ソラとルカ
ソラはルカのことが、気になって仕方がなかった。診療所の、暖炉の前の寝床。そこに見慣れない金色の生き物が、横たわっている。
ソラは遠くから、じっと見ていた。
近づいては離れる。
離れてはまた、近づく。
「ソラ、気になるの?」
リナがくすくす笑って、ソラを抱き上げた。
「あのね、この子はルカ。まだ体が弱いから、そっとしておいてあげてね」
ソラはリナの腕の中で首をかしげた。ぱたぱたと小さな翼を動かす。
「ちょっとだけ、会わせてあげようか」
カイがそう言った。
「大丈夫ですか?」
「うん。ソラは人の言うことがある程度分かる。それにルカの様子を見る、いい機会にもなる」
リナはソラをルカの寝床の、少し手前にそっと降ろした。ソラはおそるおそる一歩近づいた。
また、一歩。
ルカがゆっくりと目を開けた。金色の瞳がソラをじっと見る。
「…………」
二匹はしばらく、動かなかった。
先に動いたのはソラだった。ぴょんと跳ねて、ルカの寝床の縁に前脚をかけた。
そして小さな鼻をルカの鼻先に、そっと近づけた。ふんふんとにおいを嗅ぐ。ルカの体がびくりと固くなった。
「ルカ、大丈夫だよ。ソラは優しい子だから」
リナが小声で声をかける。ルカはじっとソラを見ていた。ソラはにこにこしたような顔で、尻尾をぱたぱたと振っている。
そしてルカの首のあたりに、自分の頬をすり寄せた。
「……」
ルカの目がわずかに見開かれた。その金色の瞳が不思議そうに、ソラを見つめる。ソラはさらにすり寄った。
ルカの体を温めるように、そっと寄り添った。ルカの固くなっていた体から、すうっと力が抜けた。
「……安心したんだ」
リナがそっとつぶやいた。ソラはルカのそばに、ちょこんと丸くなった。小さな青い体と、小さな金色の体が並んでいる。
カイはその光景を静かに見守っていた。
(いい子だな、ソラは)
ほんの少し前まで、処分される寸前だったこの子が、今別の子に寄り添っている。胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
* * *
それから、毎日、ソラはルカのそばに通った。日光浴の時は、ソラも一緒に庭でごろんと寝転がった。
ルカが虫に気を取られていると、ソラがそのそばで、虫を追いかけた。
「ルカ、見て! ソラが虫を捕まえようとして転んだ!」
トムがけらけら笑った。ルカはソラの様子をじっと見ていた。そして小さく鳴いた。
「ぷるる」
「あ、笑った……?」
リナが目を丸くした。
「笑ったのかな。そう聞こえたね」
ルカの目がほんの少し細くなっていた。それは確かに笑っているように見えた。
ある日の午後。
ルカが自分の力で、頭を持ち上げた。そして前脚をぐっと伸ばした。まだ体を起こすことはできない。でも確かに動こうとしていた。
「ルカ、頑張れ!」
ソラがそばで、うきうきと跳ねた。ルカは必死に前脚を動かした。薄い翼がぱたぱたと動く。けれど、体はほとんど、動かなかった。
「焦らなくていいよ、ルカ」
カイがそっと声をかける。
「自分のペースで、いい」
ルカは動きを止めて、金色の瞳でカイを見た。そしてふうと息を吐いて、体の力を抜いた。
昼下がり、ヴェルナーが様子を見に来た。
黒い外套のまま、診療所の入口に立つ。そして庭で、ソラとルカが並んで日向ぼっこしているのを無言で見つめていた。
「仲がいいのだな」
「はい。ソラがルカの心を開いてくれたんです」
「魔獣同士が、寄り添う。報告書に書いても信じてもらえそうにない」
ヴェルナーはわずかに口元を緩めた。
「領都の担当官が、来る日が決まった」
「いつですか」
「あと数日だ。名はイゼルダ。規則に厳しい女だ。だが、竜に対する敬意は人一倍ある」
「厳しい人、ですか」
「ああ。だが、理不尽ではない。きちんと話せば聞いてくれる」
ヴェルナーはルカを見つめたまま低く言った。
「この子が、日に日に、回復しているのは見れば分かる。それをありのままに、見せてやってくれ」
「はい」
カイはまっすぐ、うなずいた。ヴェルナーの肩から、ほんの少し力が抜けたように見えた。
* * *
その夜のことだった。診療所の灯りを消した後、カイはルカの寝床のそばに座っていた。ソラはルカの隣で眠っている。
リナはすでに家に帰っていた。カイは首の聴診器を手に取った。銀色の円盤が、暖炉の火を鈍く映している。
ルカがふと目を開けた。
金色の瞳がカイを見つめる。そしてその視線が、聴診器に移った。
「やっぱり、気になるんだね」
カイは小さく笑った。
「これはね、体の音を聞くための道具なんだ。君の心臓の音もこれで聞いたんだよ」
ルカはじっと聴診器を見つめていた。そしてゆっくりと首を伸ばした。
「ルカ?」
小さな鼻先が、聴診器の銀色の円盤にそっと触れた。
その瞬間。
聴診器がほんのりと光った。
「……え」
淡い金色の光が円盤の中心から、波紋のように広がった。それはほんの一瞬だった。まばたきする間に、光は消えていた。
ルカは鼻先を聴診器に当てたまま動かない。カイも動けなかった。
(今の、は……)
心臓が、早鐘のように打っていた。聴診器にそっと触れる。冷たい金属の感触。何も変わらない。
「……ルカ。今、何を」
ルカは金色の瞳を静かにカイに向けた。そこには怯えも警戒もなかった。ただ何かを知っているような深い色があった。
カイは言葉を失っていた。
(この聴診器は一体、何なんだ)
転生した日から、ずっと首に下がっていたこの道具。
(……僕がここに来た理由と関係があるのか)
ルカは静かに目を閉じた。穏やかな寝息が聞こえ始める。カイは聴診器をじっと握りしめた。
暖炉の火が、ぱちりと小さくはぜた。




