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花屋町通り医院+  作者: Louis
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とりかへばや物語 2

『さて、と。じゃあ俺達も出かけよう。』

『え、出かけるってどこへ?言っちゃなんだけど、どっか行くにも雪が凄くて寒過ぎるでしょ?』

冬のモントリオールは寒い。

外出するのを躊躇するほど低温になる事もよくある。それは3月になっても変わらない。


『だから暖かいところへ行くんだよ。そうだな、例えばカリフォルニアとか?』

『カリフォルニア?!そりゃまぁ、私は嬉しいけれど。良いの?勝手にそんなに遠くまで行って?』

『ま、何とかなるだろ。ここにいても何も変わらないんだ。だったら君が知ってる場所に行くってのも良いんじゃないかな?』


エヴァンの言葉を皮切りに、私たちは互いの部屋へ戻ると思い付く物をスーツケースに詰め込んだ。他人の物を漁ってる気分で申し訳なさが込み上げるけど、自分の姿が鏡に映ったのを見てその考えに蓋をした。今、私がハルトだ。

30分でパッキングを終わらせてパスポートと財布を持ち、地下駐車場からエアポートを目指した。

モントリオールの空港はセントルイス湖とローレンス川のすぐ側に位置しており、景色もウォータフロントでとても綺麗だ。


『凄く久しぶりの海外の景色だ。もう数十年も観てなかった感じ』

『なんか、ハルの姿でそんな事言われても違和感しかないな。俺ら、それこそ世界中を飛び回ってるから』

『そうだろうね。栄太や総司、土方さんや嶋田先生がこの時代に居たら、彼らにこんな機会があったのかもしれないな』


ハルが外の景色を眺めながらも呟くようにそう言った。

切なそうな表情でしみじみというハルに、エヴァンは不思議そうな顔をした。


『アリーの向こうでの友達?』

『友達、ってことになるんだろうね。』

『なに、馬鹿やってる友達じゃないのか?』

エヴァンが冗談のようにいう。

『馬鹿やってる、って意味ではそうなのかも。』

『へぇ、どんな?』

『お互い殺し合いをしてる』

真面目な顔をして言ったハルに、思わずエヴァンが黙り込んだ。


『まぁ、その時代の日本は混沌としていたってこと。その時代があって今の日本があるんだ。栄太がさ、自分が日本の礎になったら本望だ、って言ったんだよ。穏やかな顔して。私にはさっぱり理解できなかったけど。私は元々そこまで愛国心あるわけじゃないし』


『アリーはさ、そいつの事が好きだったり?』

『好きって、どういう意味?』

『男として好きだった、って意味で』

エヴァンの言葉にハルの顔がポカンとしたものになった。


私が栄太を男として好きってこと?

考えた事もなかった。

考えた事もなかったけど、答えはノーだ。

そもそも私は好きになるのに時間がかかる方だし、一目惚れをした事もない。

栄太はあくまでも友人のくくりだ。


『アリー?』

返事のない事に訝しく思ったのか、エヴァンが土岐を見る。


『ちょっ、エヴァン!ちゃんと前見て運転してよ!』

『で?』

『ないよ、それは。あっちにはそういう意味で好きな人はいない』

現代(こっち)には?』

『あっちに行く半年前に振られました!』

『じゃ、今はフリー?』

『まぁ、そういう事になるね』


そう言った後、エヴァンは少し考えるような顔をした。


『アリーはさ、どこの大学出たの?』

『なんでそれ必要?』

『いいから』


ハルは少し考えるそぶりをしてから平坦に答えた。

『Palmer Collage of Chiropractic』

『うそ。じゃあなんでカリフォルニアが好きなの?』

そう言ったエヴァンにハルはため息をついた。


『Southern California University of Health Science』

『なるほど』

エヴァンが含みのある視線を一瞬ハルに向ける。

『あのね、個人情報保護とかあって私の事調べても大学は教えてくれないからね?』

『さぁ、どうかな。日本人留学生となると限定されるでしょ?それに、俺があなたの治療を受けたいって言えばきっと教えてくれる』

『くれません』

『これでも俺、カナダを代表するアスリートだし、そこそこ有名人だし』

『カナダなら一番近いUQTR (Université du Québec à Trois-Rivières)やトロントのCMCC( Canadian Memorial Chiropractic College)があるじゃない。どちらも優秀な学校だし』

そう言った土岐に、エヴァンは口角を上げた。


この人、私の事を調べるつもり?

ま、私のファミリーネームも知らないし、もしわかっても別に問題はない、か。


『俺はきみの事を見つけるよ?時間がかかってもね』

エヴァンはポツリとこぼすように真っ直ぐ道を見つめながらそう言った。


『どうぞ、ご自由に』

ハルは若干諦めたように応えた。


ーーーーーーーーー


カリフォルニアは、記憶にあるのと寸分違わず晴れていた。

気温も暖かく、薄手のフリースだけで事足りる。

モントリオールとは同じ大陸とは思えない環境の違いだ。


『カリフォルニアに帰ってきた!』

ハルはグッと伸びをして思わず声に出していた。

そんなハルをエヴァンが微笑ましいものを見るようにみていた。


LAは日本人が多く、ともすれば2人のファンがいるかもしれない。今回はお忍び旅行なわけだが、どうにか誰にも見つからずにLAX(くうこう)を抜け出しレンタカーを借りる事ができた。


『で、アリー。どこへ行きたい?』

『んーー、そうだなぁ。ちょっと405を南下するけど、Balboa BeachかLagunaか。どっちにしろOrange Countyまで行こう』

『どっちが良い?』

ハルは少し考えるそぶりをして頷いた。

『じゃ、Balboaで』

『OK。で、何でBalboaか聞いても ?』

『そりゃ、思い出いっぱいの場所だし。ハーバーは小さいショップも沢山あってレストランもいくつかある。確か、Pierの先にRuby’s Dinerがあったはず。そこで夕食を食べよう!』

アリーはハルが普段見せないような笑顔で微笑んだ。


2人は405を南下して、途中から海岸線を走るPCH (Pacific Coast Highway)を一路Balboa Beachに向かった。

LAから車で約1時間とちょっとのドライブ。

今の時間から夕食を食べたら少し早いけれど、夕日が沈む前にはご飯も食べ終わってサンセットが見られるかもしれない。

Pier近くのパーキングに車を停め、そこからは徒歩で移動する。

Balboa Beachは家族連れも多いけれど、カップルも多い。

腕を組んだり手を繋いで歩くカップルとすれ違う。

モントリオールでは考えられないが、タンクトップにビーサン、短パンのカップルともすれ違う。


『これぞカリフォルニアだね』

ハルが感心したように呟いた。

エヴァンはイタズラな顔を浮かべると、隣を歩くハルの手を取って恋人繋ぎのように手を握った。


『エヴァン?これじゃ私たち、明らかに勘違いされるよ?私には実害ないけど、ハルとエヴァンはパパラッチされたら大変じゃない?』

ハルの言葉にエヴァンが嫌そうな顔をする。

どうやらそうなった時の事を想像したらしい。ただでさえ、姫だの王子だの言われているのだ。面倒臭いことこの上ない。

エヴァンがパッと手を離した。


『アリー。驚くとか恥じらうとか、そういうのは無いわけ?』

『いや、そんなウブな反応を私に求められても・・・』

ハルは困ったように笑った。



アリーは明らかにハルとは別人格だった。

ほんの数日の付き合いだけれど、ハルの中身が別人だと確信を持つには十分だった。

アリーの話が作り話なら、ハルは余程の役者か某ビリー・ミリガンと同じ疾患を患っている可能性がある。ただ、ハルはカリフォルニアに来た事がないはずだ。トランジットで空港くらいは来た事があるかもしれないが、ここまで地理に詳しいとは思えない。

ハルはライバルであり、同居する友人でもある。少しシャイなところもあるけれど、とても男らしく負けず嫌い。そしてたまに男同士馬鹿もできるユーモアを持っていた。ただ若干、英語は苦手そうだけど。そのハルを見ていて可愛いなどと間違っても思ったことはなかった。

思ったことはなかったんだ。

今日までは。


アリーは表情豊かでユーモアもある。もちろんこの状況も相まってミステリアスな存在だ。性格は大人っぽくもあり子供っぽくもある。

端的に言ってしまえば魅力のある人物だった。少なくとも、自分の周囲には居なかったタイプだ。そんな人物がどんな人間なのか、実際本人に会ってみたいと思うじゃないか。


『ハンバーガー食べるの最近の夢だったんだよね。ここは是非チーズバーガーにしよう。ちょっとジャンクだけどコーラとポテト付けたセットで。ああ、本当に幸せ!幕末では絶対食べられなかったし。』

そういうハルは本当に幸せそうだ。


2人でRuby’sを堪能し、Pierの桟橋をゆっくりと海岸に向けて歩く。

背後では美しい夕日が海に沈んで行く。

ふと、ハルがPierの端に手を置いて夕日に振り返った。

その表情がやけに憂いを帯びて見え、とても男に見えなかった。

ハルではなく、全く会ったこともないアリーと一緒に歩いている気分になる。


『きれい、だね』

ポツリとそう呟くハルの顔は夕日に染まっている。


『ああ。きれい、だな。ちょっと目がおかしくなったのかもしれない』

エヴァンがハルの肩に手を置いた。

今のハルは無防備だ。


『エヴァン?』

ハルが不思議そうにエヴァンを見る。


『アリー・・・』

エヴァンがゆっくりとハルに顔を近付けた。


次の瞬間、ハルがエヴァンの顔を手の平で押し返す。

『っ、てめーなにしてんだよ!?頭ダイジョブか!?』


『アリー?』

ポツリと呟くようにエヴァンが言う。その顔は酷く不安そうだ。


『誰だよ、アリーって?エヴァン、ほんとダイジョブか?・・・って言うか、ここはどこだ?』

ハルがそう言った瞬間、エヴァンの目が見開かれる。

『おまえ、まさか、ハルトか?』

『俺が他の誰に見える?って、俺、戻れた!?』


ハルがそう言った時、エヴァンの表情が複雑に変わった。一瞬泣きそうな顔になり、目を瞑ったと思ったら嬉しそうな表情になり、思い切りハルに抱きついた。


『良かった、ハルト!俺もサムもマジで心配したんだぞ』

『いや、だから何なんだよ、さっきから』


エヴァンはハルを解放すると、桟橋の脇にあるベンチへと移動した。

『世界選手権のエキシビションが終わった時から、ハルはおかしかった。おまえはアリーになってた』


「アリー?それって俺がなってた人?」

『ん?何て言ったんだ?』

『エヴァンは信じない、かもしれない。でも俺、大昔に行ってて、女の人で、もしかしてご先祖様な人に会った。高階ってファミリーネーム』


そういうハルの話をエヴァンは静かに聞いていた。


『あの時、エキシビ終わってホッとして、次の瞬間目の前に血だらけの男がいて。俺の手も血だらけ。パニックになった』

アリーの予想が当たったのか。


『みんな着物、俺も着物で。俺は土岐先生(Dr.Toki)と呼ばれた』

『トキ?』

『俺、ていうか、その人のファミリーネーム』

『トキ、ね。』

エヴァンが確認するように口にする。


『日本、江戸時代みたいなのに、俺の部屋にナイキシューズやノースのダウンジャケットあった。いくら俺、ハルト言っても信じてもらえない。頭の病気と言われ、部屋から出してもらえなかった』

ハルは不満そうにいう。


『暇だったし、やる事ない。机の中にノートあった。俺の住所と電話番号、メアドとライン書いた。その時思ってたことも。その人、さっきまで、俺だっただろ?』

ハルは半ば確信を持ったように言った。


『ハル、おまえ・・・』

『アリー、だっけ?彼女、大切にされて暮らしてる、思うぞ。で、なに。エヴァン、俺に惚れたの?』

完全にからかう様子のハルに、エヴァンはなぜかホッとした。

本当のハルトが戻ってきたことを実感する。


『ハル、調子に乗るのも大概にしろ。まぁ、お前が無事戻って良かった。今日はこの近くに泊まって明日の朝モントリオールに戻ろう』


『ああ。で、ここはどこ?』

『カリフォルニア』

『へぇ。俺、空港の外に出たの初めて』


そのハルの言葉に、やはりアリーは本当にここに居たのだと確信したエヴァンは嬉しそうに微笑んだ。


『せっかく来たんだ。少しこの辺を散策して、明日の帰りはJohn Wayne Airportからモントリオールに戻ろう。』

『John Wayne Airport ?』

『ああ。Orange Countyにあるだろ?ここに来る途中、アリーが教えてくれた』

『へぇ』

ハルが含みのある顔をするがエヴァンは無視する。


『そういえば、日本のスケート連盟から至急帰国するようにサムに連絡が来てるぞ。明日にでも帰国することになるんじゃないか?』

『うわー、マジかよ』

『おまえ、足首捻挫したことになってるから。記者会見対策をしておかないとな?』

『なんで捻挫??』

『そりゃ、アリーが全くスケートできなかったから。ポディウムを周回して挨拶するのに屁っぴり腰の金メダリストなんておかしいだろ?』

『・・・・』

エヴァンの言葉にハルは渋い顔をする。


『俺がハルをお姫様抱っこして周ってやった』

追い討ちをかけるようなエヴァンの言葉にハルは思い切りうな垂れた。

『勘弁してくれ。また、ネタになる』


そう言ったハルにエヴァンは大きな声を出して笑った。


ーーーーーーー


来期日本選手権で優勝!!

来期世界選手権で金メダルをとる!!

次期冬季オリンピックで金メダルをとる!!

高階治斗(Haruto Takashina)


PS とき先生、何でここにいるのですか?

そういえば、高階さんは僕のご先祖様かもしれません。僕の曽祖父の親は確か、山口県出身です。


※※※

Montreal ,Canada


電話:450-※※※-※※※※

メール:HarutoT@※※※.com

ライン:@harutoT※※※


久しぶりに机の中のノートを取り出して日記らしきものを書こうと思ったら、見慣れない力強い文字に目標らしき文と住所と電話番号、メアドにラインが書き記されていた。

嶋田先生や周囲の話を聞く限り、ハルトが私と入れ替わっていたのだとは思っていた。


「まさか、この中身読んでないよね?」

土岐は思わず額に手を当てた。

こういうものは誰かに見せるために書くものじゃない。自分の頭を整理したり、愚痴だったり目標だったり。思いっきりプライベートな他人に知られたくないものだ。


「てゆーか、連絡先教えてもらっても時代が違うし。何でって質問されても私が知りたい」

ポツリと溢れた言葉と共に次の一文が目に入る。


「さすがにそんな都合よく、高階さんとハルトが関係あるなんてあり得ないでしょ」

土岐はハルトが書いた一文を否定した。


「高階治斗にエヴァン・ペリティエールか。フィギュアスケートは全く興味無くて知らないんだよなー」

それでも高階の名は聞きかじったことがあるような気はする。

もし、平成の時代に戻れたら、その時は連絡を取ってみようという気になるかもしれない。そんな日が来るかはわからないけれど。


土岐は久しぶりに食べたチーズバーガーの味を思い出しながら、本当に遠いカリフォルニアに想いを馳せた。



大変ご無沙汰しております。

+の方も途中になっていたので、とりあえずこれだけでも完結しなきゃと。

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