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氷華の令嬢  作者: 寺垣薫
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殿様クマさん

祝ジャンル別一位!

予想以上にたくさんの方々にブックマークをしていただき本当にありがとうございます。


「それでお嬢様……」

「お嬢様はもうやめて頂戴。アイと呼んで」

「しかし、お嬢様……」

「お願い」

「わかりました。アイ様」

「……」


 しょうがない。

 ソラもこう見えてなかなか頑固だから、これ以上は無理だろう。


「それで、この後どうなさるおつもりですか?」

「帝都に向かうつもりよ。さすがに王族や侯爵家と喧嘩してきたばかりだから、この国には居づらいしね」


 隣国ならなんのシガラミもないし、帝都なら仕事に困ることもないはず。

 最悪、冒険者にでもなればなんとかなるだろう。


 皮肉なことに、あの家で冒険者になれる程度の訓練は受けている。

 というか、今思い出しても腹が立つ。

 どうして、私だけがあんな訓練を受けなければならなかったんだ。

 結局は、何の訓練もしていない妹に全部取られたのに……。




---




 なんとか、帝都行きの馬車を見つけることが出来た。

 フォルスマン領と帝国の国境は岩石砂漠になっており、夏は昼間が暑くなりすぎ、逆に冬は夜が冷えすぎるために馬車の往来がほとんどないらしい。

 だから、商人なども陸路を利用するのは春と秋だけで、それ以外の季節は遠回りになるを知った上で海路を使うそうだ。

 屋敷からあまり外にでたことがない私は、そんな基本的なことも知らなかった。



 ちなみに最近は商人も、転移魔法で商品を運ぶことが多くなってきたらしい。

 だけど、腕利きと呼ばれるような転移魔術師でも、みかん箱程度の荷物を一箱転移させるだけで一週間分の魔力を使い切る。

 そのせいで高級品は転移魔法で、普通の品は陸路や海路で輸送、というふうに住み分けができているのだ。




---




 ゴトゴトと馬車に揺られながら、乾いた岩石砂漠の大地を突き進む。


 それにしても暑い。

 暑すぎる。

 でも、ソラも我慢しているのだから、私だけ我儘をいう訳にはいかない。


 段々と意識が朦朧としてきて……。

 クーラーのよく効いた部屋でアイスクリームを食べていた頃の記憶がよみがえる。


「ああ、クーラーが欲しい。アイスクリームが食べたい」

「アイ様。クーラーとはなんでしょうか?」


 あまりの暑さのせいで、知らぬ間に声に出ていたらしい。


「なんでもないの。気にしないで」


 クーラーのことを思い出したせいか、やけに指の先が冷える。


「はあ、わかりました。ところで、先ほどから気になっていたのですが……。その湯気の出ている物はなんでしょうか?」


 ソラに言われて自分の手を見ると、そこにはいつの間にか小さなカップのアイスクリームがしっかりと握られていた。

 

 しかも、某北欧の首都に名前が似ているというか、ドイツ語っぽい語感なのになぜかアメリカメーカーなアイスクリームだというあれである。

 この絵柄はバニラ味だ。


 外蓋をあけ、中のビニール蓋を剥がすとバニラの甘い香りがした。

 荷物からスプーンを出すのももどかしくて我慢できず――凄く下品だけどそのままかぶりついてしまった。

 ……美味しい。

 濃厚でいて安心できるあの味。

 夢で――いや、前世で食べたのと同じ、あの味だ。


「アイ様?」


 見ればソラがしっぽを山型にしてドン引きしている。

 さすがに下品すぎたか。


「半分残っているけど、ソラも食べる?」

「はあ。一口頂いてみます」

 

 こういう場合は食べ物でごまかすに限る。

 こんな風に食べ物を共有することも、あまり上品とはいえない行為だけど、すでに侯爵令嬢ではなくなった私には今更だ。

 半分残ったアイスをソラに渡す。

 

 ソラは荷物の中からスプーンを取り出して、恐る恐るといった様子で一口だけ食べた。


「……!!」

「どう、ソラ?」


 ソラはこちらの声が届いていないのか、目をつぶってアイスの余韻に浸っている。

 傍目には彼女が何を考えているかわからないかもしれない。

 だけど、私は見逃さなかった。

 さっきまで山型だった彼女の尻尾がピンと立ったのを。


「どう、ソラ、気にいった?」

「はい。アイ様。冷たくて、甘くて、とても美味しいです」

「気に入ったのなら、残りを全部食べていいわよ。と言っても私が半分食べちゃったから少ししか残ってないけどね」

「……!!  ありがとうございますッ!! アイ様」


 幸せそうにアイスを食べるソラを見ていると、私まで幸せな気分になってきた。


 ・

 ・・

 ・・・


 アイスを食べ終えたソラは、目を細めていかにも夢見心地といった表情をしていた。

 

 改めて考えてみる。

 クーラーとアイスのことを考えたらアイスが出た。

 とても不思議なことである。

 とても不思議なことではあるけど、この世界には魔法がある。

 だから、なんでも魔法で説明がつくのだ。


 つまり、私が無意識の内に魔法を使った可能性が一番高い。

 試しにもう一度アイスのことを考えてみる。

 今度はもうひとつの定番であるストロベリー味だ。


 以前はあれほど魔法は苦手だったはずなのに、今は手のひらに魔力が集中しているのがわかる。


 そして――。


 いつのまにか、私の手の中にはストロベリー味のアイスが召喚されていた。


 今度は落ち着いて、ソラに渡されたスプーンを使って食べてみた。


 美味しい。

 

 どうしてアイスはこんなにも人を幸せな気持ちにするのだろうか。


 気がつけば、ソラは少し物欲しそうな顔をしていた。



 コツはつかんだ。

 まだまだ魔力も十分に残っている。

 ソラのために新しくアイスを召喚するとしよう。


 頭のなかに色々な味のアイスを思い浮かべて召喚する。

 頭のなかのイメージが次々と実物になっていく。


 ・

 ・・

 ・・・


 ちょっとやりすぎてしまった。

 目の前にはアイスの山。

 アイスを一度に十数個も召喚しても、この世界には冷凍庫がない。

 いや、探せばこの世界のどこかには冷凍庫はあるかもしれないけど、少なくとも私たちは今持っていない。 

 しかも、ここは砂漠のど真ん中である。


 何が言いたいのかといえば、このままではせっかく召喚したアイスが溶けてしまうということだ。


 私とソラの二人でも無理をすれば、十数個のアイスを食べれないことはないかもしれないけど、確実にお腹をこわす。

 間違いなくこわす。

 ソラはわからないけど、私はそんなにお腹が丈夫ではないのだ。


 もったいないけど捨てるしかないのか……と思ったところで、護衛兼御者のクマさんのことを思い出した。

 このクマさん、私たちが帝都行きの馬車を探している時に、他の人達がふっかけてくる中で、唯一良心的な価格で引き受けてくれた人なのだ。

 クマさんは名前の通り体が大きく、まさに熊のような風貌である。

 しかし、見かけによらず動作に品があって、更にはギルド職員の評判も良かった。


 優雅で古風なクマさんなのだ。

 例えるなら、そう『殿様クマ』だ。


「クマさん。よろしければ、ご一緒にお菓子を食べませんか?」


 御者台にいるクマさんに聞こえるように少し大きな声で呼びかけた。


「お菓子ですか。いいですな。こう見えて甘いものは大好物なのですよ」


 そう返事をした後、クマさんは短く何かをつぶやいた。

 もしかしたら、何かの魔法かもしれない。




---




 御者台からこちらにやって来たクマさんに、早速スプーンとバニラ味のアイスを渡す。


「これはかたじけない。随分と綺麗な容器に入った食べ物ですな」


 クマさんは受け取ったアイスをまじまじと見つめている。


「この暑さなのに、この食べ物は冷たいまま? それに、この綺麗な容器は紙で出来ている……のか? いや、蓋の部分は紙ではない? それに見たこともないような文字がたくさん書かれている」


 どうやらクマさんはアイスの容器に興味津々のようだ。


「クマさん。アイスの食べ方なのですが、まずは上蓋をはずし、その後に中の薄い蓋を剥がします。そして中のアイスをスプーンですくって食べます」


 私が教えた通りにクマさんが大きな体で小さなアイスの蓋を剥がした。

 そして、スプーンでアイスを掬いあげて、一気にその大きな口の中に入れた。


「……! 甘い! 冷たい! そして、美味い!!!」


 クマさんはそう大声で叫んで、アイスをすごい勢いで食べだした。

 当然、大きな体のクマさんがそんな勢いで食べれば、小さなアイスなど一瞬で無くなってしまう。


「これほど美味しいお菓子は生まれて初めて食べました。本当にありがとうございました」


 口ではそう言いつつも、空になったアイスのカップを名残惜しそうに見つめるクマさん。

 ちょっとしょんぼりして見える。


 アイスはたくさんあることだし、もっとあげてもいいだろう。


「よろしければもう一つどうぞ」


 今度はクマさんに緑茶味のアイスを渡した。


「おお! こんな貴重なお菓子をよろしいのですか!」


「まだまだアイスはたくさんありますので遠慮なさらずにどうぞ」


「ありがとうございます!」



 こうして私はアイスのおかげでクマさんと打ち解けることが出来たのだ。



今回移動した場所の細かい描写はあえて避けましたが、

ancients 83436955でググるとたぶん先頭に出てくる、岩石砂漠をイメージしました。


まさに輝く星空に手が届きそうな、お気に入りの動画です。

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