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キリカがお休みのある日。私はうっかり、トイレで偽ヒロインと対面してしまった。
私自身に非があるとは思えない。けれど、彼女は仇敵を見つけたかのように私を睨みつけ、突進してきた。思わず全力で逃げ出したけれど、校舎の端で捕まってしまった。
ああ、教室に逃げ込むんだった。
「あなたのせいで!」
「私は何もしてない!」
「バカにしないで。あなたのせいで私は陸也君にも、生徒会の皆にも、嫌われてしまったんじゃないの!!」
胸倉を掴んで揺らされる。
私が赤ちゃんだったら、揺さぶられっ子症候群で脳にダメージを受けているに違いない。これは傷害というより虐待だ。
「ちょ…、リクちゃんのことは自業自得だし、生徒会の人たちなんて、あの日以前も以降も全校集会の時しか見てないのに、何が出来るっていうの!」
あ、あれ? 以前と以降だと当日も入っちゃうか。なんて言えばいいんだっけ?
思わず思考が逸れる私に、彼女は涙目で訴える。
「嘘おっしゃい! あなたも記憶があるんでしょ! ヒロインに成り代わろうとしているんでしょ!」
分かってるのよと、彼女は怒り心頭であるが。
記憶が…?
一瞬、思考が止まったと思う。
「本物!?」
思わず叫ぶ。
あなた「も」って言った! 「も」って!
だって、私が勝手にヒロイン認定をしていただけなのに。
「本当に本物? 前世の記憶があるの?
私はただのネット小説オタクだから、勝手に配役設定してただけなんだ。すごい、本当に居たんだ!」
勢いは形勢逆転。今度は私が彼女に詰め寄った。
「な、なによ。私が嘘を言っているというの?」
彼女は視線を泳がせながら、悔しそうに顔を赤くした。つい言ってしまったことを後悔しているのだろう。通常は、信用されないだろう内容だから。
でも、私は信用する。というより、そうであれと求めてる。
「記憶があるならあるでいいの。私はそこは重視しない」
むしろ歓迎している。話を聞きたい!
話を聞くためには、仲良くなることが先決だ。
私は彼女の手を解き、彼女の肩を掴んだ。
「今回のことはね、嫌われてしまったのはヒロインの設定に甘えて、自分に酔い過ぎてしまったからだと思うんだ。私の読んでるネット小説では、大体そんな感じで失敗してるもの」
テンション上がり過ぎちゃったんだよね、と、悔しそうな彼女の顔を見つめるのは、侮辱だろうか。
「リクちゃんとの関係を考えると、リクちゃん狙いのヒロインが現れるかもって妄想してたし、本物のヒロインだったら応援するつもりだったよ。だけど、あなたいきなり怒鳴りつけてくるし。生徒会まで巻き込んじゃうし。っていうか、逆ハー狙いだよね。だったらないやって思ったよ。そんなの、リクちゃんが可哀想」
「だ、だってヒロインってそういうものじゃない」
「いやいやいや。それは下心なく魅力を振りまくから不可抗力でそうなるものでしょ? 初めから全員落とすのが目的だなんて、計略的なのはやっぱりないよ。リクちゃんだって怖がってたし」
「怖がってた?」
偽ヒロインは眉を寄せた。気付いてなかったのだろうか。
「あのね。ストーカーって犯罪なんだよ?」
「ストーカーだなんて、私は…!」
「うん。前世の記憶なのかも知れないけどね。ここにいる人たちは皆、それぞれの人生を生きてきた、感情をもった人間なの。ただの設定の塊として接していたら、話も噛み合わないし、常識がないと思われても仕方が無いと思うんだ」
そこまで言うと、彼女はさすがに気が付いたように、青ざめた。やっぱり、ゲームと思い込んでいたから麻痺していただけで、本当はちゃんと常識を知っている子なんだ。
だから、ひとつ聞いてみる。
「あのさ。逆ハーレムは、今更だよね?」
「当たり前じゃない。嫌われてるのに、目指せるわけないでしょ」
「だったら彼らのことは忘れて、今からでもやり直そうよ」
すっかり大人しくなってしまった偽ヒロインは、戸惑ったように私を見上げた。
「私、前世の記憶に興味あるから下心ありありなんだけど、よかったら友達になろう」
「友達に? だって、私、あなたに…」
「うん。私っていうか、うん。リクちゃんはすごく怒ってる。ある意味、関心を向けることには成功してる」
「それ、すごく嫌なんだけど…。
でも、本当に怒っているんでしょうね。何かする度に冷ややかな視線が怖いわ。毎日が憂鬱よ」
「だろうね。リクちゃんがあんなに怒ってるの、初めてみたよ。でも、もうしないって、約束してくれるでしょ? リクちゃんのストーカーも、私への敵視も」
「もちろん! あなたにも、り…東君にも極力近づかないわ」
名前呼びが嫌だと言われたことを思い出したらしい。改善する態度が好ましく思えた。
「私は、近づくなとは言わないよ。だって、同じ学年だもの、それは無理。リクちゃんなんて、同じクラスだもの。だから、いっそのこと友達になろうよ」
「でも東君が…」
「怒るかもしれないけど、友達になるってことは危害を加えないってことだし、そっちの方が安心できると思うんだ」
「そう、かな」
「そうだよ」
彼女は迷うように視線を漂わせ、それから、おずおずと私を見上げた。
「そうね。ありがとう」
少しずつ、彼女の血色が戻って来た気がする。
「ところであなたのお名前は? 私は杉崎亜樹。アキって呼んで」
「えっと、私は、木嶋空、です」
「よろしく」
笑って差し出した右手に、彼女は同じ右手を差し出した。
前世のことさえなければ、きっといい子なのだと思う。怖いなあ、前世の記憶。第三者としては興味津々なものだけど。




