第31話 囮
「グゥォオオオ」
低く唸るモンスターの声が十五層特有の水晶の壁に反射して妖しく響く。
彼らが戦っているのは、群れを成して動く狼型のモンスター、ウルフラグスだ。
灰色の毛に覆われた狼たちが、四方から私たちを囲むような陣形をとっている。
私とリゼットも何度となく戦ってきたモンスターだが、その対処は難しい。
「アルフレッド! こっちは任せろ!」
「おお、頼んだぞシャルル!」
「ハアアアアアア!」
威勢の良い声とともに槍を突き出したシャルルが、一匹のウルフラグスに突っ込んでいく。
その動きはリゼットや教官を見てきた私からすると、酷く緩慢に見える。
素早いウルフラグスはひょいと穂先を避けると、そのまま槍が当たるかどうかの距離を保ちながら後方へ逃げていった。
「このっ、このッ! 待て!」
シャルルは徐々に一人で前へ前へと誘われていく。
彼は敵を追っているうちに、自分が孤立しつつあることに気づいていなかった。
「シャルル頑張って! やっちゃえ!」
彼のパーティーメンバーの一人は、その姿を遠目に眺めて応援している始末。
他の面々はそれぞれ目の前の敵に夢中で、シャルルを気に留めている様子はない。
「ご主人様」
「わかっているわ」
囲まれた四方の一角で戦っていた私とリゼットは、短い言葉だけで意思疎通する。
私はリゼットの前へ駆け出し、ウルフラグスの気を引きに行く。
その隙に、リゼットは私の後方から迂回して敵を挟み込むように動いた。
「グゥゥアアアア!」
一時的に、孤立したように見える私へ、ここぞとばかりに三匹のウルフラグスが殺到した。
(魔法は温存する)
先のことを考えて、私は魔法を使わず自力で耐久する判断をした。
まずは先陣を切って正面から向かってくる敵に、タイミングを合わせ盾の突進をお見舞いする。
だが、その敵は囮だ。
「「ガァァ!」」
私を挟み込むように残った二匹が迫りくる。
違う方向からの攻撃に対し、盾では同時に対処できない。
それでも、私に焦りはなかった。
「ほいっとな!」
今度はバックステップで攻撃を避ける。
そんな私を追って再び攻撃を仕掛けようとする二匹だが、次の手は間に合わない。
奴らの死角から、予定調和の一撃が繰り出された。
「平民、次よ」
自分で切り飛ばしたモンスターが黒霧になって消えていくのを確認し終わるよりも先に、リゼットは新たな標的を定めて動き出している。
私はあとに続くが、あまりすることはないだろう。
彼女の行くの先には、シャルルというかっこうの囮がもう待ってくれている。
案の定、私が追いつく頃には、リゼットが五匹目のウルフラグスを消滅させていた。
「リゼット! いきなり飛び出して来たら危ないだろ!」
(ぶち殺していいかな?)
口元にまで出かかっていた敵意丸出しの言葉を、私は自分の両手で口元を押さえるという物理的方法で封じ込めた。
「失礼しました。危うく殿下に敵の攻撃が届きそうな状況でしたので」
「当たりそうだったのは君の剣だ! モンスターごと腕を切り裂かれるかと思ったぞ!」
(それほど近くまでウルフラグスに接近されてたってことだろ。槍使いが懐に入られてどうする)
「オイ! どうしたシャルル?」
面倒なのことに、戦闘を終えたアルフレッドまで駆けつけてきた。
その後ろにはゾロゾロと御一行がついてくる。
「リゼットがモンスターごと俺を切りそうになってな。少し注意していただけだ」
「なん、だと? オイ、テメェ! シャルルにまで剣を向けやがったのか!」
アルフレッドはシャルルの一方的な言葉だけでリゼットを責め立てる。
双方の話を聴くこともなく、彼の目にはリゼットが絶対的な悪に見えている。
あろうことか、アルフレッドはリゼットに向けて剣を構えた。
「やっぱりお前は信用ならねぇ。学園の指示だろうが、一緒に行動するなんて無理だ! いつ背後から斬りつけられるか分かったもんじゃねぇぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。こんな場所で仲間内の揉め事は――」
私が言い終えるよりも先に、クロードが嘲笑と共に爆弾を投下した。
「仲間? その女に仲間などおらぬだろ。リゼット・ベルナールは孤高を気取った血狂い。我らと集団行動など元から無理だったのだよ」
その瞬間にフロアの時が止まったように錯覚した。同時に、私の体温は溶解した岩石の如く上昇していく。
本気で手を出しかけたところで、しかしリゼットの反応の方が気になって手がピタッと止まる。
(あれ?)
振り向いた先にいるリゼットは、なんとも落ち着き払った顔をしていた。
「そう思うのでしたら、別行動にいたしましょう。わたくしも、その方が動きやすいですわ。集団行動は向いておりませんもので」
クロードの言葉を借りて小さく笑う彼女に、思わず私の上がりまくったボルテージが急降下していく。
次いで、我慢できずに吹き出してしまった。
(しかし、リゼットが血狂いと呼ばれて怒らないとは……)
いったい何が彼女の導火線を消し止めたのか、私にはわからなかった。
ゲームであれば、即戦闘が始まってもおかしくない状況だろう。
もしかすると、私というイレギュラーによって、彼女に少なからず影響があったのかもしれない。
(だとしたら、嬉しいね)
私の頭には、そんな場違いな考えが浮かんでした。
「まあ待て。ミスは誰にでもある。まだ人との連係に不慣れなリゼットのことだ。今回は赦してやれ」
騒ぎ出した張本人がわけのわからないことを言ったことで、私の血圧は再び上昇させられた。




