜まっていきます。肝臓が傷んで、食べたものが体にならなくなる」
「毒、とは」
レンデルの声がかすれた。
「古い飼育書に、あるのです。『眠り蔓の抽出液は、幻獣の神経を鎮め、穏やかにする』と。この薬のおかげで、どの子も暴れず、怯えず静かに過ごせるのだと」
「その本を、見せていただけますか」
レンデルは棚の下から、古びた革表紙の本を持ってきた。ページをめくって、震える指で一か所を示す。
確かに、そこには眠り蔓の抽出液を、幻獣の鎮静に用いるとあった。ただし、その下に、小さな字で、続きが書かれていた。
『ただし、量と期間を誤れば、肝を損なう。数日を超えて与えてはならぬ』
「……読み落としていました」
レンデルが唇を震わせた。
「いえ。読んでいたはずです。ですが、どの子も、元気で静かで、問題がなさそうに見えたので」
「いつから、与えているんですか」
「保護の日から、ずっとです。もう二か月に」
レンデルの顔から、血の気が引いていった。
「私はこの子たちが、怯えず、苦しまずにいられるように、と、そればかり」
声が途中で途切れた。
カイは、その顔をじっと見つめた。悪意ではなかった。この男は、本当に、この子たちのためを思って、毎日、薬を与え続けていたのだ。
「レンデルさん」
「……はい」
「あなたは、この子たちを、大切にしていた。それは分かります。ただ、方法が間違っていました。今から、直せます」
カイはゆっくりと言った。
「ただし、急に薬を止めてはいけません。長く与えた鎮静薬を急に止めると、体が戸惑って、かえって危ない。少しずつ減らします。同時に、毒を体から出す手当てもします」
「出せるのですか」
「木炭で吸い出します。肝を守る薬草もあります。時間はかかりますが、治る可能性は高いです」
「私は、何をすれば」
「今日から、毎日、薬の量を五分の一ずつ減らしてください。五日で、ゼロにします。夜に、ひどく落ち着かなくなったら、すぐに知らせてください。体が、薬のない状態に慣れようとしている証拠ですから」
「承知いたしました」
レンデルは必死にうなずいた。
カイは鞄から紙と炭を取り出して、素早く手紙を書いた。宛先はアルム村のミレーヌ。症状と薬の中身、眠り蔓の抽出液であること。
肝を守る薬草と、減らし方の相談。
「これを、すぐに村へ届けたい。早馬を、出していただけますか」
「手配します」
イゼルダがすぐに答えた。
その時、伯爵が静かに口を開いた。
「獣医官殿」
「はい」
「あなたの診断はよく分かった。だが」
伯爵は膝の上で、ゆっくりと指を組んだ。穏やかな笑みは、そのままだった。
「それを、局に報告するつもりかね」
「報告します」
答えたのはカイではなく、イゼルダだった。
「幻獣担当官として、記録の齟齬と、飼育の実態を局に報告いたします。この三頭が、搬送中に死亡した、とされていた件も含めて」
扉の方に、二人の兵が、無言で立っていた。
伯爵はイゼルダをちらりと見て、それからカイに視線を戻した。
「私は、飼育のことは、レンデルに任せておりましてね。何も知らなかったのですよ」
「そうですか」
「ええ。だから、報告はお好きになさるといい」
穏やかな声の裏で、何かが、静かに動き始めているのを、カイは感じた。だが、今は考えている暇はなかった。
三頭の命が目の前にある。
カイは、ミオの傍らに膝をついた。月光鹿の子は、ぼんやりと天井を見上げていた。
その小さな体が、かすかに、とく、とく、と脈打っていた。
「大丈夫だよ、ミオ。必ず、治す」
その声が届いたのかどうか。ミオの耳が、ほんの少しだけ、ぴくりと動いた。




