第十一話
ちょっと遅れましたぁぁぁ!!
許してください!なんでもしません!
サーシャ達と相談をしてから二日。
今日はこれから模擬戦だ。一応ではあるが予定は確認済みだ。
今日はこれからギルドに向かってサジウスとリンさんと話をして詰める。
その後、サーシャ達が来るのを待つ。サーシャ達が来たら挨拶を聞いて模擬戦をする。
サーシャのお母さんである王妃様と模擬戦。
意外と過密な気がしてきた…。落ち込んでもいられないので、アイシャを撫でて元気を取り戻す。どれだけ撫でてもアイシャの頭は飽きない。素晴らしい撫で心地だ。
そんな馬鹿な事をしているうちにどうやらギルドに着いたようだ。
今日は異世界の聖女こと朱里と第四王女のサーシャが来るからかギルドには俺がいつも来ていた時から考えたらだいぶ多い人数の人が居た。
そんな中、サジウスとリンさんは、訓練所で見学をしに来た冒険者や模擬戦をやる冒険者を全員訓練所に向かわせていた。
中にはもう噂になっているのか、俺対サジウス、リンさんペアのどちらが勝つのかで賭けなんてしている人もいるようだ。…俺が勝たせて頂きますよ?
アイシャも初めて見る人数なのか腕の中で驚いている。ギルド会館に入り切るかどうかという人数はやはり多いのだろう。ただ、この中にはどうやら見学に来た冒険者以外にも普通に見物をしに来た一般の人もいるように見える。武器を持っていない人や商人といった風な人もいるからだ。
そんな中、俺はサジウスにとても軽い感じに声をかける。
「サジウス~、来たぞ~。」
「軽いなおい!?これから王族や聖女様の御前で模擬戦をするんだぞ!?もうちょっと緊張感ないのかよ!?」
サジウスがうるさいのでリンさんに声を掛けなおす事にした。
「おはようございます、リンさん。それで本日の予定の細かい確認をしても問題ないでしょうか?」
リンさんは苦笑していたが、俺が声を掛けた後しっかりと対応をしてくれる。
「おはようございます、ケイ様。本日の予定ですが、王女様と聖女様がいらっしゃった後、御二方からのご挨拶を頂きましたら模擬戦となりますが、何組か戦った後に私達は最後になります。私達の出番は最後となっております。その後は御二方からの指名があった方は王城での食事会となりますので、もしかしたらケイ様も可能性があるかもしれませんね。例年通りなら強い方が選ばれているようですし。…それと極秘なのですが、どうやら我が国の最高戦力で元Sランク冒険者のアリス様もいらっしゃるそうです。」
リンさんは細かいところまでしっかり教えてくれた。最後の情報は耳打ちするように小さな声で伝えてきた。どうやら漏れてはいけない情報のようだ。
おそらくサーシャのお母さんなのだろうが、アリスって名前なのか。聞いた内容の見た目の通りだと名前から何から幼女要素しかなさそう…。
「なるほど。分かりました。…最後についてはここでは聞きません。」
「宜しくお願いします。」
俺とリンさんは予定の確認も終わり、サジウスを連れて訓練所へと移動する。
訓練所に着くと既に観覧用の席を確保している人や模擬戦に向けて体を温めている人がいた。これからサーシャと朱里が来て模擬戦をやるのか。訓練所に張り詰める緊張感が俺達にも伝わってくるようだ。
だから俺は「リンさん、仮眠とってても良いですか?」とリンさんに確認をした。
「え?ええ。まあ良いですが…。」リンさんからきた返事は驚いたと言いたげな反応ではあるが実は一昨日もアイシャを膝枕していて一睡もしていないのだ。
昨日もアイシャを撫で続けていたら夜が明けていて寝ていない。
ただ、全然眠くないのだが寝ていない状態で模擬戦も失礼だろう。
「それでは、少し寝てますので出番が来たら起こして下さい。」
「それでしたら訓練所の控えを使って下さい。私達もそちらに行きますので起こしに行きやすいので。」
リンさんから寝る場所があると良い情報が入った。
「分かりました。それでその控えというのはどこですか?」
そこでアイシャでも抱きしめて寝よう。きっと安眠ができるはずだ。
「それでしたら案内します。サジウス様、少しの間頼みました。ケイ様、こちらです。」
リンさんの案内に俺はついていく。これで朱里達が来て起きそうな面倒に巻き込まれずに済む…。
リンさんの後をついていくと、どうやら控えはギルド会館の3階のようだ。
「こちらです。仮眠用ではありますが毛布などもありますので気にせずに使って下さい。困りごとがありましたら、2階の誰かに言えば対応します。急ぎ足で申し訳ありませんが、私は訓練所に戻ります。」
そういうと、リンさんは戻っていった。
「アイシャ、悪いんだけどさ。ちょっと抱き枕になってて。」
アイシャにそう断ってから、アイシャを抱きしめたまま毛布に包まった。
「お兄ちゃん!?やらないとダメなの!?…た、確かに嫌じゃないけど。その、心の準備が必要というか…。その、ね?って!?もう寝てるーーー!」
アイシャが騒がしいが、俺は唐突に襲ってきた眠気に誘われるようにアイシャの言葉を最後まで聞くこともなく、意識が闇に沈んでいった。
男が一人、慟哭と言って良いほどに泣いていた。
男の居るそこは、赤い丘だった。空を覆い尽くす闇色の雲からは暗い色の雨が降る。
男の容姿はよく分からない。それほどの雨だったのだ。
まるで、生物の生存を許さないと言いたげな、その光景で男は一人泣き続けている。
「なぜ、なぜ……なのだ…。いつもそうだ。な…い……す......ない。我はただ、…い…たも…を…くい…い…けなのに…!」
男の声は、煩く降る雨に遮られて良く聞こえない。
雨に目が慣れてきた。男が良く見える。
男の姿は金髪に赤い瞳。どこかで見た気がした。そう、あれは…。まるで…。
そこまで考えていたら、急速に意識が遠くなる。
「お――ちゃん!おき―!」
誰かが呼んでいる気がした。
「お兄ちゃん!起きて!時間だって!」
アイシャの声がした。どうやら、だいぶ長い時間を寝ていたようだ。
「おはよう、アイシャ。時間は大丈夫かな?」
「お兄ちゃん!もう結構ギリギリだと思うよ!?」
「やっと起きてくれましたか…。時間はまだ大丈夫です。装備類を整える時間ならありますよ。」リンさんの声がしてきた。どうやらリンさんも居たようだ。
「分かりました。リンさん、ご迷惑をお掛けしました。アイシャもごめんな?今度何か美味しいもの食べに行こうな?」
二人に詫びを入れて体を起こす。そういえば、なにか夢を見ていたような気がするのだが…。忘れてしまったのだろうか。何か、とても大事な事だった気がしたのだが…。
「ケイ様、すみません。装備を整えられる時間と言いましたが、それほどの余裕があるわけではありません。考え事でしたらまた後程お願いします。」
「ああ。これはすみません。もう俺達の準備は済んでます。いつでも行けます。」
俺は最初に作ったコートにブーツで行くし、アイシャはイヤリングさえあれば何も問題ないからいつでも行けるのだ。
「確か、アイシャ様がペアでしたよね?装備はないようですが、大丈夫なのですか?」
リンさんから疑問が来るが、ここはパフォーマンスにとっておくものでもないのでアイシャにはドレスオンして貰おう。
「アイシャ。もう着替えてくれ。さすがに舞台で着替えるわけにもいかないだろ。」
「むう、わかったよ。これまだ恥ずかしいんだけど…。ドレスオン。」アイシャの言葉に反応して服が瞬時に変わる。
「はあ…。なんでもありですね…。」リンさんが驚愕しような表情をした後、ため息をついた。そんなに驚く事だろうか。
「俺はこの服装でも行けますからこれで大丈夫です。」
「分かりました…。それではいきましょう。模擬戦では手加減はしませんよ?私だってそれなりにやりますからね。」
「ええ。俺だって弱いつもりはないですよ?」
会話をしながら、会場である訓練所に向かう。
さて、お披露目といこう。俺の力が正しく大勢の前にさらけ出される日だ。
到着した訓練所は熱気に包まれていた。
訓練所の中央までリンさんについて歩いていた。
サジウスが目の前にくる立ち位置だ。
「やっと来たか。お前さんも本気でやってくれよ?これから俺達のパーティーの力を見せてやるよ。楽しみにしてな。」
サジウスから挑発ともとれる台詞が飛んでくる。とりあえず、無視してアイシャの頭でも撫でよう。
「お前さん平常運転すぎるだろ!?せっかくカッコいい感じになったのに何か言い返してくれよ!?これじゃ俺が一人で滑ったようじゃないか!!」
「え?滑ってないと思ってたのか?それはごめん。」
「本格的に酷いなおい!?ってこれ御前じゃねえか!!」
チラッと視線を向けると、そこには俺が作った修道服を来た朱里と、同じく俺が作ったドレスを来たサーシャ、その後ろに付き従う形で明らかに凄まじい効果を持っていそうなドレスアーマーのティア。
サーシャの横に、20代くらいの男性とアイシャ並みの見た目の武装した女性がいた。おそらく、あの二人がサーシャの両親だろう。両親はお忍びなのか、そこまで豪華な服ではなかった。あれなら付き添いのただの貴族と護衛程度で済むのではないだろうか。
サーシャが席を立った。どうやら、サーシャが挨拶をするようだ。
「皆様、このたびは誠にありがとうございます。私達の我儘で皆様には多大なご迷惑をお掛けしてしまったと思います。ですが、このように集まって頂けた事、とても嬉しく思います。このたびの視察の成功は偏に皆様の協力があったからこそです。と、私の挨拶が長くなってしまっては皆様の楽しみが遠のいてしまいますね。それでは、サジウス様も戦闘用意をしておられるようですし、ここは私が開始の合図をさせて頂きたく思います。それでは、準備はよろしいですか?」
目の前の夫婦を見る。頷いて少しだけ下がった。これで両方の距離は大体5m程度開いただろうか。これなら今のアイシャなら一瞬で詰められる距離だ。おそらく大丈夫だろう。
「よろしいようですね!それでは…。試合!開始ですっ!」
訓練所にサーシャの声が響く。
「おおおっ!」
開始の合図と共にサジウスが突っこんできた。アイシャを俺の後ろに隠して迎撃する。
「〈ファイアアロー〉!」「水よ!〈ウォーターアロー〉!」
俺の放った〈火属性魔法〉は間髪入れずに飛んできたリンさんの〈水属性魔法〉で消された。サジウスは止まらずに更に加速する。
「ぅりゃああ!」その加速をそのままに、サジウスは大上段から一撃を振り下ろす。
そのまま、俺に叩きつけてきた。それに避けられず当たる。
が、それは頭まであと少しという場所で止まっていた。
「なに!?」サジウスからは見えないと思うが、〈零時迄之舞踏会〉でガラス片を召喚しておいたのだ。
「シッ!」「きゃっ!?」サジウスの後ろから、アイシャの声と驚いたようなリンさんの声がする。どうやら攻撃は成功したようだ。
「な、なんでアイシャ様は!ここにいるんですか!?」
リンさんは、アイシャの小太刀二刀流を良く捌いている。
だが、アイシャに渡した小太刀は切れ味以外にも性能があるのだ。
「炎よ!〈ファイアボム〉!」
リンさんは小太刀を避けながら魔法を行使した。集中が必要な魔法を接近されても使えるなんて恐らく彼女もAランク相当の実力はあるのだろう。
だが、アイシャの右手に握られた小太刀〈昼天〉が光る。
「〈ホーリークロス・ジャッジメント〉!」
そう、小太刀〈昼天〉には、〈魔法適正:全〉と〈魔法行使権限:全〉という二つの特殊なものを付与した。〈魔法適正:全〉は文字通りに魔法の適正を全て得る効果。〈魔法行使権限:全〉は、俺が考えて新しく世界に干渉して作ったオリジナルスキルで【魔法行使力】が足らなくても、魔法を行使できるようにする能力だ。
〈神格〉を以てしても、これ以上のものは用意できなかった。世界の許容量の限界を感じたからだ。これ以上を求めたら世界にとんでもない傷跡を残しそうだった。
「え!?〈破滅級〉!?うそっ!」
本来ならば、アイシャの魔法力は足らないのだが、ここにも実はトリックがある。
アイシャのしているマスクには魔法の行使に合わせて、アイシャからではなく俺から魔法力を吸収するようにするオリジナルスキルの〈マジックリンク〉というものを付与してある。まさにアイシャに足らないものを俺が全て補填する形でアイシャの戦力としての性能を引き上げている。
リンさんは大忙しといった感じでアイシャの魔法の効果範囲を離脱。次の瞬間、地面から噴き出す全てを焼く光の十字。
「あ、危ない…。これは、本気でいかないと負けるわ…。サジウス!こっちはこっちでやるわ!任せたわよ!」
「おう!任せろ!こっちも本気で行かねえとやべえからな!」
俺達だって観戦してたわけではない。
サジウスは余所見もしないで俺に攻撃を続けていたのだ。
「はああ!〈身体強化〉!いくぞ!ケイ!」
今までのサジウスは〈身体強化〉を使っていなかったのか!
さすがに身体能力を詰められたら、俺も本気でいかないと戦闘経験の差で押されかねない。「しょうがねえ!俺も本気出させてもらうぞ!サジウス!」
「こい!おおおおおお!!〈斬〉!」
サジウスの振るった剣から斬撃が飛んでくる。
「おま!?遠距離で戦えたのかよ!?」
飛んできた斬撃を〈零時迄之舞踏会〉で打ち落としながらツッコミをいれる。
「当たり前だろ!?お前は俺を脳筋だと思ってないか!?〈炎〉!」
サジウスもツッコミを入れつつ、更に炎を纏った斬撃を増やしてくる。
どうやら、スキルでの攻撃のようだ。
「思ってたわ!こっちもいくぞ!〈ヘル・フレア〉!」
突如、サジウスの足元周辺3m程度に魔法陣が浮かぶ!
「ちょ!てめえも撃てるのかよ、〈破滅級〉!さすがにこれはっ!〈縮地〉!」
効果範囲から、即座に〈縮地〉で距離をとるサジウス。ほぼ同じタイミングで噴き出す地獄の炎。避けたのかサジウスは無事だった。
だが、完全には避けられなかったのか、左足の鎧が焦げている。
「お前さんも強すぎんだろ…。いくぜ!そろそろ幕引きといこうや!?〈縮地〉!」
サジウスは〈縮地〉で距離を詰めてきた!
俺も迎撃をする。どうせなら、範囲を絞った〈天災級火属性魔法〉で。
「そうだな!そろそろ幕引きだ!〈インフェルノ・ノヴァ〉!」
突っ込んでくるサジウスと俺の足元に大きな魔法陣が広がる。
「て、〈天災級〉だぁぁあ!?しかもまた詠唱してねえし!さ、さすがにこれはっ!!」
次の瞬間、足元から先ほどの〈ヘル・フレア〉をゆうに凌ぐ火力の白い炎が立ち上がる。その炎が俺達を包む。
「ちょっ!?サジウス!?」リンさんから悲鳴にも似た叫びが上がる。
炎が引いたそこには、ガラスの剣をサジウスの首筋に向けている俺が立っていた。
「くそっ!負けたわ…。」サジウスの鎧や剣は、炎でボロボロになっているが、本人は全く無傷である。
「あれでもまだ手加減してやがったな…!お前さん、本当はどこまで強いんだよ…。」
サジウスから驚嘆の声が上がる。
サジウスの疑問も最もだが、どれくらいの敵に本気を出していいのか分からないので俺も分からない。おそらくだけど世界が相手なら本気が出せるんじゃないかな?
「さてな。それじゃ、サジウスよ。女性陣の戦闘でも見物しないか?」
本来ならば、俺はアイシャの手助けに入るべきなのだろうがアイシャがどれくらい装備を活かせるようになったのか興味があった。だから敢えて見学でもしようと思ったのだ。
「は!いいな。どっちが勝つと思うよ?俺は勿論、嫁を…。と言いたいが、ありゃアイシャの嬢ちゃんだな。」
俺の提案に乗っかって、サジウスはその場に座り込んだ。
さっきから、リンさんの行う行動の全てがアイシャに捌かれているようでリンさんには焦りが浮かんでいた。
俺もその横に座って観戦する。どうやら、あれからまた動きがあったらしい。
「ちょっ!?本気で観戦する気だ!この男ども!?」
そういえば、リンさんの口調が違う。どういう事だろうか。
すると、サジウスが「あれがリンの素なんだよ。あいつはギルドで仕事してる時は基本的に敬語で仕事してるだけだ。」と言ってきた。なるほど。
「余所見はダメだよ…?」リンさんは後ろからしたアイシャの声に驚いたように目を見開いて、しゃがんだ。リンさんの頭の上すぐを小太刀が通り過ぎる。リンさんが僅かに視線を逸らしたのに合わせて一瞬で移動したアイシャがリンさんの後ろから攻撃したのだ。
「おい?今の移動方法、俺も分かんなかったぞ?」とサジウスが言ってくる。
「あれは、〈影移動〉ってスキルだよ。」俺は隠す事でもないから普通に答える。
あれは、レオタード状の服に付与したスキルで、〈影移動〉という。
効果は名前の通りで、影から影へと瞬時に移動ができるようになるスキルだ。
ただし、移動範囲は自分から半径5m以内と、地味に狭いのが難点だ。
更に、あのレオタードには〈隠密〉も付与してある。これは俺も持っているスキルだが、効果はあらゆる感知から身を隠すものだ。気配から魔力から音から全てが消える。
〈影移動〉と合わされば、無敵の移動方法になるのだ。
「〈影移動〉って、相当の腕前があるのかよ…。あの嬢ちゃんは。元々、暗殺者か何かか?そんなスキル持ってるって事は…?そんな風には見えないがな…。」
ええ。元はただの普通の奴隷ですよ。装備の性能で引き上がっているだけです。
なんて言えずに笑ってごまかすしかない俺。
「離れなさいよ!〈グランドフォール〉!」
リンさんはしゃがんだままで魔法を行使した。あれは〈超級土属性魔法〉か。
地面から大量の溶岩が噴き出してくる。
「切り裂いて!〈暗闇〉!」アイシャが黒い小太刀を振るった瞬間、リンさんの行使した〈グランドフォール〉が音もなく消滅した。
「はぁぁぁぁあ!?なによそれ!?」
あれは、小太刀〈暗闇〉に付与したスキルの〈魔法破壊〉の効果だな。
〈魔法破壊〉とは、魔法の効果が発動した後からその魔法に対して抵抗して効果を霧散させるスキルだ。更にもう一つのスキル〈魔法力霧散〉が付与されている。これは発動前の魔法や魔法力を使用するスキルが魔力を集結前に霧散させられて失敗するようにする特殊な妨害系のスキルだ。つまり、この組み合わせなら魔法が完成した後でも完成する前でも魔法を切ればそのまま魔法は消えるのだ。正直、やり過ぎた感は否めない。
「じゃあ、これでどう!〈タイダルウェーブ〉!」
リンさんがまた魔法を行使した。今度は〈破滅級水属性魔法〉のようだ。
良く考えると完全に詠唱をしていないリンさんは詠唱をしないでも行使できるほどの魔法行使力があるのか、スキル〈無詠唱〉を持っているのだろう。俺は勿論、魔法行使力で無理矢理に魔法を使っているだけだ。アイシャは、〈魔法行使権限:全〉で使う場合は詠唱がいらないようにしたから詠唱していない。
考えているうちに、大津波が現れてアイシャに襲いかかる。が、これも問題なく〈暗闇〉で対処した。魔法力が霧散して魔法は完全に消えた。
「ああもう!面倒ね、その短剣は!どんな業物よ!全くもう!?風よ!全てを切り裂け!〈クロス・テンペスト〉!」
「おい!?さすがに〈天災級〉はまずいだろ!?」
リンさんが放った〈天災級風属性魔法〉にサジウスが声を荒上げる。
「大丈夫だろ?落ち着けって。なあ、アイシャ。見せてやれよ!」
そんな声を上げていたサジウスを宥めて、アイシャに事前に決めていた「使っていい」という指示を出す。
「お兄ちゃん、使っていいんだね!やった!始めて使うんだよねこれ!ちょっと楽しみ!〈ヘィルコフィン・テンペスト〉!」
アイシャは子供のように嬉しそうに、失伝したはずの〈天災級氷属性魔法〉を行使した。
同じ〈天災級〉の魔法でも、超位魔法とも言われた歴史を持つ氷属性と雷属性は威力が段違いで高いのだ。
次の瞬間そこには、今までアイシャを切り刻むとばかりに吹き荒れていた二つの竜巻は一瞬で新たな冷たい風に飲み込まれ、まるで氷の棺をイメージしてしまう程の絶望的なまでの大きさを誇る竜巻が吹き荒れていた。
「な、なによこれ…。まさか、〈氷属性魔法〉?失伝してたんじゃ…?」
吹き荒れる氷の嵐を前に、リンさんは遂に膝を付いた。
「私の、負けだわ…。」
氷の嵐は、リンさんのリザインを聞き届けたかのように消えた。
「勝者!ケイ・アイシャペアです!」
サーシャの声が響いた。訓練所を揺るがすほどの歓声が上がる。
周りから「すげぇ!俺初めて〈天災級〉なんて見た!」「おおお!すげぇ!良くわかんねぇけど!」「うほ!イケメンで強いなんていい男!」「はぁはぁ…。あんなにおっぱい大きな幼女がいるなんて…!はぁはぁ…。」なんて声が…。最初のやつ以外まともな反応してねえ!もうやだ!
「なんて手に汗握るような戦いだったのでしょうか!はしたないと分かっていても思わず私も身を乗り出してしまう程でした!サジウス様にリン様もありがとうございました!改めて、ケイ様とアイシャ様、おめでとうございます!さて、皆様。本来ならば、模擬戦はここまでのはずなのですが…。本日はなんとあの元Sランク冒険者のアリス様がいらっしゃっております!なんと、アリス様自ら対戦者を選んで戦いたいそうでして…!その対戦者も先ほど決まったそうです!その栄光に選ばれたのは、ケイ様です!しかしケイ様はこれでは連戦になってしまわれますので休憩時間をご用意致します!」
さっきの夢から醒めた後からだろうか。どうにも体がアツい。
そこまで聞いていて、俺は思わず
「そんな生温いこと言わないで、今すぐやらないか?どうにも不完全燃焼でね?」
と、サジウスとアリスさんを煽ってしまった。
きっと戦ってみたくなったのだろう。世界有数の戦力という者と。
俺は好戦的じゃないと思っていたんだがなぁ。
「おい!?俺じゃ準備運動くらいってことか!?ひでぇだろ!?」
サジウスが声を荒げているが、ここは無視だ。
「おっ?そうか!やるか!実は私も楽しみでな!」
そう言いながら、10歳を過ぎたくらいの見た目の女性が、観覧席から飛んできた。
飛び降りてきたのだ。まるで、この高さなら問題ないと言いたげに。
「でもいいのか?私は強いぞ!そこのサジウスよりもな!」
「ちょっ!事実ですけど大声で言わないでくださいよ!アリスさん!」
サジウスが完全にいじられのポジションを確保したようだ。彼はきっとそんな星の下に産まれたのだろう。
「まだ俺にも余力は余ってますからね。安心して下さい。アリスさん。」
俺は、まだまだやれるとアピールする。
観客もすぐに始まるからか更に盛り上がってくる。
「そうか!なら良いのだ!さあ、サーシャ!合図をしてくれ!」
すると、その声に待ってましたと言わんがばかりのサーシャが
「分かりました!それではこれより、ケイ様対アリス様の一戦を始めさせて頂きます!双方、準備はよろしいですね!それでは、試合!開始!」
「いくぞ!ケイ!〈影分身〉!」
開始の合図と共に、アリスさんの言葉と一緒に伸びた影から、無数の影が実態を持って現れる。その全てが、アリスさんと同じ色形になった。
その数は実に15にも及んでいる。これでは、確かに普通の人間相手ならこの時点で圧勝だろう。だが、彼女の目の前に今いるのはそんな常識は通用しない化け物だ。
攻撃してくるであろう〈影分身〉に対して俺は直立したままで受け入れる。
全ての影が俺に向かって思い思いの攻撃をしてくる。
どうやら、彼女の装備は短剣のようだ。全ての分身が短剣を持っている。
サジウスから見たら圧倒的な速さを持って攻撃を仕掛けてくる。だが、完全に化け物になっている俺からしたらまだ遅い。
「〈影分身〉。」その一言で無数の分身体を生成して迎え撃つ。
「さて、これで振り出しに戻りましたね?アリスさん。次はどうしますか?」
ここまで俺達は互いに一歩も動いていないのだ。まだまだこれからだろう。
「やっぱり面白いな!さすがサジウスを一蹴するだけある!いくぞ!〈縮地〉!」
次の瞬間、アリスさんが目の前にいた!
サジウスなんて比較対象にならない速さだ。
「はやっ!?っち!ならこれで!」
〈固有魔法:神〉を使用して作る〈混合魔法〉を使うしかないと判断して、即座に使う。使う魔法は最初にサジウスと一戦やった時と同じく黒い〈魔法剣フレアソード〉だ。この剣にも名前を付けてやるか。二つ名もこれから来てるのだし。丁度いいだろう。
「そうだな…。〈黒炎剣〉と名付けようかね?まんまではあるけど。」
「っ!?」瞬時にこの剣が出来上がったのを見てアリスさんが飛びのく。
「その剣。何か凄まじい熱量を感じるな…?」さすがは長く生きた冒険者で最高峰の力の持ち主。この一瞬でこの剣のヤバさに気が付いたか。
「おや、気がつきましたか。」
「その見た目で刀身から黒い炎なんて、明らかに怪しいだろ?」
ごもっともです。「そうですか。なら、これはどうですか?」
何か少し悔しかったので、俺は空いている左手に更に〈魔法剣〉を生成する。今度は属性を変えて〈中級氷属性魔法〉の〈アイスアロー〉を剣の形に変えていく。その途中で勿論だが、〈シャドウショット〉を混ぜて作る。それでクリスタルのように透明なのに全体的に黒い靄を取り込んだ氷の剣の完成だ。これで見た目は左右共に完璧だろう。
「それでは、俺から動かさせて貰うとしましょう。」
今までは受け身だったが、今度は俺の番だ。
両方の〈魔法剣〉を居合のように両腰で構えて突っ込む。
「は、はやいっ!?〈縮地〉!」
アリスさんが即座に反応して後退した。俺はそれに気が付いていたものの、あえて剣を空振った。黒い炎の残滓と氷の欠片が舞う。しかし、その隙に対してアリスさんは突っ込んでくる事はなかった。恐らく、誘っていると見抜いたのだろう。
「〈影分身〉!いけぇ!」アリスさんの〈影分身〉の15体が同時に攻撃を仕掛けてくる。俺はこの次のアリスさんの動きが気になったため、あえてこの〈影分身〉と相対する。
「ふん!はあ!」襲いかかってくる〈影分身〉を確実に潰していく。
炎と氷が綺麗に舞い続ける。俺も剣舞でも舞うかのように攻撃を続ける。
〈影分身〉は随時補填されているのか減っている感じがしない。更に波状攻撃になってきているので、俺でも見落として攻撃を受けてしまいそうだ。
その隙をついて詠唱を完了させたようで「ほら!いくぞ!〈ブラックホール〉!」と、〈天災級土属性魔法〉が発動してくる。周辺の全てを飲み込む、無尽蔵の穴が俺の真上に完成した。
ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!
という凄まじい音をさせて周りの地面ごと俺を吸い込もうとしてくる〈ブラックホール〉。だが、俺を飲み込むには吸引力が足らない。
「それなら俺だってやらせて貰いますよ!」
「お前はなんで平然と立っているのだ!?」
アリスさんからツッコミが入る。どうやら、〈ブラックホール〉は発動したら最後で効果範囲にあるものは術者でも吸い込もうとしてしまうようだ。アリスさんが踏ん張って耐えている。気が付けば、アリスさんの〈影分身〉は全て消えていた。
「なんでって。俺を吸い込むには吸引力が足らないんですよ。」
「お前に常識はないのか!?ふつー無理だろ!?」
アリスさんから更にツッコミが入る。そりゃ、非常識なステータスしてますしね。
「さて、この魔法も邪魔ですし。そろそろいい具合にいきましょうか?全て吹き飛んでしまえ!〈クリーマトグロム・ブーリァ〉!」
使うのは、〈天災級雷属性魔法〉。誰も見たことが無いであろう雷の嵐が吹き荒れる。
幾万もの雷が、まるで天罰でも謡うかのように降り注ぐ。
最初の落雷で〈ブラックホール〉は揉み消された。この魔法には大量の魔法力を持っていかれる代わりに、効果時間が長いのだ。しかも俺の魔法力ではこの魔法に使われる魔法力なんて極僅かにも満たない。相変わらず、もうどれだけ多いのか理解できていない。
「さて、アリスさん?続きをやりましょう?」
「はははは!ケイ、お前は面白いな!私でも勝てるかどうか!いくぞ!これが私の切り札だ!〈思考加速〉、〈影分身〉、〈身体強化〉!」
なるほど。スキルを同時使用して掛け合わせで性能を上げるのか。
〈思考加速〉が自身の思考速度を数倍にまで引き上げるものだから、それで〈影分身〉の行動にもっと緩急をつけて、〈影分身〉は本体の肉体性能に左右されるから〈身体強化〉を使って更に強くなると。そうして戦うわけか。
「それでは、俺も一つ見せましょう!〈影分身〉、〈並列思考〉。」
これで、アリスさんがやっていた事の上位互換ができた訳だ。〈身体強化〉だけは使えないから無理だが、ぶっちゃけ無くても問題ない。
確保した思考処理のルーチンを新たに生み出した〈影分身〉に使う。
作り出した〈影分身〉は5体。アリスさんは15体。数だけ見れば俺が不利に見えるだろうが、大した問題じゃない。それだけの差が〈思考加速〉と〈並列思考〉にはあるのだ。
アリスさんの〈影分身〉は一撃で消えていくのに俺の〈影分身〉は未だに傷一つ負っていない事が証拠になるだろう。
「だから、お前はどうなっているのだ!?ふつー無理だろ!?」
雷が降り注ぐ中、アリスさんは器用に避けながら攻撃をしようとするが、その全てが俺の〈影分身〉に邪魔されて終わっている。
そういえば、この戦闘が始まってから未だに一回しか動いていないな。
それに観客は俺達と言うより、この国の最強の冒険者相手に現在はほぼ動かずに戦えている、いわゆる片手間状態で戦えている俺を見て呆然としているのか、完全に無言である。
「アリスさん。もう終わりとしましょう!」
そう言いながら、持っていた魔法剣と〈影分身〉を解除して俺が一番慣れているであろう剣を具現化させる。〈零時迄之舞踏会〉の効果で出来上がるガラスを全面に用いた柄まで完全に透明な日本刀だ。ついでに自分の周辺にガラスを纏わせて幻想的な見た目にする。実際は、この剣が一番手に馴染んでいるように感じるだけなのだが。
「私も負ける気はないぞ!〈炎斬〉!」
アリスさんが叫んだ瞬間、短剣から噴き出した炎が斬撃となって無数に飛来する。
「その技は!サジウスが使ってたっ!ものではないですか!?」
あまりの数に思わず詰まりながらになってしまう。軽く見積もっても数百とも思える数が迫って来たのだ。今出しているだけではあるが、自分の周りを周回させているガラスでは足らなくなり、遂には自分で切り伏せないといけない事態にまでなったのだ。
「あんな出来損ないと一緒にするな!私のは完成されてるスキルだ!」
アリスさんが言い放つのと同時に更に増えて襲いかかってくる斬撃の嵐。
どうやら、アリスさんの言う通りでかなりの性能なようで襲いかかって来ている斬撃はその全てが大剣と打ち合っているかのように感じる重さがある。
「くそっ!ちょっと!攻めきれない!」
「私の切り札まで使わせたんだ!誇っていいぜ!」
アリスさんは自慢気にしながらも手を休めていない。今も大量の斬撃が飛来してきている。これでは、いずれは押し切られてしまうだろう。
「あー!ちくしょう!」
「悔しがることはないぞ?私がこのスキルまで出したのは初めてだからな!」
アリスさんが子供らしく笑いながら自慢するように話してくる。
確かに今のままではどう足掻いても勝てないのだろう。ただしそれが、このまま何も出来なければ話で。俺はこの状態くらいなら恐らく覆せるだろう。
「それなら、俺も切り札を使いますよ!〈鮮血ヨリ紅キ乙女〉!」
〈鮮血ヨリ紅キ乙女〉を使用しながらガラスの剣で目の前を横一文字に斬る。
この〈鮮血ヨリ紅キ乙女〉の能力は指定した場所から真っ直ぐにオオカミの顔を召喚して対象を噛み千切るだけだ。ただ、少し前に使った時に地面でヒュドラが一撃で倒されているのから分かる通り、素材は何で出来ていても硬度や破壊力が変わらないというトンデモ能力だ。「切断したいもの」を「素材同士の強度の問題」を無視して食い千切ってくれる。これで「空気」で「飛んでくる斬撃」を全て食い千切る。
「だからなんなのだ!お前は!」
突如として斬撃が全て消えてしまって驚いたようだが、この程度で止まれない。
更に、〈零時迄之舞踏会〉で小型の投擲用のナイフを手の中に召喚する。
「アリスさん、俺からも行きますよ!」
そう言った瞬間に詠唱も魔法名も言わずに魔法を完成させる。
暗器はどう頑張っても一度に10本も投げれたら多い方だろう。
だが、俺は〈天災級光属性魔法〉の〈タイムストップ〉が使える。この魔法は周辺に存在するありとあらゆるものに対して干渉する魔法で効果は文字通り時間が止まる。ただ止まるといっても、せいぜい5秒が良いところの上に範囲もこの訓練所を包める範囲が限界だ。だが、俺に5秒もの時間があるのは大きな意味を持つ。それだけの時間があればナイフを大量に投擲しておけるというものだ。勿論なのだが、俺の手から離れたナイフはその時点で止まってしまうのだが、これを使えば相手から見たら唐突に大量のナイフが飛んでくるように見えるだろう。
「せいっ!」掛け声と同時に〈タイムストップ〉を使用してナイフを生成して大量に投擲する。5秒程度しか無かったのもあってか50本も投げるので手一杯だった。思い付きだったので、もっと練習が必要だろう。
しかし、あまりにも突然に飛んでくるナイフに驚きを隠せずにいるアリスさんでは対応が上手くいっていないようだ。
「ちょっ!?なんでナイフがこんなに!!」
そうは言いながらも、ギリギリで対応できているようでナイフは弾かれていっている。
ならば、全面での投擲にして畳み掛けるのみ。〈タイムストップ〉を併用して投げナイフを飛ばす。
「ほら!まだまだ行きますよ!」
少しは慣れてきたのか、今度は更に多いナイフを投げる事ができた。だが、今はもっと本数が欲しいのでもう一度〈タイムストップ〉を行使して別の位置からナイフを投げる。
「ちょっ!いつの間に!」
それでもアリスさんは対応してくるが、限界に近いのか焦りが浮かんできていた。
「今度こそこれで終わりです!」
その隙に俺は〈神脚縮地〉で急接近してアリスさんの目の前に躍り出る。その際に右手にお馴染みになりつつあるガラスの日本刀を出して、その首筋に決して斬らないように注意しながら添わせた。
「これで、俺の勝ちですね?」
そう聞く俺にアリスさんは嬉しそうに「そうだな!お前の勝ちだ!」と言ってくれた。
駄々をこねる程の子供ではないと知っているが、やはり見た目というのは重要だろう。
「勝者!ケイ様です!」と言う終了の合図と共に、場を揺るがすほどの歓声に包まれた訓練所で俺は静かに息を吐き出すのであった。
「いやー。ケイは強いのだな!」アリスさんが笑いながら嬉しそうにしている。
「それほどでもないですよ?俺はまだまだの自覚はありますから。」
今回のような実戦で磨き抜かれた本物の実力者は身体能力の差があるにも関わらず接戦を演じてくるのだ。今の俺は確かに物凄く強いのかもしれないが、それは数値上であって実戦ではないという事だ。アリスさんとの模擬戦ではそれを自覚するのには十分過ぎたのだ。
アリスさんが控えに向かって歩いていく。俺はもう少しだけここに居よう。ここの空気は嫌いじゃない。
歓声も波が去ったようで落ち着きを取り戻した頃に見計らったサーシャから締めの挨拶が始まった。
「ケイ様は最近ギルドに登録された冒険者の方だとお聞きしましたが、とてもお強いのですね!どうやら聞いた話によりますと、もう既にAランクにも届くほどだという噂もありましたが火のない所に煙は立たないのですね!事実は噂以上でした!何といっても今回のアリス様との模擬戦では彼の代名詞と街で有名な黒い炎の剣を見ることが出来ました!これは聖女様も良い思い出が出来たのではないでしょうか?これも偏に皆様のお力があったからです!皆様、本日は本当にありがとうございました!」
そのサーシャの挨拶の後にサーシャと朱里は立ち上がり頭を下げて席から離れる。
観客達も拍手を響かせ続けている。中には口笛で場を最後まで盛り上げている者もいるようだ。
どうやら、このまま帰るようだ。
横からいつの間にか戻って来ていたアリスさんが周りに分からないようにこっそりと話しかけてくる。
「私達も行くぞ?このままでは置いて行かれてしまうからな。」
「どちらへ?俺はアイシャという連れが居るのです。一人でここから離れるわけにはいきませんよ?」
おそらくアリスさんがサーシャの所に連れて行ってくれるのだろうが、アイシャを独りぼっちにはしたくないので断るような雰囲気を出しておこう。
実は奥さん達に聞いているから、サーシャの両親の目論見も分かっているのだがそれも気が付いていないふりをし続けよう。
「その連れも構わないそうだ。早くしてくれ。そろそろマジで時間がない。」
小声で体はこちらを向いていないが、焦っているのは伝わってくる。
「分かりました。それなら今すぐアイシャを連れてきます。」
アリスさんに一言伝えて、控え室にいるであろうアイシャに〈嫁通信〉で連絡をいれる。『訓練所に来てくれ。移動だ。』と用件だけだったから一言だけだったのだが、『分かった!今行くね!』と元気な声が聞こえてきた。
「それで、どこにいるのか分かっているのか?」
アリスさんは時間が心配なのか未だに動かない俺に声を掛けてきたが、もう来るだろう。すると、目の前に出来ていた僅かな俺の影が静かに盛り上がる。「お兄ちゃん、来たよ!」影から頭を覗かせていたのは、〈影移動〉で移動してきたアイシャだ。建物の中はいたる所に影があるから〈影移動〉だと一瞬で移動できるのだ。
「それで、移動って事はもう?」アイシャは固有名詞を出すこと無く聞いてくる。
「もうみたいだな。さて行こう。」俺も固有名詞は出せないから曖昧に答えてアイシャを左腕で抱きかかえる。アイシャが嬉しそうに頭を擦り付けて来てくれる。
「冒険者相手に過去を突っ込む事はしないがな?ちょっとは目立たないように出来ないのか?」アリスさんは呆れるように言ってくる。失礼な。これでも自重しているのだが。
だが、この手の話は大体負けるのだ。俺が。だから話を逸らすつもりで「それより、時間が無いのでしょう?急ぎましょう。」とアリスさんに返す。
「ぐっ!まあそうだな。行くか…。こっちだ。ああ、そうだ。サジウス達にはお前らを貰っていくと伝えてある。心配はいらんぞ?」
「それは助かります。まあ、サジウスなら事後報告でも良い気がしますがね。」
話をしながらギルドと併設されたからあるギルド側とは反対の訓練所側にある入り口から出ると、そこにはそれほど豪華では無いものの綺麗な馬車が停まっていた。
「これで移動だ。そこで話でもしようか?ケイくん?」
アリスさんが可笑しそうに笑いながら乗り込む。それに俺も嫌な予感がするものの、しょうがなく乗り込む。
馬車が全員乗り込んだ事を確認したのか動き出した。
「ここから王城まではまだ時間がある。さて、少し話そうじゃないか。ケイくん?いや…異世界からの旅人さん?」
アリスさんは面白そうにそう言ってきた。
さてさて、今日の分から話は大きく動き出します。ギャク回はだいぶ先までお預けですよ!




