第32話 強さの証明
◆ side.リゼット
わたくしの耳に、もはや聞き馴染んだ、しかし、決して受け入れたくはない侮蔑の言葉が突き刺さる。
「仲間? その女に仲間などおらぬだろ。リゼット・ベルナールは孤高を気取った血狂い。我らと集団行動など元から無理だったのだよ」
クロード・ダークネス。その粘つくような声が、わたくしの脳髄を直接かき混ぜる。
瞬間、世界から音が消えた。
視界が、赤く、染まっていく。
忌まわしい炎に魂を焼かれ、視界に移る者を力でねじ伏せてしまいたい欲求に駆られる。
剣の柄に、無意識に力が籠もった。
目の前の、この男の喉笛を、今すぐ掻き切ってしまいたい。
その衝動が、わたくしの全身を支配しようとした、その時だった。
――ふと、あの愚直な平民の顔が、脳裏をよぎった。
『ただ、あなたの覇道を、私に示してください』
(……わたくしの覇道とは、こんな、子供じみた癇癪のことだったのかしら?)
――違う。
断じて、違う。
わたくしは、強さが証明したかった。
中途半端な力ではない、何物も寄せ付けない強さを証明すれば、ただ恐怖される存在ではなく、誰かに認めて貰える人間になれると――。
そんな、単純明快で、子供じみた思いがあった。
でも、今はもう違う。
(こんなわたくしを慕ってくれたあの子の為にも、本当の強さを探さなければならない)
すぅ、と、沸騰していた頭が、急速に冷えていくのを感じた。
わたくしは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、クロードの、その侮蔑に満ちた瞳を、真っ直ぐに見返す。
(――下らない)
心の底から、そう、思った。
この男の、陳腐な挑発も。
それに、本気で心を揺らされていた、ついさっきまでの自分自身も。
全てが、どうでもいい。
わたくしは――小さく、笑った。
「そう思うのでしたら、別行動にいたしましょう。わたくしも、その方が動きやすいですわ。集団行動は向いておりませんもので」
クロードの顔が、驚愕に見開かれる。
その顔を見て、愉快だと、そう思った。
(こんなにも、心が、凪いでいる)
わたくしは、隣に立つ彼女の顔を盗み見た。
彼女は、口元を必死に抑え、肩を震わせている。
おそらく、笑いをこらえているのだろう。
わたくしの胸の奥で、凍りついていた何かが、ほんの少しだけ、溶けていくのを感じた。
――シャルル殿下の、間の抜けた声が、遠くに聞こえる。
けれど、もう、どうでも良かった。
わたくしは、今、確かに新しい強さの、その入り口に立っているのだから。
この愚直な、わたくしの『盾』と共に。
◆ side. リーナ
リゼットへの言いがかりから、レイドは早速解散されるかと思われた。
だが、幸か不幸か、まだどうにか私たち二つのパーティーは共にダンジョンの探索を続けている。
「《巡れ、巡れ、命の源流よ――。我が魔力を以って傷を塞ぎ、彼の者へ清純なる癒しを与えよ! ヒール》」
(また回復魔法か。明らかにやりすぎだ)
私は何度か戦闘を繰り返す中で、シャルル一行は明らかに歪なパーティーだと感じるようになった。
三人の女性メンバーはなんと全員が回復魔法師。
しかも、どうやらヒールしか魔法が使えない。
「頑張れシャルル〜!」
「アルフレッド君カッコい〜!」
戦闘中は、ほとんどチアガールみたいなことをしている。
たまに詠唱を始めたと思えば、ほんのちょっとしたかすり傷を治すのに貴重な魔力を使う。
先々のことを考えて可能な限り魔力を温存するものだが、三人のうち一人はもうガス欠になったようで、完全に応援するだけのカカシになっている。
(こんなんでボス部屋に行って大丈夫かな?)
当初はテキトーに散策させて、良い感じのところでボスを倒しに行く予定だった。
しかし、既に八人中一人はカカシ。もう二人もほとんど魔力が残っていなそうな状態。
攻撃手段どころか防御する術も持っていない三人を連れて、十六層への道を塞ぐ怪物アルミスオークを相手取るのは骨が折れそうだった。
それに、問題はもう一つ。
「クソ! どうして攻撃が当たらない!」
「シャルル、俺がやる!」
「アルフレッド! いいから下がっていろ!」
「だっ、だが!」
シャルルが槍を振り回してどうにかウルフラグスを倒そうとしてる。
しかしやはり攻撃は当たらず、苛立たしげに顔を歪めた。
前衛を務めるアルフレッドとシャルル。
その連携がシャルルの癇癪によって崩れている。
しかも、アルフレッドはともかく、シャルルの技量がどう見ても十五層のレベルに達していない。
「平民」
「良いんですか?」
「アレでは埒が明かないわ」
任された一角で戦闘を終えたリゼットだが、もうシャルルに不用意に近づくことはない。
代わりに、私へ「手を貸してやれ」と言うように目配せを送った。
(こんな所で魔力を使いたくないんだけど)
しかし、リゼットに言われては否はない。
「《アクセル》」
私はシャルルに身体強化を施し、その動きを加速させた。
「――うおっ!?」
しかし、突然のことで身体がついていかなかったのか、シャルルはその場にズッコケた。
べちゃっと前のめりに倒れて、勢いよくヘッドスライディングしていく。
「マジかよ」
彼は敵めがけて無防備に突っ込んでしまった。
「ッチ……《ファイアボール》」
あわや大惨事になるかと思われたが、クロードの魔法によってシャルルを襲う敵は焼き払われた。
無詠唱。その上、強力な魔法だ。
(あ、危なかった……しかし、どうにもクロードだけは頭一つ抜けているのが気になるな)




