黒鱗商会
馬車が止まると、ヴェルナーは御者台からひらりと降りた。
「何があった」
その声はいつもより、ずっと硬かった。
「昨夜、診療所に賊が入りました」
カイが静かに答えた。
「ルカを狙ってきました。ガルドさんと、グレイが守ってくれて、一人は捕まえています」
「……竜は無事か」
「はい。傷はありません」
ヴェルナーはほんの一瞬目を閉じた。
「そうか」
その肩から、わずかに力が抜けた。
「遅れて、すまなかった。領都での調査が思ったより長引いた」
「いえ。それより、捕まえた男を見ていただけますか」
「ああ」
ヴェルナーは納屋へ向かった。
* * *
納屋の隅に縛られた若い男が座っていた。覆面は取られている。荒んだ顔つき。目の下にくまが、深く刻まれている。
「名前は」
ヴェルナーが静かに問うた。
「ジンだ」
「ジン。所属は」
「所属なんざ、ねえよ。おれはただの、雇われだ」
「黒鱗商会だな」
ジンの肩がぴくりと動いた。
「なっ……なんでそれを」
「竜の足輪の金具に商会の印が刻まれていた」
ヴェルナーは懐から、小さな銀色の金具を取り出した。逆さの鱗が三枚、並んでいる。ジンの顔から血の気が引いた。
「お前を領都で、尋問する。ここで素直に話せば罪は軽くなる」
「……」
「どうする」
長い沈黙が流れた。
ジンは唇を噛み締めて、床を睨んでいた。やがてがくりと肩を落とした。
「分かった。話す」
「話せ」
「おれはゼルクの下で動いてた。ゼルクは商会の『回収係』だ。逃げた商品を取り戻す役目で」
「商品?」
「……あの、竜のことさ」
カイは拳を握りしめた。
(商品。……ルカをそう呼ぶのか)
「あの竜は北の雲居山で仕入れた。親の竜が、子を庇って、傷を負った隙に子だけを攫った」
「……」
「だが、商品が思ったより、弱ってな。日に日に衰えて。買い手に渡す前に死なれたら金にならねえ。だから、領都の倉庫に一時的に移したんだ」
「その倉庫を摘発された」
「そうだ。運が悪かった。商品を逃がされちまった」
ジンは苦々しげに吐き捨てた。
「だから、ゼルクが取り戻しに来たんだ。この村に竜がいると突き止めて」
「買い手は誰だ」
ヴェルナーの声が低くなった。ジンは少しためらった。
「言ったら、おれ、殺される」
「保護する。約束する」
ジンは深く息を吸った。
「ベルクハイム伯爵だ」
ヴェルナーの表情が凍りついた。
「……伯爵」
「領都の貴族で、幻獣の収集家だ。あの竜は伯爵が、金を出して注文した。生きたまま、手に入れろ、と」
「ベルクハイム伯爵は魔獣管理局の後援者だぞ」
「だから、都合がいいんだろう。局の人間に顔が利く。何か、まずいことが起きても揉み消せる」
ジンは自嘲気味に笑った。
「あんたら、相当厄介な相手に手を出したよ」
* * *
診療所の作業台を囲んで、全員が集まった。カイ、リナ、ガルド、ミレーヌ、ヴェルナー。
「ベルクハイム伯爵、か」
ヴェルナーが重く、口を開いた。
「領都でも有数の有力者だ。幻獣の保護事業に、多額の寄付をしている。表向きは幻獣の保護者として評判がいい」
「その裏で、密猟組織の買い手をしている」
カイが続けた。
「ああ。だが、今の証拠はジンの自白と金具だけだ。伯爵本人を追い詰めるには足りない」
「どうすれば、いいんですか」
リナが不安そうに尋ねた。ヴェルナーはしばらく黙っていた。そして静かに言った。
「審問を開く」
「審問?」
「イゼルダ殿から、連絡があった。竜の件で領都に正式な審問会が開かれる。期限の日に、ルカの回復を公の場で、確認するための場だ」
「公の場」
「ああ。そこに、伯爵も出席する。魔獣管理局の後援者として、竜の処遇に意見を述べる、権利があるからだ」
ヴェルナーの目が鋭く光った。
「その場で、すべてを明らかにする。ルカの傷、骨の病気、足輪の金具、ジンの自白。全部を並べて、伯爵に突きつける」
「できるんですか」
「分からない。だが、これしか、ない」
ガルドが腕を組んだ。
「危険だな。領都は伯爵のお膝元だ」
「分かっています」
ヴェルナーはうなずいた。
「だから、カイ殿、君に頼みたい。審問にルカと、一緒に来てほしい」
「僕がですか」
「診療所の獣医として、診察所見を述べてほしい。ルカの状態を一番よく、知っているのは君だ」
カイはじっとヴェルナーを見た。
(危険だ。でも)
ルカが小さな声で鳴いた。ソラと一緒に診療所の隅で遊んでいる。その姿が目に飛び込んできた。
(この子の未来を守るために)
カイは静かに顔を上げた。
「分かりました。行きます」
「ありがとう」
ヴェルナーは小さく頭を下げた。
「わたしも行きます!」
リナが手を挙げた。
「リナ」
「ルカの記録はわたしがつけてきました。わたしも証言できます」
リナの目はまっすぐだった。
「危ないぞ」
「でもルカを守りたいんです」
カイは少し考えてからうなずいた。
「分かった。一緒に行こう」
「はい!」
ガルドが低く、言った。
「俺も行く。護衛は必要だろう」
「ガルド殿……」
「グレイも連れて行く。心配するな」
ミレーヌがふんと鼻を鳴らした。
「わしは留守番だね。診療所は任せな」
「ミレーヌさん、お願いします」
「ふん。ちゃんと帰ってくるんだよ」
老婆はそっぽを向いた。けれど、その声は少し震えていた。
窓の外で朝日が村を明るく照らしていた。
期限まで、あと十日。
決戦の舞台は領都に、移ろうとしていた。




