9.バグの強制終了
「お前が我が家に残した汚点は、万死に値する」
書斎の重い空気の中、アレクはデスクから冷酷な視線をアンナに投げかけました。
アンナは安物の毛皮を着たまま床に膝をつき、ガタガタと震えながら、必死に言い訳を探しています。
「ア、アレク……私は、私は病気だったのよ!あの男に騙されて、頭がおかしくなっていたの!私は悪くないわ!
許してくれるでしょう?私たち、小さい頃から仲良しで長い付き合いだし、夫としての愛は無くても私のことは大切に思っているはずだわ…それに私の実家との付き合いもあるでしょう?ほら、持参金の追加とか…何か理由をつけて実家からお金を融通してもらうわ…それと…セルジオよ!あの子は私を一番に愛しているから、私と一緒に暮らせれば嬉しがるわ!社交界のみんなだって、また私に会いたがるはずよ!
…だから、お願い、昔みたいに……」
「黙れ。君の実家との兼ね合いがなければ、今すぐその首を撥ねているところだ。
君を放逐すれば、余計な噂が立つ。よって、君は本日より、邸の最奥にある離れの部屋で終身、療養してもらう」
「な、軟禁……!?嫌よ、そんな鳥籠の中なんて嫌!私は社交界に戻るのよ!
私は世界一愛されるアンナ・ヴァレンティ公爵夫人なのよ!」
アンナが狂ったように叫んだその時。
部屋の扉が静かに開き、当時九歳になったセルジオ様が入ってきました。
「セルジオ……!ああ、セルジオ!
お母様よ!助けてちょうだい!」
アンナは這いつくばるようにして、息子の足元にすがりつきました。安物の毛皮の裾が床を擦ります。
しかし、セルジオ様は衣服が汚れるのを酷く嫌うかのように、一歩後ろに引き、その琥珀色の瞳で実の母親を冷たく見下ろしました。
「父上、母上の部屋の準備は整っています。侍女たちに、すぐに連れて行かせましょう」
「セ、セルジオ……?あなた、お母様よ……?こっちにいらっしゃい、私を抱きしめてちょうだい……?」
「お母様。ヴァレンティ公爵家に、そのような醜態を晒す夫人は必要ありません。部屋で大人しく、静養していてください」
その声には、怒りも、悲しみも、何の感情もありませんでした。
ただ、粗大ゴミを処理するかのような、絶対的な冷徹さ。
「あ……あぁ……」
アンナは絶望に顔を歪ませ、駆けつけた護衛たちに引きずられるようにして連れて行かれました。
残された不義の赤ん坊――アニーが、床に置かれた柳の編みカゴの中で泣いていました。
私はその赤ん坊を抱き上げ、アレクとセルジオ様を見つめました。
「アレク、セルジオ様。この子は、私が責任を持って育てますわ。
アンナのような『欠陥品』ではなく、ヴァレンティの名に恥じぬ「完璧なお人形」としてね」
「ああ、頼むよ、キティ。
甚だ不本意だが、離婚が成立していない以上、その子はヴァレンティ公爵家の娘だ。あれのような欠陥品にならないよう、気をつけて教育してやってくれ。
……はぁ、これでようやく、邪魔な不純物が片付いたな」
アレクは満足げに私の腰を抱き寄せ、セルジオ様はただ静かに、教科書どおりの完璧な一礼をしてみせました。
こうして、哀れな道化は、毛皮で包んだプライドごと、美しく飾られた鳥籠の中へと押し込められたのです。




