王前審問
王宮の大広間は石でできた森のようだった。
高い天井を太い柱が支えている。壁には深い赤の幕が垂れ、その間を金の燭台が照らしていた。足音が石の床に吸い込まれていく。
傍聴席はすでに人で埋まっていた。
貴族の衣装。商人の上着。局の灰色の外套。その後ろの列に借り物の礼服の肩をすぼめたガルドが座っていた。足元にグレイ。首に証人札。
(来てくれた)
カイは列の中にその姿を見つけて、小さくうなずいた。
正面の壇には長い卓が二列に並んでいた。評議会の十二名。その中央に白い髭の老人が座っている。審問長のマルクスだった。
そして、そのさらに上。一段高い壇に一脚の椅子があった。
「ユリウス王、ご入場」
低い声が響いた。広間の全員が立ち上がった。
現れたのは若い男だった。
三十ほどに見えた。痩せていて、肌が白い。濃い赤の長衣に飾り気のない銀の冠。表情は静かだった。目の下にうっすらと疲れが滲んでいる。
王は椅子に座ると、傍らの小卓に分厚い書類の束を置いた。それから、全員を見渡して、短く言った。
「座りなさい」
全員が腰を下ろした。
マルクスが立ち上がった。
「これより、王前審問を開く。審問長はマルクス。本件は王立幻獣院院長アルブレヒト公に対する、魔獣管理局の申立て。並びに院からの、三つの罪状に係る審問である」
張りのある声だった。ルカがカイの肩でぴくりと身を縮めた。
「院長閣下、ご入場を」
広間の右側の扉が開いた。
白い外套の護衛隊長ベルンハルトが先に入った。その後ろから、背の高い老人がゆっくりと歩いてきた。
白い長衣。白い手袋。背筋をまっすぐに伸ばして。
アルブレヒトは壇の前で立ち止まり、王に深く一礼した。
「院長」
王が静かに言った。
「体の具合はいかがですか」
「恐れ入ります、陛下。老いなりに」
「無理をしないように」
「ありがとうございます」
意外なやり取りだった。傍聴席から、小さなざわめきが起きた。王と院長のあいだに敵意はなかった。むしろ、長い付き合いの気配があった。
(この人は)
カイは膝の上で手を握った。
(この国にずっといた人なんだ)
院長が席に着いた。その脇に背の高い男が立った。四十前後。薄い唇。黒い長衣の胸に白い竜の紋章。院の法務官、ガイスラーだった。
「罪状を読み上げる」
マルクスが書状を開いた。
「一、査察官エルンスト・ハイゼ。院長の命令に背き、現地執行を停止した。院の内規に基づく、命令違反の疑い」
ハイゼが立ち上がった。紺の外套。肩にライヒ。
「二、獣医カイ。院の許可を得ずに幻獣の診察を行った。幻獣保護法、第九条違反の疑い」
カイも立ち上がった。
「三、同じくカイ。院長の押収命令に従わず、聴診器および手記の引き渡しを拒んだ。命令への、不服従」
広間がしんと静まった。
「両名に問う。罪状を認めるか」
ハイゼが最初に口を開いた。
「認めません。ただし、事実は認めます」
声は澄んでいた。
「私は内規第四十七条に基づき、執行を停止しました。それは、違反ではなく、規則の適用です。この点は条文と当日の記録をもって、お示しします」
「結構」
マルクスがうなずいた。
「獣医カイ」
「はい」
カイは一歩、前に出た。
「診察は行いました。許可は得ていません」
ざわめきが起きた。ガイスラーの口元がわずかに動いた。
「ただし」
カイは続けた。
「診察を止めなかった理由をお話しさせてください。僕はこの三十頭の幻獣を一頭ずつ、診ました。その記録がここにあります」
カイは局の書記が運び入れた木箱を示した。蓋が開かれ、中に紙の綴りが何十枚も並んでいる。
「原本は板に炭で書いたものです。ここにあるのは局の書記が写した、写しです」
「閲覧を許す」
王が初めて口を開いた。
「持ってきなさい。余が読む」
広間がどよめいた。
ユリウス王が直々に書類を。書記が慌てて、箱を王の足元へ運んだ。王は一枚目を手に取って、静かに目を落とした。
「……ユエ、とある。月光鹿。メス」
声に出して、読み始めた。
「『脈、百二十。呼吸、速い。心臓に雑音。聴診器による。移送時の揺れにより、心臓に負担がかかる恐れが強い。移送、不可』」
王は顔を上げた。
「これはあなたが聴いたのか」
「はい」
「聴診器で」
「はい。胸に当てて、心臓の音を聴きました」
「それは、院にある宝物と同じものか」
広間が凍りついた。ガイスラーがはっと顔を上げる。
カイは少しだけ息を吸った。
「分かりません。ただ」
胸の聴診器を外した。両手で掲げる。
「これは僕の手で使われてきた道具です。三十頭の幻獣の胸に当てて、聴いてきました。それが記録に残っています」
「なるほど」
王はそれ以上は問わなかった。もう一枚、手に取る。
「次。風羽鳥。オス。名は」
「陛下」
ガイスラーが一歩、前に出た。
「異議を申し立てます」
「聞こう」
「この記録は素人の見習いの手による、とあります」
ガイスラーの声は冷たく澄んでいた。
「診察を行ったのは獣医だけではない。見習いの少女が独自の判断で診断を下した記録が含まれています。このような記録を証拠として採用するのはいかがなものか」
広間の視線が一斉にカイの隣へ向いた。
リナが小さく、息を止めた。
「リナ殿を証人として、お呼びください」
ガイスラーは薄く笑った。
「その少女がどのような根拠で診断を下したのか。ここで、お聞かせ願いたい」
マルクスがリナを見た。
「リナ殿。前へ」
リナはゆっくりと立ち上がった。手が小さく震えていた。それでも、板を胸に抱いて、一歩、前に出た。
カイはその背中を見ていた。
(大丈夫)
心の中でそっと言った。
(君は呼べる子だ)




