↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/78

骨が語ること

翌朝。


小さな竜は眠ったままだった。けれど、昨夜より、呼吸は深い。体に触れると、冷たさが少し和らいでいた。


「よし」


カイはそっと息を吐いた。


「カイさん、おはようございます」


リナが毛布を引きずって起きてきた。目をこすりながら、寝床を覗き込む。


「あ、目、開けてた?」


「うん。夜明けに、少しだけ。それから、また眠ったよ」


「よかった……」


リナはほっとした顔で笑った。


「ところで、リナ。昨日の診察で、気づいたことを言ってみて」


「えっと……体が冷たくて、顎が柔らかくて、脚が曲がってて、鱗が剥がれてて」


「うん。それを全部つなげて考えてみよう」


カイは板に炭で書き出した。


低体温。

顎の軟化。

脚の変形。

鱗の艶がない。

食欲不振。

暗い場所に閉じ込められていた。


「これは病気の名前でいうと何だと思う?」


リナは板をじっと見つめた。


「分かりません。でも骨が、弱くなってる気がします」


「そう。それが、一番の手がかりだ」


「竜のような、鱗のある生き物は日光を浴びることで、体の中で、骨を作る力をつくっているんだ」


カイはリナに説明した。


「日光を浴びないと、骨を作る力が足りなくなる。そこに食べ物の中のカルシウムも足りないと、骨が、柔らかくなってしまう」


「それで、顎や脚が……」


「うん。暗い木箱の中で、長い間、日光も浴びず、まともな餌も食べられなかった。その結果、骨が育たなかったんだと思う」


リナは唇を噛んだ。


「ひどい……」


「だから、治療はシンプルだ」


カイは指を折った。


「一つ、体を温める。二つ、日光を浴びさせる。三つ、カルシウムを補う。四つ、水と食べ物を少しずつ与える」


「それだけで、治るんですか」


「完全に、とは言えない。でも幻獣の竜は日光から、魔力と骨の素を作る力が、とても強いと言われている。条件が整えば、回復が早いかもしれない」


「かもしれない、ですか」


「うん。僕も竜を診るのは初めてだ」


カイは正直に言った。


「だから、様子を見ながら慎重に進める」


最初に日光浴を試した。診療所の庭の、日当たりのいい一角。地面に布を敷いて、小さな竜をそっと寝かせる。


「持ち上げる時は胴体全体を両手で支えて。脚や顎には触らない」


「はい」


リナが緊張した顔で、竜の体の下に手を差し入れた。


「骨が弱いから、ちょっと力を入れただけで、折れてしまう可能性がある。慎重に」


「は、はい……」


ゆっくりそっと。

リナの手が小さく震えながら、竜を持ち上げて、布の上に降ろした。


「できた」


「上手だよ」


朝の日差しが、竜の淡い金色の鱗に降り注いだ。その時、不思議なことが起きた。鱗が日光を受けて、ほんのりと輝きはじめたのだ。


「……光ってる?」


「うん。きっと日光を取り込んでるんだ」


竜の体の表面をうっすらと金色の光が走っていく。冷たかった鱗がじんわりと温まっていくのが手に伝わった。


「すごい……」


リナが息をのんだ。


「これが、幻獣の力なんだね」


「うん。でも焦っちゃいけない。最初は十分くらいから。体が慣れてから、少しずつ時間を増やす」


「はい」


十分後、布ごと日陰に移す。竜は目を閉じたまま、小さく息をしていた。


* * *


「カルシウムの補給はどうするんだい」


昼過ぎ、ミレーヌが診療所に顔を出した。


「卵の殻を細かく砕いて、粉にしたものを使おうと思っています。それから、貝殻の粉も」


「貝殻なら、昔から家にたくさんあるよ」


ミレーヌは棚から、小さな壺を取り出した。


「これをすり潰した粉だ。腹の薬や骨を丈夫にする薬に、昔から使われてる」


「見せてもらってもいいですか」


「ああ」


壺の中の粉を指先でつまむ。白くてさらさらとして無臭だった。


(安全そうだ)


でもカイはすぐには頷かなかった。


「ミレーヌさん。これは他の魔獣に、使ったことがありますか」


「あるよ。ウサギ型にも牛にも」


「副作用は?」


「多く与えすぎると、お腹がかたくなる。それくらいだね」


「分かりました。少量を餌に混ぜて様子を見ます」


「慎重だねえ」


ミレーヌは笑った。


「でもそれでいい。竜は人間みたいに気軽に、薬を使えるもんじゃない」


「はい」


カイは壺の中の粉をほんの少量小皿に取った。


(最初は耳かき一杯のさらに半分)


水に溶かして、スポイトのような細い管で、竜の口の端に一滴垂らした。竜はぴくりと舌を動かした。


「飲んだ」


「うん。反応を見よう」


一時間後、体調に変化はなかった。その後も数時間おきに、少しずつ増やしていった。


午後、ガルドが薪の束を担いで、診療所にやって来た。


「裏の林で、よく乾いた薪を切ってきた。夜通し暖炉を焚くなら、これで足りるか」


「ありがとうございます。助かります」


「竜は冷えに、弱いと聞いたからな」


ガルドはグレイをちらりと見た。


「こいつも昔、冷たい雨の中で傷を負って死にかけた。その時のことを思い出した」


「ガルドさん」


「俺にできることは、荷を運ぶことくらいだ。遠慮なく、言ってくれ」


不器用な声だった。

でもその大きな手が、薪を暖炉の脇に驚くほど丁寧に積み直していくのを、カイは静かに見ていた。


* * *


夜、ひとりきりの診療所でカイは竜の呼吸を数えながら、前世の記憶をたどっていた。


(爬虫類の骨の病気。あの頃は症例がたまにあった)


暗いケージ。日光不足。偏った餌。飼い主の、悲しそうな顔。

骨が、ぐにゃりと曲がってしまった体を抱いて来院した人が何人もいた。


(間に合わなかった子もいた)


だから、今は一つ一つの手順を丁寧に踏みたかった。急がず、でも止まらずに。


「焦らない。焦らない」


自分にそう言い聞かせた。暖炉の火が、穏やかに揺れていた。竜の小さな胸が規則正しく上下している。


その寝顔を見ていると、不思議と疲れが少しだけ和らいだ。


* * *


三日が過ぎた。


朝の診察で、カイは竜の顎にそっと触れた。


「あれ」


「どうしたんですか、カイさん」


「顎が、少し締まってきてる」


昨日までは指を押すと、たわんでいた骨が、わずかに硬さを取り戻していた。


「本当ですか」


「うん。ほんの少しだけど」


リナがそっと同じ場所に触れた。


「あ、本当だ。昨日より、しっかりしてる」


二人は顔を見合わせて笑った。その時、竜がゆっくりと目を開けた。金色の瞳がカイとリナを順番に見た。

昨日までのような、怯えた色は薄れていた。


「おはよう。調子はどうだい」


カイが小さな声で話しかける。竜はまばたきを一つした。そしてほんのわずかに首を傾けた。


「……聞いてくれてる」


リナが嬉しそうにつぶやいた。


「この子、きっと頭がいいね」


「うん。しっかり見てくれてる」


カイは竜の体を慎重に診ていく。脚はまだわずかに曲がっている。鱗も剥がれた部分はそのままだ。でも体温は安定していた。

呼吸も規則的だ。


(最初の山は越えた)


胸の奥がすっと軽くなった。


「名前をつけてあげなきゃね」


リナが竜の背中をそっと撫でながら言った。


「いつまでも『竜』じゃ、かわいそうだよ」


「そうだね。何か、いい名前はあるかな」


リナはしばらく、考え込んだ。


「……ルカ、っていうのはどうですか」


「ルカ」


「はい。小さな、光っていう意味で。……わたしの、亡くなったお祖母ちゃんが、よく言ってた言葉なんです。暗いところにいても、いつか小さな光が道を照らしてくれる、って」


カイはその言葉を噛みしめた。


(暗い木箱の中から、光の下へ)


「いい名前だね」


竜は金色の瞳で、リナをじっと見つめた。


「ルカ。……どう?」


小さな竜はゆっくりとまばたきをした。それが返事のように思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。