第45話 狂気
腕の中でグズグズ泣いているリゼット。
その姿に胸が張り裂けそうなほど愛おしさを感じてたが、どうやらそれどころではないらしい。
「転生者、と言いましたか? ダークネス伯爵子息……いや、クロード」
転生者として記憶を取り戻してから、そんなこともあるかもしれないと考えていた。
私以外の、転生者がいる可能性。
「ほう。その反応。どうやら、本当に転生者らしいな。通りで、平民が規格外な魔法能力を持っているわけだ」
私の反応を見て、クロードは納得顔で頷く。
余裕そうな態度をとっているが、奴はどうして平然と立っていられるのか不思議なほどに、全身を焼けこげさせている。
「いや、それは私が主人公だからであって、転生は関係ないよ」
「主人公? 何を言っているんだ貴様は?」
「ん? いや、だから、私はゲームの主人公の、リーナ・フローライトだから……」
クロードは首をかしげている。
(あれ? もしかして、こいつ、ここがゲームの世界だって知らない?)
「げーむ? なんだそれは?」
「え? ゲームを知らないの?」
(ゲームを知らないって、こいつはいつの時代から転生して来たんだ? 江戸時代とか言わないよな?)
そこまで考えて、自分の考えに穴があることに気づく。
私は異世界からこの世界へ転生している。
そして、世界が二つしかないと考える方が不自然だ。
(もしかすると、クロードの中身は、私とは違う世界から来た人間?)
プリンス・ヴァイブスというゲームとは全く無縁の世界からの転生者。
それが、目の前のクロード・ダークネスなのかもしれない。
「ふむ。貴様からは色々と情報を引き出す必要がありそうだ」
クロードは、私と言う存在を興味深そうに眺める。
まるで、実験用のモルモットを観察するような目で。
「あんたがまともな奴なら、聞かれたことには素直に答えてやっても良いんだけど」
「まとも、とは?」
「人をゾンビにしたり、ダンジョンに瘴気をまき散らしたりしない人のことかな」
「ふむ、参ったな。どうやら、我はお前がいうまともではないらしいぞ」
ケタケタと愉快そうに笑うクロード。
その姿は、もはや完全に私の知るクロード・ダークネスとは乖離している。
(クロードが転生者で狂人か……私がシナリオ放棄なんてする前から、この世界のネジは外れてたってわけだ)
これまで起こっていた数々のイレギュラー。
その元凶は、どうやら目の前の男だとわかった。
「お前の目的はなんだ、クロード。シャルルたちを誘拐したり、ゾンビを作ったり。あんたはいったい何がしたい?」
「……リーナ・フローライト、貴様は、魔法というものをどう思う?」
「なんだって?」
「魔法だよ。我はこの世の魔法を愛しているのだ。それはもう、心の髄から」
どこか陶酔したような目。
クロードをは私を見てるようで、何か違うものを見ているような気がした。
「それとお前のしたことの因果関係が見えてこないんだけど」
「察しが悪いな小娘」
「いいや? 私は最愛のご主人様から察しがいいと評判だよ」
未だに私の胸の内にすっぽり収まるリゼット。
その頭を優しく撫でる。
彼女は私の話を聞いてどう思っているだろう。
まだ話を聞くほど冷静になれていないか。
あるいは、あえて私が話し終えるのを待ってくれているのかもしれない。
「魔法の実験だよ。全ては、我の魔法を至高の領域へ至らせるための試みだ」
「だから人間の死体を動かしてみたって?」
「そうだとも。あれは素晴らしかろう? 死者の魂魄を肉体へ強制的に縛り付けるのだ」
(つまり、アンデッドの中にはしっかり人の心が宿っていたわけだ……)
私に助けを求めるようなあの姿。
思い出すだけでも胸糞が悪くなる。
クロードはイカれている。
悪意があるわけではなく、ただただ倫理観が壊れている人間。
稀にみる本物の狂人だ。
詳細は不明だが、ガービンの肉体が変様していたのも、こいつの実験とやらの成果なのだろう。
人の心身をともに弄ぶなど、考えるだけでも吐き気を催す。
だが、目の前のこいつは、それを嬉々としてやるに違いない。
「シャルルたちはどうした? まさか殺してないだろうな」
「ハッハッハ! 殺すわけなかろう。あれにはダンジョンの五十層を攻略してもらわねばならん。そのために、少しばかり肉体を強くする必要があるのだよ」
「肉体を……まさか、ガービンみたいにしちまったんじゃないだろうな?」
「うむ。まさに」
(おいマジかよ。シャルル、あんなバケモンになっちまったのか?)
青黒く変色した筋肉に覆われる巨体。
イケメン野郎からブサメンを通り越してバケモンに変身なんて、いくらなんでも私だって同情する。
「勘違いするな。お前が相手をした実験個体は、あくまでもプロトタイプ。シャルル殿下には完璧な処置を施しているとも」
「そうかよ。それで、アルフレッドと他の子たちはどうした?」
「アルフたちには我の実験に付き合ってもらっているよ。実験は肉体の損傷が激しくてな。アルフには殿下のために体を張ってもらっている。いやはや、3人も回復魔法師を用意した甲斐があった。おかげで、まだ死なずに我の実験に耐えてくれている」
私の全身に鳥肌が立つ。
目の前の狂人が、もはや人ですらない悪魔なのだと、私はようやく理解した。
「本当ならば、アルフではなく、リゼット・ベルナールを使って実験がしたかったんだがね。貴様が邪魔をしてくれたおかげで、計画が狂ってしまったよ」




