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異世界で獣医を開業しました ~魔獣は処分するものだと言われても、治せるなら治します~  作者: おはぎだんご


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ここが、診療所

カン、カン、カン。


朝から槌の音が響いていた。診療所の周りに村の男たちが集まって、木材を運んでいる。

裏の納屋に新しい壁と屋根が、継ぎ足されていた。


「そこ、もう少し右だ!」


「おい、釘が足りねえぞ!」


「これは」


カイは診療所の前で、目を丸くしていた。


「あ、カイ先生! おはようございます!」


トムが大きな荷物を抱えて駆けてきた。


「みんなで、診療所を大きくしてるんだ!」


「誰が頼んだの?」


「誰も! でもみんな、やりたいって!」


ハンスが梯子の上から手を振った。


「先生は休んでてくれ! これは俺たちからの礼だ!」


「礼って」


「納屋は入院棟にする。玄関も広くする。患者が増えてもちゃんと診られるようにな」


見れば女衆が、お茶と菓子を用意している。子供たちが木くずを拾って、走り回っている。


あの日、遠巻きに診療所を見ていた村人たちが今はここにいた。胸の奥が、じわりと温かくなった。


「ありがとうございます。……本当に」


「礼を言うのはこっちだ」


背後から低い声が、した。


ドルンだった。

両腕に、大きな鉄の板を抱えている。


「これを掛けろ」


板の表面に丁寧に彫られた文字が並んでいた。


『アルム魔獣診療所』


「看板」


「ずっと無いと、不便だった」


ドルンはそっぽを向いた。

耳がまた、赤い。


「ありがとう、ドルンさん」


「礼はいらん」


それだけ言って、のしのしと去っていった。その背中を見つめながらリナが笑った。


「ドルンさん、昨日の夜遅くまで彫ってたんですよ」


「そうなんだ」


「あとハンスさんの牛、あの子牛に、名前がついたそうですよ」


「へえ。なんて?」


「ホープ、です」


「希望、か。いい名前だね」


カイは空を見上げた。青く、澄んだ空だった。


* * *


昼下がり。


診療所の中で、カイはリナを呼んだ。


「リナ。ちょっといいかな」


「はい?」


作業台の前に、向かい合って座る。


「伝えたいことがある」


「は、はい」


リナは緊張して、背筋を伸ばした。


「リナを助手じゃなくて、弟子として迎えたい」


「え?」


「最初はお手伝いだった。でもこの二か月の間に、リナは観察して、考えて自分で動いた。地図のことも、納屋の記録も、リナがいなかったら、原因にはたどり着けなかった」


「そんな……」


「だから、これからは獣医として、一緒に学んでほしい。厳しいこともあるけど、僕が知ってることは全部教える」


リナの目がみるみる潤んだ。


「……わたしで、いいんですか」


「リナがいい」


リナは両手で口を押さえた。


「はい。お願い、します」


ぽろぽろ、涙がこぼれた。


「ありがとうございます……!」


その時、扉がぎい、と開いた。


ドルンだった。

また、何かを抱えている。


「……これを」


作業台の上にそっと置いた。木と革で作られた、細長い道具だった。

片方の端に丸い木の円盤。もう一方に二股に分かれた、柔らかな革の管。


「これは……」


「聴診器、というらしいな。お前の首のやつを見て作ってみた」


ドルンはそっぽを向いたまま言った。


「木の筒に、革を巻いた。音がどれだけ聞こえるか分からんが」


「ドルンさん」


リナが震える手で、それを受け取った。


首にかける。

円盤を自分の胸に当ててみた。


「……聞こえる」


リナの目が大きく見開かれた。


「聞こえます! わたしの、心臓の音……!」


「それが全ての、始まりだよ」


カイは静かに言った。


「体の音を聞くこと。まずはそこからだ」


「はい、先生!」


リナの声が診療所いっぱいに響いた。


夕方。


診療所の外で、ソラがそわそわしていた。


「ソラ、どうしたの?」


リナがソラを抱き上げる。その背中の小さな翼が、ぱたぱたと動いている。


「飛びたい、のかな」


「いいんじゃないかな。もう、脚は完全に治ってる」


カイが言うと、リナはそっとソラを肩に乗せた。


「いいよ、ソラ。いっておいで」


ソラは一度、リナを見た。そしてぱっと翼を広げた。風がふわりと巻き起こる。小さな体が空へ舞い上がった。


「……!」


村人たちが顔を上げた。ソラはくるりと一度回った。診療所の屋根の上をひらりと飛び越えた。


夕日の中で青い毛並みが、きらきらと輝いていた。


(あの日、処分される寸前だった子が)


カイは胸がいっぱいになった。


(今はあんなふうに空を飛んでる)


「ソラー!」


リナが笑いながら、手を振った。ソラが嬉しそうに鳴いた。その鳴き声を村中の人が、見上げて聞いていた。


* * *


その夜。


カイは一人、診療所の前に座っていた。首から、聴診器を外す。銀色の円盤が月の光を鈍く反射した。


(なんでお前だけ、一緒に来たんだろうな)


答えは分からなかった。これからも分からないかもしれない。


(でもいいか)


聴診器をそっと握りしめた。


(ここで、診るって決めたんだ。診てから、決める。それだけは変わらない)


静かな夜だった。


星が空いっぱいに瞬いていた。


* * *


数日後の朝。


遠くから馬車の音が聞こえてきた。


「あれ」


リナが顔を上げた。


「馬車、ですよね」


村の入口に、黒塗りの馬車が止まった。扉が開いて、見覚えのある黒い外套が降り立つ。


ヴェルナーだった。


兵を二人、従えている。


「早かったですね」


カイはゆっくりと立ち上がった。


「ヴェルナーさん」


「突然、すまない」


ヴェルナーの顔はいつもより、わずかに険しかった。その腕の中に布で大切そうに包まれた何かがあった。


「……診てほしいものがある」


「診てほしい、もの?」


ヴェルナーは無言で、布をそっとめくった。


中にいたのは。


淡い金色の鱗に覆われた、小さな生き物だった。猫ほどの大きさ。細い角。閉じたまぶたの下に、大きな目がある。


背中には薄く、透き通る、小さな翼。


「竜、ですか」


リナが息をのんだ。


「スカイドラゴンの幼体だ」


ヴェルナーが静かに言った。


「幻獣と、呼ばれている。この国ではほとんど確認されていない」


「幻獣……」


「領都で、保護された。だが、衰弱が激しい。誰も診られなかった」


ヴェルナーの声がわずかに震えた。


「規則では衰弱した幻獣は処分となる。……私はその処分に、立ち会わなければならなかった」


「……」


「だが」


ヴェルナーはまっすぐにカイを見た。


「君に診てほしい」


静寂が降りた。


風が診療所の看板をかすかに鳴らした。カイは小さな、金色の竜を見つめた。弱々しい呼吸。薄く、上下する胸。


「……診ましょう」


迷いはなかった。


「診てから、決めます」


診察台の上に、小さな竜をそっと降ろす。首から、聴診器を外した。銀色の円盤を竜の小さな胸にそっと当てる。


耳を澄ます。


とく。


とく、とく。


小さな鼓動が確かに聞こえた。


(……生きてる)


カイは顔を上げた。


窓の外にアルム村の青い空が広がっている。その下で診療所の看板が、静かに揺れていた。


『アルム魔獣診療所』


物語はまだ始まったばかりだった。


(第1章 完)


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第1章はここまでです。続きも読んでいただけたら嬉しいです。

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