証明
翌朝。
診療所の前には村中の人が集まっていた。村長が杖をついて立っている。
その隣にミレーヌ。ガルドとグレイ。ドルン。トムとハンス。リナが板の地図を壁に立てかけた。
ヴェルナーは少し離れた場所に、腕を組んで立っていた。後ろに鎧の兵が二人。
誰も口を開かない。
朝の空気が、ぴんと張りつめていた。
「では聞かせてもらおう」
低い声が響いた。
カイは深く息を吸って前に出た。手のひらが汗ばんでいる。でも足は震えていなかった。
「結論から言います。この病は感染症ではありません。原因は毒です」
ざわりと空気が揺れた。ヴェルナーの表情は動かない。
「根拠を順にお話しします」
「まず、解剖の結果です」
カイは小さな皿を掲げた。中に緑の細い繊維が入っている。
「亡くなったミストフォックスの胃の中から、見つかりました。これは眠り蔓という植物です。ミレーヌさんが、確認してくれました」
「確かだよ」
ミレーヌが腕を組んで言った。
「このわしが、保証する」
「感染症であれば、体のどこかに、膿や腫れなどの跡が残ります。今回はそれがありませんでした。代わりに、肝臓が傷んでいました」
「次に、これです」
リナが地図を示す。
「発症した魔獣が見つかった場所です。川沿いに集中していて、特に村より上流に多い」
「そして、納屋の記録です」
板に書かれた記録を見せた。
「川の水を与えずに、井戸水だけで管理すると、症状はそれ以上悪化しませんでした。感染症なら、隔離しても進行します。でも毒なら触れなくなれば止まります」
「最後に、これを見てください」
カイは納屋の方を指し示した。そこには三匹のリバーサラマンダーが、ふらふらと、でも自分の足で立っていた。
「木炭で毒を吸着させ、肝を守る薬草を使い、水分を補うことで回復しています。三頭はすでに、自力で立てる状態です」
村人たちがどよめいた。
「……治ってる」
「魔獣が治るのか」
ヴェルナーの目がわずかに動いた。
「質問をしよう」
ヴェルナーが前に進み出た。
「一つ。感染しない証拠はあるのか」
「はい。最初に診察した日、診療所には回復中のソラも同じ部屋にいました。それから、十日以上経ちますが、ソラは何ともありません」
ソラがリナの足元で尻尾を振った。
「納屋で世話をしたリナも僕も何ともありません。それから、回復した三頭は他の隔離中の魔獣と、同じ区画にいますが、他の子に病気がうつった様子はありません」
「ふむ。二つ目」
ヴェルナーは指を二本立てた。
「毒であれば、人にも危険が及ぶのではないか」
「その点は村長にお願いします」
カイが言うと、村長が杖をついて前に出た。
「村の井戸は川とは別の水脈から引いておる。先代の頃に、掘った記録も残っておる。それに、人間は川の水を飲まん。昔からな」
「記録は確認できるか」
「後ほど、お見せしよう」
ヴェルナーは小さくうなずいた。
「三つ目」
声がひときわ、低くなった。
「君たちの証言はすべて、身内の者のものだ。解剖も君自身が行った。客観性に欠ける」
「その通りです」
カイはまっすぐ、ヴェルナーを見た。
「だから、確かめていただきたいんです。あなた自身の目で」
「……」
「上流の湿地に、眠り蔓の大群生があります。枯れて、川に流れ込んでいる場所も確認しました。あなたの兵の方に、見ていただいてください」
静寂が降りた。
ヴェルナーはしばらく、カイを見つめていた。
誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
やがて後ろの兵に短く言った。
「聞こえたか。上流の湿地へ行き、確認してこい。枯れた蔓、川の水の色、周辺の動物の死骸。見たまま、報告しろ」
「はっ」
二人の兵が走り去った。
* * *
待つ時間は長かった。村人たちは診療所の前で、ひそひそと話している。
「本当に毒なのかね」
「でもソラちゃんも無事だったんだろう」
「あの管理官、あんなに怖い顔して……」
ガルドはグレイの頭を黙って撫でていた。リナがそっとカイの袖を握った。
「大丈夫、ですよね」
「うん。確かめてもらえれば分かる」
カイの手は少し汗ばんでいた。ヴェルナーは動かなかった。腕を組んだまま、じっと遠くの空を見ている。
(この人も待っているんだ)
不意にそう思った。
太陽が高く昇った頃。
遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
兵が戻ってきた。
泥だらけの足で、ヴェルナーの前に膝をつく。
「ご報告します」
「聞こう」
「湿地に、緑の蔓の大群生がありました。その半数ほどが枯れて、茶色く変色しています。枯れた蔓が、川に流れ込み、水が薄緑に染まっていました」
「続けろ」
「川縁に小動物の死骸を多数確認しました。リス型、鳥型、カエル型。外傷はありませんでした」
ヴェルナーは目を閉じた。
しばらく、何も言わなかった。
風が止まったようだった。
やがてゆっくりと目を開けた。
「分かった」
ヴェルナーは振り返った。村人たちの前に静かに立つ。
「魔獣管理令は魔獣の疫病を想定した規則だ。病が群れに広がり、人の暮らしを脅かすことを防ぐためのものだ」
「……」
「今回の件は感染症ではなく、環境による中毒と判断する」
「では……」
「中毒は管理令の想定する範囲の外だ。よって、隔離中の魔獣の処分は行わない」
一拍おいて、爆発するように歓声が上がった。
「やった!」
「先生が勝ったぞ!」
リナがカイの袖をぎゅっと握りしめた。
「カイさん……!」
「ありがとうございます」
カイは深く頭を下げた。ガルドが豪快に、カイの背中を叩いた。
「やったな、カイ殿!」
「痛いです、ガルドさん」
笑い声が広がった。
「ただし」
ヴェルナーの声が歓声を静かに切った。
「条件がある。回復を確認するまで、私はこの村に留まる。そして、診療所の活動を引き続き見届ける」
「はい。構いません」
「あともう一つ」
ヴェルナーはわずかに目を細めた。
「君の言う通り、規則はすべてを想定してはいない。だが、規則がなければ守れなかったものもある」
「それを忘れるな」
そう言い残して背を向けた。
その背中に、先ほどまでの冷たさはなかった。
ただ重たい何かを背負っているように見えた。
「……まだ終わりではない」
小さな声が風に溶けた。
カイはその背中を静かに見送った。




