第34話 調和
「しょ、所有物だと……⁉」
シャルルの顔が、義憤に赤く染まる。
「リゼット……君は、やっぱり彼女を、物としてしか見ていないんだな! なんて卑劣な!」
(今さっき人の弱みに付け込んで懐柔しようとしてたのは誰だっけ?)
シャルルの自分勝手な言い分に怒りや呆れを通り越して面白くなってしまった。
ついニヤケそうになる顔を手で隠す。
リゼットは、いつも通り、完璧な貴族令嬢の仮面を被っていたが、一瞬私を見ると咎めるように目を細めた。
(すみません……)
「ええ。わたくしにとって、彼女は、わたくしの覇道を支える、最も優秀な『盾』。でも、それはあの平民が自ら言い出したことですもの。そうでしょう?」
「はい。異論ございません」
私はわざとらしく畏まった答えを返す。
すると、シャルルの表情がわかりやすく歪んだ。
「リーナ! 君は俺と一緒にくるべきだ! そんな人を人とも思わない人間といても、いつか痛い目をみる! 君を思っての俺は提案しているんだゾッ!」
しつこい上に下手くそなシャルルの勧誘にどう答えたものかと悩まされた。
しばしの沈黙の後、私は溜息とともに少しばかり本音を漏らす。
「私のことは放っておいてくださいませんか? 私を思うなら、それが最も喜ばしいことです」
そう告げる私を、シャルルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ていた。
「なあシャルル。もういいだろ。そいつらとはどうやっても馬が合わないってことだ。俺たちは俺たちで先に進もうぜ」
気まずい沈黙を打ち破ったのはアルフレッドだった。
彼はボリボリと頭を掻きながら、面倒そうに話を終わらようとした。
「アルフ、勝手な事を……」
「ついてくる意思のない奴を、無理やりパーティーに入れたって意味ねぇだろ」
そんなアルフレッドの言葉を聞いてもシャルルは納得いっていない顔をしている。
それでも、私のすまし顔を見ると、悔しそうに結論を出した。
「リーナ、絶対に、後悔することになるぞ」
「お気遣いありがとうございます」
そして、シャルルたちとの共同戦線は早くも終わった。
◇
嵐が、去った。
「……平民」
先に、口を開いたのは、リゼットだった。
その声は、いつもよりも僅かに低く、そして、硬い。
「……わたくしは」
彼女は、一度、言葉を切り、何かを決意したように続けた。
「わたくしは、お前がただの盾ではないと思っているわ」
(――え?)
「わたくしの背中を、預けられるのは、お前だけよ」
彼女は、決して、こちらを振り向かない。
その耳が、ほんの少しだけ、赤く染まっている。
(そんなの、反則だって)
私は、ただ黙って、その気高い背中を見つめることしかできなかった。
◆
リゼットと一瞬だけ目が合う。
彼女は、もうわざわざ私を呼ばない。ただ、視線で次の指示を出す。
それだけで、私には、彼女が何を求めているのかが、手に取るようにわかる。
(次は、右から振り払い。それに合わせて――)
十五層のボス部屋。
その中央で、巨大な影が、地響きと共にその巨体を揺らした。
アルミスオーク。ゲーム通りならば、十五層の門番として、この先に進む者を阻む、最大の壁だ。
身の丈は三メートルに迫りそうな巨体。
その手には、人の胴体ほどもある巨大なハルバードが握られている。
「グオオオオオオッ!」
咆哮と共に、オークが突進してくる。
その目的地は、ただ一つ。私の隣で、静かに剣を構える、リゼットだ。
だが、今の私たちが、ただ真正面からその突進を受けるほど、素直ではない。
「ご主人様」
「――ええ」
アイコンタクト、ただそれだけで、作戦は共有される。
リゼットは、オークから見て、右斜め後ろへと、弾丸のように駆け出した。
オークの、単純な思考回路。
それは、より脅威度の高い敵を、優先的に狙う。
その巨体が、ぎこちなく方向転換をしようとした、まさにその瞬間。
「《フォルティス》! させるかァ!」
私は、自らの肉体を強化し、オークの、がら空きになった側面へと、盾を構えて突っ込む。
狙うは、その巨体を支える、屈強な膝。
ガッ!
巨体に突っ込んだことで、鈍い衝撃が盾越しに私へ跳ね返る。
それでも、オークの巨体が僅かに、しかし、確実にぐらついた。
その、ほんの一瞬の硬直。
それこそが、リゼットが、そして私が、待ち望んでいた好機となった。
「――そこよ」
背後から声が聞こえると同時に、もはや感嘆すら覚える流麗な剣技が放たれる。
完璧なタイミングで放たれた、リゼットの一撃が敵を襲う。
彼女の剣が、オークの鎧に守られていない唯一の弱点――首筋の腱を、正確に、深く裂いていた。
断末魔の叫びを上げる間もなく、巨体は静かに黒い霧となって消滅する。
あまりにも呆気ない幕切れ。
「これで、十五層も、終わりね」
「ですね。思ったより、楽勝でした」
私は、リゼットと顔を見合わせ、小さく笑った。
残念な事に、彼女から笑顔が返ってくることはない。
それでも、私は、彼女から僅かに高揚した空気を感じていた。
もう、そこに、以前のような緊張感はない。
あるのはただ、共に戦場を駆け抜けた、戦友だけが分かち合える、心地よい疲労感と信頼感だけだった。
(しかし、結局十五層に異変があったのは、あのサーペントフォックスだけだったな……)




