7.観客のいない舞台
アンナが消えたヴァレンティ公爵邸は、信じられないほど静かで、合理的で、そして美しかった。
「キティ様、夜会の招待状ですが、こちらでよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとう。宛名のチェックは私がしておくわ。アレクの仕事の邪魔にならないようにね」
私は主寝室の大きな机で、公爵夫人としての執務を粛々とこなしていました。
社交界の人間は本当に現金で、そして聡明です。
スキャンダルを起こして長期療養になった前夫人のことなど、誰も口にしません。
それどころか、かつて正当な婚約者であった私を、まるで最初からそうであったかのように熱烈に歓迎し始めていました。
夜、執務を終えたアレクが部屋に戻り、私の肩に手を置きました。
「実に見事な仕切りだ、キティ。
社交界の重鎮たちも、君の気品と手際の良さを絶賛していたよ。
どこかの、ただ着飾るしか能のなかった赤毛の置物とは大違いだ」
「ふふ、嬉しいわ。アレク。
でも、その置物の様子はどうかしら?まだ若い男と楽しい夢の途中?」
アレクは侮蔑を込めた鼻笑いを漏らし、密偵からの報告書を放り出しました。
「夢はとっくに覚めたよ。
地方の高級ホテルのスイートルームに引きこもり、手持ちの宝石を切り崩すだけの退屈な日々さ。我々貴族のルールを破った醜聞まみれの女を出入りさせる社交の場など、田舎であっても皆無だ。社交界から締め出されれば、外出も一切できず、頼れるのはレックスただ一人。
ところがレックスは仕事と称して、夜な夜な地元のサロンで別の女を漁っている。しかもアンナの持ち込んだ金でだ。
実家と悪友たちですら、レックスを見限り、彼に群がる女も、頭が軽い低位貴族か金欲しさの平民。安酒場で、ただの遊びのはずだった、あの女のせいで、と泥酔しては喚き散らしているんだそうだ。
周囲に自分を称える人間が誰一人いない『色褪せたモノクロの日常』の中で、あの高慢で華やかだったアンナが、髪を整えず、ろくに化粧もせず、嫉妬に狂って喚き、レックスと毎日怒鳴りあってるようだ。……おまけに、妊娠したと書いてある」
「まあ……。お金があっても、誰にも見られない檻の中。本当に、あの女にふさわしい極上の拷問ね。
それにしても妊娠ですって?吹けば飛ぶような貧乏伯爵家の種を宿すなんて、本当にふしだらでいらっしゃる。どこまで公爵家を馬鹿にしているのかしらね」
「まあそう言うな、キティ。
これで、あれの実家からの抗議がきたとしても封じ込むことができるんだ。まったく、我々は指一本動かしていないのに、勝手に自滅してくれるとは。そう考えれば、あれの承認欲求にも愛らしいところがあるな」
「あら、アレク。そんなことおっしゃっては嫌よ。あなたが愛すべきは私と完璧なヴァレンティ公爵家でしょう?」
アレクと熱く見つめ合った私は、報告書を暖炉の火にべっとりとくべながら、暗い悦びに浸っていました。




