第48話 終幕
クロードの、苦悶が、谷底に響き渡る。
「……なるほどな」
私は、地に転がり、痙攣するクロードを見下ろし、静かに呟いた。
「やっぱり、あんた、自分の体にも魔法を使っていたってわけか」
その言葉に、クロードは、血反吐を吐きながら、顔を上げた。
その瞳に浮かぶのは、純粋な疑問。
「なぜ……」
「お前みたいな奴なら、自慢の魔法を自分自身にも試してみたくなると思った。それに、生きた人間にしてはアンタ、傷を負いすぎてるよ」
焼けただれた肉体。
それを無視した身体能力。
すぐにピンときた。
ガービンも、他のアンデッドたちも、このクロードも。
全てが、同じ理屈の上に成り立っているのだろう。
「ふむ、少々、遊びすぎたかな」
蒼炎に焼かれながら、それでもクロードは愉しげ声で、そう言った。
「至高の魔法だなんて言っていたけど、蓋を開けてみれば私なんかの回復魔法に敗れる出来損ないだったな」
「ククッ、回復魔法……か。貴様、自分の魔法の本質すら……理解していないと見える」
虫の息でありながらも、クロードの声にはどこか余裕が残っている。
この狂人には、自身の終わりすらも興味の対象でしかないのか。
あるいは、何か良からぬ狙いがあるのか。
しかし、今の私にはクロードの言葉の意味の方が気になった。
「どういうこと? 私の魔法の本質って」
「無学な平民め。いや……古代の魔法については、貴族ですらその大半を失伝しているのだったか……」
つまらなそうに語るクロードは、まるでこの世界の過去を知っているかのような口ぶりだった。
「クロード……まさかお前、この世界の過去の……」
俺の言葉の続きが紡がれることはない。
それよりも早く、巨大な影が俺の頭上に落ちてきた。
「平民、下がりなさい!」
リゼットの声とほぼ同時に、私はクロードから離れた。
「手駒が一つとは、言っておるまい?」
してやったりと言わんばかりに、クロードが嘲笑う。
そこに現れたのは、この二十五階層のボス、ネザー・ロック。
(居ないとは思っていたけど、今ここで出てくるのかよ!)
ガービンとクロードに気を取られて失念していた。
しかも、ボスモンスターであるはずの巨大なその鳥は、何故かクロードを守るように奴の前に降り立つ。
(モンスターを手懐ける魔法……テイムってところか? サーペントフォックスが十五階層に居たのも、やっぱりクロードの仕業かよ)
魔法を極めていると豪語するだけあって死霊魔法以外にも手管を持っているらしい。
私とリゼットは、モンスターがいつ襲ってくるかと身構えていたが、それがよくなかった。
ネザー・ロックはクロードを足で掴むと、そのままこの場から離脱するように上空へ飛び上がる。
「クソッ、やられた! 待てクロード!」
「残念だが、今回はここまでだ。もう十分、面白いものは見せてもらったのでね」
ネザー・ロックはクロードを連れて遥か遠くへ飛び去って行く。
私たちには、その姿を見送ることしかできない。
「ごめんなさい。わたくしが、もっとあのモンスターに早く気づいていれば……」
「いえ。私の責任です。最初から、この場所が二十五層のボス部屋だと気づいていたのに。あのモンスターの存在を、失念していました」
あの巨大な鳥がこのフロアに居ない時点で、違和感はあった。
それでも、ガービンとクロード。
立て続けに起こった戦闘の中で、その違和感を忘れていた。
「ここが、二十五層? どういうことなの?」
リゼットは訝し気に私を見る。
当然だが、私も、リゼットも、二十五層に踏み入ったことはない。
長らく十五層で足止めされていた。
だというのに、私はこの場所を二十五層だと知っている。
いくらなんでも、ただの勘では済まされない話だ。
(これまではゲーム知識を使う時に、それっぽい言い逃れをしてきたけど……)
私とクロードの転生の話と合わせて、彼女には近いうちに真実を語る必要がある。
けれど、それは今この場でやるべきことを済ませた後だ。
「この話はあとにしましょう。今は、この場を脱出することと、殿下たちの行方を探す必要があります」
「……あとで、ちゃんと聞かせてくれるのね?」
「約束しますよ」
何かを言いたそうにしながらも、リゼットは小さく頷いた。
◇
ダンジョンを脱出したころ、空は青白んでいた。
どうやら外では夜を越え、朝を迎えていたらしい。
「やっと、外だ」
安堵から大きく息をつく。
私はその場に膝から崩れ落ちた。
「外、外! 外だああああ!」
疲れた状態ではあまりにも耳ざわりな叫び声だが、今ばかりは赦そう。
声の主は、シャルルだ。
ボロボロになった制服のせいでどう見ても、一国の王子には見えない。
私の後ろには、同じく疲れきって座り込んでしまったリゼットと、幾人かの男女。
虚ろな目で静かに涙を流すアルフレッドと、三人で抱き合うようにして号泣する回復役の女性たち。
アルフレッドは、クロードの実験とやらの被験者として壮絶な経験をした影響か、これまでの彼からは想像もできないほど物静かな男になっている。
緑の髪はところどころに白髪が混じり、囚われていたたった数日で、何十年分も老け込んだ顔つきになった。
今回の最大の被害者は、おそらく彼だろう。
親友と思っていた男に裏切られ、心身を弄ばれる。
想像するだけでも悲惨な経験だ。
哀愁漂うアルフレッドの姿を眺めていると、背後に人の温もりと少しの重みを感じる。
リゼットが、私の背中を背もたれにするよう寄りかかっていた。
「学園長の元へ報告に行きたいところですが……」
「ちょっと、無理そうね」
私とリゼットは、背を預け合って、だらりと座り込む。
身体が地面に縫い付けられたように動かなかった。
「少しだけ、休んでからにしましょう」
「ええ。そうですね」
ほどなくして、私の意識はそこで途絶える――。
次の目が覚めたのは、見たこともないほど豪奢な部屋。
そして、私の隣には何故かネグリジェ姿になったリゼットがいた。




