第44話 再生
――意識が、落ちていく。
熱い。痛い。寒い。
あらゆる感覚が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、俺の魂を、どこまでも深い闇へと引きずり込んでいく。
クロードの、あの憎たらしい笑み。
そして、俺を貫いた、魔法の矢。
(ああ、そうか。私は……俺は、また死ぬのか)
二度目の、死。
――あっけなさすぎて、笑えてくる。
結局、俺は、何1つ、やり遂げられなかった。
あのパワハラ上司みたいなイケメンどもを見返すことも、自分の意志で決めたことをやり遂げることも。
そして、何より――。
(……リゼット)
最後に浮かんだのは、あの気高い少女の顔だった。
俺を平民と呼び、盾と呼び、そして、ほんの一瞬だけ、幻のように微笑んだ、あの不器用な女の子。
俺が消えたら、彼女はどうなる。
(……きっと、一人で戦うんだろうな)
誰の助けも求めず、血に濡れた冠を掲げて。
孤独に、気高く、あの腐った世界のすべてと戦い続ける。
――それが、たまらなく、嫌だった。
(冗談じゃない)
闇の底で、燻っていた何かが、音を立てて燃え上がる。
(誰が、お前を、一人になんて、させてやるか)
俺は――あの子の隣で立ち続けなきゃならねぇ。
『盾』として。誓っただろうが。
(まだ、何も、始まっちゃいねえ)
俺は、死ねない。死んでたまるか。
あの女を、孤独な戦場に、二度と一人で立たせてたまるか。
(立て。立て、日高一二三。いや――立て、リーナ・フローライト!)
その魂の叫びが、すべての境界を焼き切った。
闇の奥底、魂の核――そこに封じられていた“何か”が、轟音とともに目を覚ます。
――光。
世界が、蒼白く染まっていく。
冷たいはずの死の淵が、灼けるように熱を帯びる。
皮膚の下で、血液が蒼炎に変わり、神経が軋む。
痛みも、苦しみも、歓喜に変わる。
それは、もはやヒールでも、キュアでもなかった。
それは、失われた命の灯火を、再びこの世に縫いとめる神の逆鱗。
それは、死という因果をねじ曲げ、絶対の理を『なかったこと』に書き換える、神への反逆。
――蒼炎が、形を持った。
揺らめく光が私の全身を包み込み、その中心から、ひとつの心音が弾ける。
ドクン――と。
焼け焦げた肉体が再生し、砕けた魂が新たな律を刻む。
指先に熱が戻り、呼吸が、世界を再び感じ始める。
私は――還ってきた。
この、戦場に。
あの人の隣に。
「……《リザレクション》」
その名を呟いた瞬間、蒼炎が、私の背で翼のように広がった。
◆ side. リゼット
世界は、燃えていた。
わたくしの絶望が、怒りが、悲しみが、全てを紅蓮に変え焼き尽くしていく。
岩肌は溶け、空気は歪む。
目の前の憎むべき敵は、断末魔の叫びすら上げられず、ただその炎に呑み込まれようとしていた。
(それで、いい)
全て、終わらせてしまえばいい。
この男も、この世界も、こんな呪われた力を持つ、わたくし自身も。
そうして、破壊の奔流にその身を委ねようとした、その瞬間だった。
――ふわり、と。
背後から、あまりにも温かい何かに、優しく包み込まれた。
それは、炎ではなかった。
それは、光だった。
紅蓮の灼熱とは真逆の、どこまでも静かで、どこまでも穏やかで。
しかし、わたくしの魂の核までを、優しく溶かしていくような、蒼い光。
わたくしの背中に、一対の、蒼炎の翼が、そっと触れる。
「もう、いいですよ。ご主人様」
耳元で、囁かれた声。
それは、もう二度と、聞くことはないと思っていた、あの愚直な平民の声だった。
「……リーナ?」
わたくしは、振り向けない。
信じられない。信じたくない。
これは、わたくしが見ている、都合の良い幻だ。
死の間際に見るという、幸せな夢だ。
「それ以外の誰だと思います?」
背中から、温かい腕が、ゆっくりと、わたくしの身体を抱きしめる。
その温もりが、あまりにも、現実だった。
その言葉と同時に、わたくしを狂わせ、世界を焼き尽くしていた紅蓮の炎が、すぅ……っと、まるで何事もなかったかのように、鎮まっていく。
蒼い光が、赤い絶望を、優しく、飲み込んでいく。
「な……なぜ……」
わたくしは、ただ、呆然と呟いた。
目の前の奇跡に、わたくし以上に呆然と立ち尽くす、クロードの姿がある。
「言ったでしょう? 私は、あなたの盾だ。盾が、守るべき対象を置いて先にいなくなるわけにはいかない」
背後からの声は、どこまでも頼もしく響いた。
「あなたが、どんな地獄の炎をその身に宿そうと、私が、全部受け止めてみせる。……だから、もう、一人で泣くのは、おしまいです」
(泣く? わたくしが?)
そう思った瞬間、わたくしは、自らの頬を熱い何かが、伝い落ちていることに初めて気づいた。
「わたくしは、泣いてなど……っ」
「はいはい。そうですね」
背後から、蒼炎の翼が、より一層、優しくわたくしを包み込む。
まるで、壊れ物を扱うように。
まるで、迷子の子供を、あやすように。
「……わたくしを、一人に、しないと、言ったくせに」
「ええ。だから、戻ってきましたよ」
「……勝手に、死んでおいて」
「ちゃんと生きてるでしょ」
もう、ダメだった。
わたくしの魂を縛り付けていた、最後のプライドが、音を立てて、崩れ落ちる。
わたくしは、その蒼い光の中で、ただ子供のように声を上げて泣いた。
「ありえない。まさか、お前は転生者、なのか?」




