8.毛皮で包んだプライド
それから数ヶ月後。
またまた私たちの予想どおり、アンナはレックスに完全に置き去りにされました。
行くあても、自分をチヤホヤしてくれる観客も失った彼女が、最後に縋り付いたのは……
あんなに拒絶され、アンナ自ら捨てたはずの、息子セルジオ様の幻影だったのです。
ある雨の夕暮れ。
ヴァレンティ公爵邸の裏門に、一台の辻馬車が止まりました。
馬車から降りてきたのは――見るも無惨に心が壊れかけた、しかし、必死に公爵夫人としての虚勢を張ったアンナでした。
明らかに手入れされておらず艶のない赤毛は適当に整えられ、かつて「冬の朝の薔薇」と自慢していたエメラルドグリーンのドレスの上から、なけなしの金で買ったであろう安物の毛皮のコートを深く羽織って。場末の娼婦のようなけばけばしい香水の匂いを纏い、かつては輝いていたエメラルドの瞳はドロンと淀み、陶器のようだった白い肌は血色が悪く黒ずみ、目の下に化粧でも隠しきれないほどの隈がありました。
あくまで貴族の姿を保とうとするそのプライドが、逆に彼女の痛々しさをこれ以上ないほど際立たせていました。
「……あら。お出迎えご苦労さま、キティお姉さま。
旅先で少し体調を崩してしまって、アレクとセルジオに会いに戻ったの。
通して頂戴。久しぶりにキティお姉さまにお茶を淹れてほしいわ」
彼女の腕には、絹の毛布に包まれた、生まれたばかりの赤ん坊が抱かれていました。
「アンナ様。そんな格好で、しかも不貞の赤ん坊まで連れて、よくも抜け抜けとこのヴァレンティ公爵家の門を叩けましたわね」
私が傘を差し、その哀れな姿を冷ややかな目で見下ろすと、アンナの仮面がピキリとひび割れました。
「な、何よその言い方、キティお姉さまのくせに!私はヴァレンティ公爵夫人よ!ちょっと旅に出ていただけだわ!
ねえ、セルジオは!?私のかわいいセルジオに会わせて!あの子なら、お母様を優しく迎えてくれるわ!セルジオを呼んできてちょうだい!
…あぁもう、あなたじゃお話にならないわ、キティお姉さま。アレクを呼んできてちょうだい!
セルジオ!お母様が帰ってきたわよ!どこにいるの、セルジオ!かわいいお顔を見せてちょうだい!」
必死に声を張り上げるアンナ。
安物の毛皮で身を包んでいるからこそ、その内側の崩壊っぷりが、私たちにとっては極上のエンターテインメントでしかありませんでした。




