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乙女ゲーの主人公にTS転生した私、シナリオを放棄して推しの悪役令嬢と2人で学園ダンジョンに挑む!  作者: 真嶋 青
第一部

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第35話 バグ

 十九名の学生が消息を絶った危険な階層。

 その割には、明確に脅威と感じる異変は、一月も前に遭遇したサーペントフォックスだけ。

 それも、リゼットの手で消滅させられる場面に、私は立ち会っている。


「結局のところ、十五層の異変は何だったんでしょうね?」

「わからないわね。本当に偶然、四つのパーティーが同じ時期に下手を打っただけということもありえるわ」


 十五層は厄介だ。

 連携して動く複数のモンスターに追い立てられる。

 一人のメンバーが欠けるだけでも致命的な崩壊につながるだろう。

 

(でも、どうにも嫌な胸騒ぎが止まらない)


 自分を納得させるようにあれこれと考えたが、私の中にある危険信号はずっと赤く点滅している。

 今しがた、この階層のボスモンスターを倒したというのに。

 

「この後はどうしますか? 十六層の下見をする余裕もありそうですけど」

「……そうしたい、ところなのだけれどね」


 何か重い口調のリゼットに、私は何事かと彼女の視線の先を追う。

 そこには、階層最奥にある、お馴染みの転移魔法陣がある。

 静かにその魔法陣を睨みつけるリゼットを不思議に思い、私もよく観察すると、ふと異変に気付いた。


(魔法陣が、起動していない)


「今のモンスターが、この階層の番人では無かったということかしら」


(そんなわけない)


 私は知っている、十五階層のボスは間違いなくアルミスオークだ。

 いくらゲームの知識と現実にずれがあるとはいえ、ボスフロアに鎮座している時点で、奴がボスであったことに疑うべき余地はない。

 そのはずなのに――。


「条件を満たしていない、ということかしら?」


 プリブスのダンジョンは多くのギミックが用意されている。

 中には謎解きをしなければ次の階層へ進めないこともあるが、ボスフロアが用意されている場所とは別。


(なんにしても、先に進めないなら引き返して条件とやらを探すしかない)


 リゼットは私の顔を見て、次の言葉を待っている。

 彼女は、ここまで私がダンジョンについて何かと意見を出してきた私を信頼してくれている。

 今回も、私が何か良い打開策を出すと期待してくれてるのだろう。


(その期待に応えたい気持ちは山々だけど)


 私がこれまでやってきたのは、所詮ゲームの知識をなぞるだけのカンニング。

 こうしてイレギュラーが発生すれば、たちまち判断が鈍る。

 

 悔しさで歯噛みするが、そんなことに意味はない。


「一度、部屋を探索してみましょう」


 口にしておいて、私はそんなことに意味があるのだろうかと自問する。

 少なくともゲームでは、十五層のボスフロアに隠し要素など無かった。

 

 そのはずだった。


「相変わらず、勘がよく当たるみたいね、平民」


 リゼットの、感心した声。

 しかし、私の内心は、得体の知れない違和感で満ちていた。


(こんなもの、私は知らない)


『愚者の魂を弔え』


 何かのヒントと思しきメッセージ。

 雑に壁に彫られた文字は、誰かが遊びで書き記したようにも見える。


「何かの謎かけかしら?」

「わかりませんね。素直に受け止めるなら、死者の供養をするってことだと思いますが」

「死者、ね」


 リゼットは意味深に言葉を繰り返す。

 彼女の言わんとすることは、嫌でも察することができた。


(十五層で壊滅したパーティー。彼らの死体はどこにある?)


「平民、顔色が悪いわよ」


 リゼットに言われて、私は自分の額にじっとりと汗が浮かんでいることに気づく。

 汗を手で拭い、悪いものを吐き出すように息をついた。


「今日のところは、いったん引き返しませんか?」

「できれば、殿下たちと顔を合わせたくないのだけれど」


 彼女の言うことには全面的に同意だが、こうなってしまっては致し方ない。


「どの道、この転移魔法陣が起動しない限り、外へ出るには十五層の開始地点まで戻るしかないです」

「……ままならないわね」


 リゼットは渋々と元来た道へ戻ろうとする。

 だが、その時だった――。


 なにかえた臭いが漂ってくる。

 肉が腐ったような激臭は、吸い込むと胃の中をかき回して吐き気を催した。


「ぅぐ……」


 生理現象で嗚咽が漏れたが、それだけでは済まなかった。


 隣で立ち尽くすリゼットの顔が、見たこともないほど苦々しく歪んでいる。

 その視線の先を辿ると、そこには肉塊が転がっていた。


 立ち上がる脚はなく、肉が腐り落ち、露出した骨を支えに四つん這いで蠢くように近づいてくる。

 元が人であったことが想像できる程度に形を留め、しかし、それが生きていた人間だったと信じたくはない醜悪な姿。


 喉元まで胃液がせり上がってきたが、気合で押し込めた。


「……す…………て…………」


 ポッカリと空いた空洞から音が漏れる。

 それが口であると気づいた瞬間、怖気で私の口から「ひゅっ」と音が漏れた。


 生きているはずがない。

 それでも、意思があるかのように――助けを求めるように、私たちへ寄ってくる。


「あれは、モンスター、だと思う?」


 ぎこちなき声でリゼットが私へ問いかける。

 その手に持つ剣に力を込め、構えるか、下ろすか、その中間地点で、剣先が彷徨っていた。


 私は答えを持っていない。


 しかし、おそらくリゼットも気づいている。


(敵意をまったく感じない)


 そのゾンビのような何かは、ただひたすらに、私たちへ助けを求めているようだった。

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