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空の前世の記憶は曖昧で、ゲームの全てを覚えているわけではないようだ。彼女が覚えているのは現生徒会役員とリクちゃんと自分の名前。それから制服が、この学校のものと似ていること。
たまたまゲームと同じように親の転勤で転校することになり、中庭にある大きな桜の木に既視感を覚えていると、定番の、生徒会長とのぶつかりイベントが発生し、始業式での生徒会挨拶で気が付いたようだ。
ゲームのリクちゃんには私と同じ名の双子の姉がいたのだが、何故だか幼馴染になっている。きっと私も記憶持ちでヒロインの座を狙っているのだと思い、何とかしなくてはと焦ったそうだ。自力で双子奪回は、かなり無理がありそうなものだが。
私は図書室で、久しぶりに彼女に会った。友達になろうと言ったものの、未だリクちゃんを説得できず、メール友達のままだ。
あれから空はすっかり変わってしまった。ゆるふわの栗毛はきっちり二つに編み込まれ、黒縁のメガネと、前髪を留めるヘアピンで、今では完全なるお硬い系生真面目女子だ。
「そこまで変える必要はなかったんじゃない?」
「本来の私がこっちなの。なりきろうとして無理したから、失敗したんだわ」
「無理して逆ハー狙ってたの?」
「ええ。乙女ゲームのヒロインは、そうしなければならないものと思っていたから。だから思いつく限りのヒロインらしき言動を駆使してみたのだけど、しっくりこないと言うか、何かが違ったのよ。それに人道的に考えれば、あなたが言うようにそれはなかったわ」
私、使命感のみが先走って彼らを全く見ていなかったのねと、空は反省しながら溜息をついたが、一体何を参考にしたのだろう。思い返してみれば、ヒロインというより悪役位置な態度だった気もするのだが。
「でもね。もう一つ、理由があるの。こっちの方が切実なのよ」
「もう一つ?」
空は少し困ったように首を傾げた。
「キャラクター扱いはよくないことは分かったのだけど、このゲーム、恋愛だけってわけじゃないのよ。あ。ネタばれってしてもいいのかしら?」
「もちろんOK」
ゲームではないのだから。
「あのね。この学校、というか、あの桜の木に妖怪が封印されているって設定なのよね」
「妖怪が!!」
なんと。一年間通っていたのに、噂でさえも聞いたことがなかった。
「ええ。一人でも攻略していればいいみたいだけど、バッドエンドでは妖怪に食べられてしまうから保険が欲しくて。保険なんて、やっぱり失礼な話だけどね」
「いや、それは命がかかっているのなら仕方のない話でしょ。それは不安だったね。誰かに相談しようにも、信用されないだろう内容だしね」
「ありがとう。細かい部分を覚えてないんだけど、愛の力で妖怪を倒す、みたいな話だから、逆ハー状態の方が生存率が高いと思ったのよ」
逆ハーで愛の力?
「愛の力って言うなら、たった一人を真剣に好きにならないと力にはならないのでは?」
「え? 愛してくれる人が沢山いれば、守られると思うのだけど」
「ええ? そういう場合はヒロインの愛の力で倒すんでしょ?」
「ーーー逆?」
「うーん。私は逆だと思うけど、製作者によるのかもね。クリアはしたの?」
「そこを覚えてないのよ。とりあえず、中庭にさえ行かなければ回避できるものかしらね。妖怪にさえ、合わなければ。どうやら私に恋愛は難しそうだし」
彼女は不安気に溜息をつく。そんな彼女が持っているのは、陰陽師系の本ばかりだ。本当に、逆ハー以外の方法を模索しているらしい。
ほぼ大半のスチルをスキップしたという彼女は、真の乙女ゲーマーではなさそうだ。何のためにゲームをしていたのだろうか。
「え? 恋愛を知るためにきまってるじゃない」
それが彼女の答えだったけれど。
ただの乙女ゲームならこのまま放置でも良いところだけど、妖怪とやらがいるのなら、他に死人が出る可能性もありそうだ。
「僭越ながら、ゲームクリアを少し、手伝おうと思う」
そう言った私に、空は暫し考えた後、急に顔色を変えて激しく首を振った。
「今思い出したけど! ゲームであなたは第一被害者だったの! いい? あなたは私以上にあの木に近づいてはダメ!!」
嫌な現実を知ってしまった。




