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「あ、さ、が、え、り〜」
翌朝、朝食を戴くために、二人揃ってお隣へ行くと、リクちゃんのお母さんがニヤリと笑って呟いた。
「何もない」
リクちゃんはむすっとして言うけれど、私はあのキスを思い出して赤面を止めることが出来なかった。
「ふうん。でも、アキちゃんは真っ赤っかねぇ」
「ユキコさん、楽しそうだぁ…」
目の前でにこにこ笑うリクちゃんのお母さんに、私はさらに赤らんだだろう顔を抑えて俯いた。
「私はアキちゃんがお嫁さんに来てくれると嬉しいけど、アヤちゃんの留守中に傷モノにしちゃったら、申し訳が立たないわ〜」
「そんなことするわけないだろう?」
リクちゃんは不機嫌そうに言い返す。
「えー。年頃の男女が二人きりで夜を過ごしておいて?」
「言っておくけど、アヤコさんより僕の方がアキとの時間が長いんだ。アヤコさんよりずっとアキを大事に想ってる自信がある」
「ちょっとそれ、アヤちゃんに言っちゃダメよ?」
リクちゃんのお母さんは、呆れたように嗜める。そっと顔を上げると、リクちゃんも真っ赤になっているのが目に入った。
「ふふっ。まあ、あなたたちは大丈夫だと思ってるけどね。さ、ご飯にしましょ〜」
リクちゃんのお母さんもそれを確認して満足したのか、充分に楽しんだとでもいうように、軽やかにキッチンへと去って行った。
もちろん、リクちゃんの言った通り、あの後は何もない。リクちゃんはちゃんと家に連絡も入れている。そのときはすんなり我が家へのお泊りに許可が出たのだ。
ユキコさんはからかいたいだけで、すんなりOKが出たのもその伏線に違いない。
確かに年頃の男女が同じ部屋で寝るというのは世間体が悪いかもしれない。けれど、ベッドと床に敷いた布団という距離もあるし、何より幼い頃からの仲だ。許容して貰おう。
しかし、はっきり言ってその後、甘い雰囲気になることはなかった。何しろ、翌日使う予定の現社の資料集が机に出しっ放しになっていたので、学校の用意が中途半端だったことがばれてしまったのだ。でも仕方ないではないか。人生最大の恐怖の時だったのだ。
とはいえ、まさかファーストキスの直後で、学校の持ち物について叱られるとは。
私の現実なんてこんなものだろう。
でも、おかげでリクちゃんが本物だと言う確信は持てた。今日の服の準備も確認されたし、10時就寝も厳守だったから、今日の出だしは完璧だ。
懸念していた妖怪のお迎えもなかったし、リクちゃんの言うとおり、あれは全て空の妄想だったのかもしれない。ああ、でも空は時期が違うとも言っていたか。
それよりも。キスをしたということはリクちゃん、私のことが好きだっていうことでいいんだよね? だってあの時、すごく大事だって言われている気がした。
信じられないけど、『お母さん』のキスじゃないんだよね?
はっきり聞きたいけど、聞けない私は『ヘタレ』という種別に収まるのか。
そして私は? 好きは好きだけど、どういう好きかが分からない。未だに、本物のヒロインが現れたら渡さないといけないと思ってる。
「また、ゲームだったらとか、ヒロインがどうこうとか、考えてない?」
朝食を食べながら、視線も上げずにリクちゃんが言った。
「え? 私、リクちゃんに言ったことあったっけ?」
「直接はないけどね」
あ。昨日のメールか。
全て消されてしまったから、今更どんな会話を見られたのか再確認することはできないが、攻略対象者として、何度か名前を出していた気がする。
「アキがヒロインではダメなの?」
リクちゃんは、あり得ないことを呟いた。
「そんなの無理に決まってるじゃない」
「なんで?」
「だってヒロインは、学校中の有力男子を魅了出来ないといけないし。女子からの陰湿なイジメもあるし、校外学習の登山で遭難したり、日常生活でも階段落ちとか結構命がけなんだよ」
「そっか。それはお勧め出来ないな」
「でしょ?」
ヒロインなんて、簡単にできるものじゃない。だから、第三者として楽しもうと思っていたのにまさかの死に役。
「やっぱりモブがいいなぁ」
「じゃあ僕もモブでいいよ」
「リクちゃんにモブは無理でしょ」
「なんで?」
「だって聞いてるよ。月に一回告白タイムがルーチンワークだって。そんなモブ、モブじゃないよ。モブじゃ…」
なんとなく、腹が立つ。
「モブを舐めるな」
思わず睨みつけると、リクちゃんは一瞬怯んだ。
「なんでそこで怒るんだよ? それに月に一回もないよ。誰情報だよ?」
「なるほど。月に一回以下はあるわけだ。年に一度でもあれば、それはモブに該当しない。いい? モブは常に出過ぎず、落ちず、目立たない位置をキープする。存在するだけで目立つ主要クラスの人間に、簡単になると言って欲しくないね」
「アキも結構目立ってるよ」
「それは目立つ保護者がくっついているからだよ」
そういうと、リクちゃんは深く息を吐いた。
「それってさ」
不機嫌そうな低い声だ。
「遠回しに僕と一緒にいたくないってことかな」
笑っていない笑顔が怖い。
「そうは、言ってないよ」
「そう? だったら、ちょっとこっち向いて」
「何?」
口で口を塞がれる。
え、何でここで?
「はいはい、お二人さん。人前でいちゃついてないで、さっさと学校行きなさいよ」
「ほら、アキ。カバン」
実母の前でも堂々とだなんて。そして平気な顔をしているなんて。
リクちゃんにはまだまだ勝てる気がしない。




