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あの桜の木には、何か秘密があるのだろうか。
私は中庭に面した廊下の窓から、件の桜を眺めている。やや太めだけど、禍々しさなど感じない普通の木だ。だが、青葉が繁る今、あの下はきっと、虫地獄と化していることだろう。それもある意味、禍々しいのか。
いや、生徒の苦情(主に親御さん方)により、農薬を散布しているかもしれない。そうでなければ定番の、木の下でお弁当イベントなんて起こせない気がする。もっとも、それ以前に教室以外でのお弁当タイムを見たことがないのだけれど。
はてさて。農薬散布によるストーリーの変化はあるのだろうか。
「うーん、なんかいろいろ病んでそうだよね」
「誰が?」
自販機でジュースを買ってきたキリカが隣に並ぶ。
「うん。あの桜の木に妖怪が棲んでるって話を聞いたんだけどね。農薬散布をしていたら、妖怪も皮膚炎や気管支炎なんかで弱っていそうだと思って」
弱っているならバッドエンドを回避できるかもしれないが、それによって怒りを溜め込んでいるために、人を襲うという可能性も考えられる。あ、もしかしたら時々人を食べて活力アップするタイプかもしれない。ああ、そうか。それで、ゲーム上の私は第一被害者になったのか。
「ああ。あの木は無農薬らしいよ」
いろいろ考察したものの、キリカの言葉にあっさり切り捨てられてしまった。
「家庭科部が桜餅作るときに使ってるって」
「え、桜餅?」
その単語に、考えていた全てが飛んでしまったのは仕方のないことだろう。
だって私は桜餅が大好きだ。リクちゃんのお母さんが作る関西風の道明寺桜餅も最高に絶品だが、葉っぱまで自家製だなんて、なんてなんて魅力的な桜餅だろう。
農薬のことなどすっかり忘れ、桜餅に想いを馳せる私に、キリカはくすりと笑いを零した。いつも一緒にいるくせに、何故だかキリカは大人っぽい。
「今度の球技大会で販売するみたいだから、楽しみにしておくといいよ」
それに、校内情報をいろいろと持っている。彼女は放課後に、あちこちの部活動を見学しているらしい。随分と付き合いが広そうだ。
「わあ。それは本当に楽しみだ」
この学校は去年から、各イベントでの模擬店が許されている。主に部活動からの参加だが、得た収入は、その年の部費や次のイベントに利用する。経済観念を養うためと、毎回争いになる部活動予算設定に対応する現生徒会の発案だ。だからお金の移動は全て生徒会に申請しなくてはならないが、概ね好評で、成功しているようだ。メインのイベントより模擬店に力が入ってしまうことが懸念材料だが、おかげで学校全体がいつも生き生きしている気がする。
例えば家庭科部はゴールデンウィークに泊りがけで茶摘みに出かけたと聞く。これは立派な文化活動だ。きっと球技大会では、家庭科部特製限定品のお茶も振舞われることだろう。
「ああ、そう言えば。あの木には今はサクランボが成ってるよ。品種が違うから少し苦いけど。季節の味だよね」
さらに興味深い情報がキリカの口から届けられる。なんだって校内だというのに、味覚狩り情報があるのだろう。そういえば裏庭にはビワとザクロとカリンも植えてある。あれらは園芸部が世話をし、家庭科部が調理をするという、連携プレイがなされているらしい。
なんてテンションの上がる話題だろう。部活動いいなあ。私もどこかに入りたい。
「ねえ、キリカは食べたことあるの?」
「園芸部のお誘いで。アキは保護者がうるさいから放課後は誘えなかったけど、今日、お昼に行ってみる? 味見程度ならいつでも食べていいって言ってたよ」
「もちろん、行く行く!」
学校内で味覚狩りができるなんて、今更ながらになんていい学校に入ったものだろう。
すっかりテンションが上がりすぎて、何かを忘れてしまっている、ということだけに気がついた。
何だっけ。とても大切な事だった気がする。
「ああ!」
暫し考えて思い出した。私だって、ちゃんと約束を覚えてる。いつもと違うことをする時はリクちゃんに連絡。メール送信。忘れてないよ。私、えらいね。もう忘れっぽいなんて言わせない。
しかし、私は肝心の空の忠告をすっかり忘れてしまっていた。当の桜の木に近づくなと言われていたのに。まだまだ他人事の気分でいるけれど、登場人物の1人であることに変わりはないのに。
私もちょっと、うっかりさんである。




