11.亡霊への特効薬
「セルジオ!私のかわいいセルジオ!
お母様よ、お母様が会いに来てあげたわ!」
廊下の向こうから、聞き苦しい金切り声が響いてきました。
私とアレクが駆けつけると、そこには十七歳になり、父親にそっくりの冷酷な美貌を持つ青年に育ったセルジオ様の姿がありました。
そしてその足元には、なりふり構わず彼に縋り付くアンナがいます。
「お母様、廊下で大声を出すのはお控えください。公爵家の品位に関わります」
セルジオ様は、実の母親の狂態に際しても、眉一つ動かしません。
普通なら、怒り狂うか、あるいは哀れんで涙を流す場面でしょう。
けれど、セルジオ様は違いました。
彼は突き放すこともしない。
ただ、冷徹な理性で、母親をうまくあしらうのです。
「セルジオ! 寂しかったでしょう?
今日こそ、お母様と一緒に昔みたいにお部屋でお話しましょう。
あの冷たいお父様の言うことなんて聞かなくていいのよ!」
「これは母上。
今日もまたお元気そうで何よりです。
あなたが私のことを気にかけてくださる。
それだけで、このセルジオ、公爵家の嫡男としてこれ以上の名誉はありません」
セルジオはアンナの汚れた手を優しく、しかし確実に引き剥がしながら、完璧な貴族の微笑みを浮かべた。
「今日のドレスも素敵ですね、お母様。お肌の色艶もよろしい。ですが、お医者様が部屋で待っています。
さあ、侍女たちと一緒に戻りましょう。後で、お母様の大好きな最高級の紅茶を届けさせますから」
「まあ……! 私のドレスが美しいって?
私のことが名誉ですって?
嬉しいわ、かわいい私のセルジオ。では部屋に戻る前に私を抱きしめてちょうだい」
「そうしたいのはやまやまですが、母上のそのお美しいドレスを、私の軍服の埃で汚してしまうわけにはいきません。
どうか愛しいお母様、ご理解ください」
セルジオ様が滑らかな手つきでアンナの手を取り、優しく微笑んで見せました。
その微笑みには、一片の温かみも、人間的な感情もこもっていません。
所謂「狂人を大人しくさせるためのマニュアル対応」です。
しかし、承認欲求の塊であり、脳まで狂気に侵されているアンナには、それが最高の特効薬でした。
「まあ……!なんて優しい子なんでしょう、私のかわいいセルジオ!
私はまだ美しくて、あなたに愛されているのね!」
「ええ、もちろんです、お母様。
ですから、良い子にして部屋へ戻ってください」
「ええ、ええ!戻るわ!…ふふ、セルジオは私を愛しているわ!」
アンナは、その|機械的で冷ややかなあしらいを「愛」だと見事に誤認し、満足げに笑いながら、大人しく侍女たちに連れられて部屋へと戻っていきました。




