10.調教された小さなレプリカ
アンナを最奥の離れへ閉じ込めてから、数年の歳月が流れました。
私とアレクは正式に婚姻を結び、私は名実ともにヴァレンティ公爵夫人となりました。
社交界は私を熱狂的に受け入れ、前夫人の存在など、最初から歴史になかったかのように綺麗に塗り潰されていました。
「アニー、背筋を伸ばしなさい。
ヴァレンティの娘が、そのようなはしたない姿勢で紅茶を口にしてはなりませんわ」
「背筋が曲がっていますわ。 椅子の背もたれは飾りのためにあるのではありませんよ」
「物差しを背中に当てられている間だけでも、その姿勢を維持できないのですか。なんてみっともないこと」
「何度言えば理解できるのです?指先が震えている。上体が逃げている。そんな無様な手つきで、公爵家の令嬢を名乗るおつもりですか? 」
「姿勢が崩れています。ほら、頭の上の本を落とすなど、公爵家の令嬢として恥を知りなさい!」
「形だけなぞればワルツになるとお思いですか? 体幹がブレて、ドレスの裾に足が引っかかっていますよ! そんな無様なステップで人前に出るつもりですか?」
「次は刺繍です。……まあ、なんという不器用な手つき。針目の間隔がバラバラではありませんか。これではまるで平民のツギハギです」
「……次の語学の講義までに、そのバラの刺繍を完璧に仕上げておくことです。一針でも歪んでいたら、全て解かせますからね」
「……はい、キティお母様。ごめんなさい」
アンナから引き離したこの子を、私は徹底的に仕込んでいます。
感情を殺し、言われた通りに動く、最高に美しい「貴婦人の人形」として。
レックスから引き継いだ金髪と青黄玉を嵌め込んだような瞳、アンナから引き継いだ陶器のように真っ白な肌の美しいアニー。
あなたはアンナのように醜いわがままを言っては駄目よ。どうぞ、どうぞヴァレンティ公爵家にふさわしい完璧な令嬢に育ってちょうだいね……。
「キティ、少し良いか」
執務室から戻ってきたアレクが、少し疲れた様子で眉間を押さえました。
「また、あの狂人が騒いだの?」
「ああ。先ほども、セルジオの執務室の前に現れたらしい」
「でも、セルジオは上手く対応できたのでしょう?」
私は小さくため息をつき、仮面のような笑みを浮かべました。
アンナは、時折見張りの隙を突いて部屋を脱走するようになっていました。
私も始めて遭遇した時には、驚きのあまり悲鳴をあげそうになりましたが、
化粧もされない蒼白な顔で、手入れされず艶を失った赤毛を振り乱して邸内をフラフラと歩く姿は、愛しい人を探して荒野を彷徨い歩く狂気のフアナ女王のよう。
まるで公爵邸に憑く呪われた亡霊のようでした。
フアナは実在のスペイン女王です。最愛の夫を亡くし、その棺とともに国中の荒野をさまよい歩いたそうです。怖っ…




