第46話 決戦①
初めてクロードと会った時。
あのシャルルとアルフレッドの難癖も、下手をしたらこいつの差し金かもしれない。
(要するに、強い力を持つリゼットを適当な理由を付けて捕えたかっただけかよ)
目の前の男への苛立ちが、私の中でピークを迎えている。
「クロード……」
その名を吐いた瞬間、私の声に、殺意が乗った。
自分でも驚くほどに、黒く澱んだ感情が胸の奥から溢れ出す。
「どうやら貴様は、心底からその女にご執心らしいな。ならば、貴様も一緒に我の実験体になれば良かろう」
クロードの口元が歪む。
「貴様のあの蘇生魔法も興味深い。ああ、良い考えだな……そうしよう!」
ベラベラと喋り続けるその声は、狂気そのものだった。
焼け焦げた顔に貼りついた、不快な笑みがぞっとするほど気色悪い。
「私たち二人に勝てると思ってるのかよ、気狂い」
「勝てるとも。我を誰と心得る? この世界の魔法を極めし天才、クロード・ダークネスであるぞ!」
宣言と同時に、クロードは半壊した体でなお、信じられない跳躍を見せた。
焼け焦げた腕から、黒い雷光がほとばしる。
「ご主人様、どうやらそろそろ立ち直ってもらわないと困りますね」
「お、お前がよく分からない話をしているから、聞いてやっていただけよ」
強がりを言いながらも、リゼットは涙を指で拭い、剣を構えた。
その姿にいつもの覇気が宿る。
「あなたとクロードの会話、あとでちゃんと説明しなさい」
「それは、ちょっと気が重いですね」
(いったい何から話せばいいのやら……)
戦いの後の面倒ごとを思い浮かべ、私はひとつため息をついた。
だがすぐに頭を振り、雑念を追い出す。
「《ウル・ベネディクティオ》!」
詠唱と同時に、私の身体から眩い金光があふれ出した。
奔流のような魔力がリゼットへと流れ込み、その輪郭を光が包む。
「な、なに……これ、力が!」
「まあ、説明はあとで。魔力は今ので空っぽですが……」
「十分よ!」
ウル・ベネディクティオ――身体強化魔法の究極形態。
アクセルやフォルティスなど足元にも及ばない。
速さ、力、耐久、すべての能力を桁違いに引き上げる。
――ゲームの主人公だけに許された、チート魔法。
(本来はもっと高レベルじゃないと使えないんだろうけど……)
今の私にならばできると確信があった。
「さあ、最終決戦と行きましょうか、ご主人様」
私が笑うと、リゼットも口元を吊り上げる。
「ええ。行くわよ、平民!」
その瞬間、光と炎が爆ぜた。
リゼットの剣が紅蓮をまとい、私の掌には蒼炎が灯る。
ふたりの魔力が絡み合い、空間そのものが軋みを上げる。
「我が至高の魔法の、被検体がまた二つも手に入るとは、なんと良き日か!」
クロードの狂気が、歓喜に震える。
彼が両腕を天に掲げると、その周囲の空間が、黒く、淀むように歪み始めた。
「《ネクロマンス》!」
クロードの魔力が、死そのものが持つ、冷たい質量となって渦巻く。
そして、その魔力の奔流は倒したはずのガービンへと収束した。
「ゴォォゴゴゴッ……ギッ!」
ガービンの口から、およそ人間の声とは思えぬ音が漏れる。
そして、バネに弾かれたように飛びあがった。
リゼットの前に、再びその巨大が、ぬらりと立ちはだかった。
「……なっ⁉」
リゼットの、驚愕の声。
深々と穿たれたはずの傷は、黒い魔力で無理やり塞がれていく。
奴の濁りきった瞳には、先ほどまでとはまた違う、昏い光が灯っている。
「素晴らしいだろう? これぞ、我が死霊魔法の真髄。魂魄さえ我が手に在れば、無限に蘇る、最強の兵士となるのだ!」
クロードが、高らかに嗤う。
2対1の有利な状況は、一瞬にして覆された。
「グ……ア……ァァ……」
ガービンの喉から、声にならない、苦悶の呻きが漏れる。
その顔は、憎悪でも、殺意でもない。
ただ、自らの意に反して動かされる肉体の、その耐え難いほどの苦痛に、歪んでいた。
彼は、泣いていた。濁った瞳から血の涙が、止めどなく流れている。
そのあまりにも痛ましい姿に、リゼットの剣が僅かに揺らいだ。
「――ッ!」
その一瞬の躊躇を、ガービンは見逃さない。
肉体の限界を超えた、人ならざる速度。
バスターソードの、嵐のような連撃が、リゼットへと襲いかかる。
ガキンッ! ギンッ! ズガァン!
ウル・ベネディクティオの加護を受けたリゼットでなければ、初撃で肉体ごと断ち切られていただろう。
それでも、彼女は、ただ受け止めることしかできない。
(リゼットが、押されている⁉ ……いや、違う。躊躇しているのか、リゼット?)
クロードの狂気に魂を囚われたガービンへ剣を向けること、リゼットの中で迷いが生じている。
彼女の表情が、その葛藤を物語っていた。
「どうした、リゼット・ベルナール! その程度か! 血狂い令嬢の名が泣くぞ! ハッハッハ!」
クロードの嘲笑が、谷底に響き渡る。
リゼットは、防戦一方。
その華麗な剣技は精彩を欠き、じりじりと追い詰められていく。
(――ダメだ。このままじゃ、リゼットが殺される)
今の彼女は、優しすぎる。
リゼットの中からは、冷血さが失われていた。
彼女に芽生えた優しさが、今ばかりは枷になってしまっている。
内面の変化が、皮肉にも、彼女を殺そうとしている。
「ご主人様ッ!」
私の絶叫に、リゼットが、一瞬だけ、こちらを向く。
その瞳に浮かぶのは、戸惑いと、助けを求めるような色。
「イグニスを、使ってください!」




