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中庭の中心に生える桜の木は、私の両腕に余るほどの太さがある。何と無く見ることはあったものの、実際に触れるのは初めてだ。
無農薬だと言うのに、思ったほど虫もいない。それは目につかないだけなのか、鳥がよく来るせいなのか。
「本当だ。たくさん成ってる」
桜を見上げて声を漏らしたのは、当たり前のようにやって来たリクちゃんだ。行く前に体操着に着替えろとか、タオルを忘れるなとか、今日も立派に『お母さん』を演じている。
「黒っぽいのが食べごろらしいよ。あと、場所によっては苦味が強いから、できるだけ陽の当たったものを選ぶといいって」
キリカは想定内だと言って気にせず、園芸部からの情報を教えてくれる。
「そうか。流石に下の方は既に採られてるな。アキに届きそうなのはあるか?」
「うーん。あ、あそこなら私でも手が届きそう」
三人の中で一番背の低い私は、手近にあった踏み台になりそうな石に足をかけた。私とキリカが並んで体育座りをした位の、横長の石だ。と、同時に、慌てたようにキリカが叫ぶ。
「あ。アキ、それ…!」
「何?」
すでに体重は乗せてしまい、ガコン、と、重い音がした。バランスを崩した私の身体は、すぐにリクちゃんが支えてくれたけれど。
何だか嫌な予感がする。これはまるで、周りをちゃんと見ていないうっかり者のヒロインが、自業自得で引き起こすイベントではないか。
しかし、ヒロインは空だ。私はヒロインではない。そうだ、そういえばその空に、桜の木に近づくなと言われていたと、今更ながらに思い出して青ざめる。
アキは第一被害者。
もしかしたら、サイドストーリーのヒロインかもしれない。それも、うっかり者の。
足を下ろしてみてみると、石には何やら文字が書いてある。何と書いてあるかは分からないけれど、これはきっと『製作者』とやらが作ったスイッチに違いない。押すと妖怪が現れる仕掛けだ。
「それ、小さいけど慰霊碑だよ。開校前からあるんだって。だから、踏んだりしたらバチが当たるよ」
「え、慰霊碑をスイッチに?」
キリカの説明に、思わず頬が引き攣った。ゲームではありそうだけど、現実では流石に非常識でしょうと、慰霊碑を足蹴にした私が思うのも、なんだけど。
「何のスイッチよ? あー、なんか片方足から外れてるよ。小さいけど重い? 戻せるかな」
「これは元々少し、位置がずれてたんだな。ちょっと上げて見よう」
リクちゃんが傾いてしまった石の片側を上げると、石の下に古くて小さな木の扉が見えた。上に向かって、観音開きになるような形だ。
これってもしかして。
「絶対、開けちゃダメ!」
思わず指を指して叫ぶ。
それは開けたら死亡フラグだ。なのに、こう言うものを見つけたら、登場人物は必ず開けてしまう。そして空が言う通り、私が第一被害者になってしまうのだ。
「普通、開けないだろう?」
一度石を下ろしたリクちゃんも覗き込み、当たり前のように言い切った。
「それよりアキ。こういうものに指を刺さない。お行儀が悪いよ」
「まあ、そうだね。札も貼ってあるし、慰霊碑の下にあるものなんて、普通は手を出さないでしょ」
キリカも普通に冷静だ。ふたりとも、さっさと作業を再開する。この二人が主役なら、ホラーテイストなストーリーはさっぱり進まないのかもしれない。人選ミスだ。
「うーん。足を動かすのは無理そうだね。こっちはすっかり年季が入って固まってる。引き上げて、そのまま本体をいざらせる?」
「ちょっと重いけど、なんとか行けるかな」
「ごめん。私も手伝うよ」
私の失敗なのに、二人だけでフォローしてくれているのに気がついて、私も石に手をかけた。
「じゃあ僕はこのまま引くから、アキはそっちから下の方を押せるか? あ、こら、足では蹴るな!」
しかし、よかった。うっかりが慰霊碑を踏むことだけで済んで。二人が一緒のおかげだ。そして、先情報をくれた空にも感謝だ。
それでも、これは空が言ってた妖怪の棲家に違いない。ゲームの私はきっと、1人でここに来たんだろう。そして止める者もなく、あの扉を開けてしまったに違いない。
「下の扉、ちょっと割れてたみたいだから、後で板か何か乗せておこう。木工部にベニア板があったよな」
リクちゃんが言う。
え、割れてる? 妖怪を封印してあるだろう扉が割れてる?
私は再度青ざめた。封印の扉が割れたら、中身は一体どうするだろう。そしてそれは、ベニア板で対処できるものなのだろうか。
「そうだね。少し切って貰おうか。知り合い居るし、私が行ってくるよ」
「ああ、頼む」
キリカはすぐに校舎へ戻り、その間、扉の大きさを確認したリクちゃんがキリカの携帯へ連絡を入れる。見事な時間の節約だ。
全てが終わると、二人はそこに向かって手を合わせた。
「ほら、アキも」
リクちゃんに促され、私も一緒に手を合わせる。
踏んでしまってすみませんでした。お願いだから呪わないで下さい。
「後で先生に言って置くよ。流石に曰くがありそうな物を破損してしまったのだから、供養なりお祓いなり、するかもしれない」
「すみません。よろしくお願いします」
慰めるように頭を撫でてくれるリクちゃんに、私はやや半泣き状態で頭を下げた。
なんだかリクちゃんとキリカってお似合いかもしれない。
ふと思った昼下がり。私たちは肝心のサクランボを食べ損ね、着替えが間に合わなかった私は体操着で午後の授業を受けたのだった。




