10
「リクちゃん大丈夫だった? 外に何もいなかった?」
ドアガードを引きちぎる勢いで開けると、私はリクちゃんを中へ力任せに引っ張り込み、再度ロックをかけた。
「大丈夫。外には何もいないよ。さあ、布団を置いて来よう。電気も付けっ放しだろ?」
「リクちゃん、本物だよね?」
十字架を掲げながらそう聞くと、リクちゃんは困ったように首を傾げた。
「どう証明すればいい?」
やっぱりおかしい。優しすぎる。いつものリクちゃんなら「当たり前だろう」って、呆れたように言うだろう。両頬を抓る作業が追加されるかもしれない。
「そうか。じゃあ、それを貸して」
リクちゃんはため息をつくと、黙って見上げる私から、魔除けセットを取り上げた。そのまま十字架のネックレスを首にかけ、にんにくを一口かじり、塩と料理酒も少しずつ舐めて見せた。
「未成年だから、飲むのは勘弁」
被ってみてよと言いたいところだが、気化したアルコールも未成年には悪いものだろうか。
「分かった」
肯定しつつも、納得していない顔をしていたのだろう。リクちゃんはまた、困ったように息を吐いた。
「そんな顔してたら、僕だっていつものようには接せないよ」
「顔?」
「気付いてない?」
リクちゃんの右手が私の左頬を撫でるから、私は左手で布団を支えたまま、右手で頬を撫でてみる。
あ。涙。
いつの間にか、泣いていたようだ。怖いと嗚咽なしで泣けるものなのか。
「電話も声が震えっぱなしだし、あれから何があった? 夕食の時は平気だっただろう?」
「うん…」
どうしよう。空の話はリクちゃんには言っていない。言ったところで信用だってされないだろう。私が、何を怖がっているのかなんて。
ピロリン、と、メールの着信音が鳴った。
>本当に大丈夫? 今、近くの駅にいるから、すぐに行けるよ?
「誰?」
「え、えっと、友達だよ? 友達」
嘘は言っていない。ただ、空との付き合いはまだ認められていないので、私はそっと携帯を後ろ手に隠した。まるで、浮気をしているような心持ちなのが可笑しいが。
「そう…」
しかしまずい。断ったはずなのに、空はこちらに向かっているようだ。偽物も怖いけど、本物だとしても、リクちゃんとの相性がかなり悪い。鉢合わせが恐ろしい。
リクちゃんは、笑ってごまかす私の頬の涙を拭っていたかと思うと、少し目を閉じたその隙を狙って、あっと言う間に携帯を奪い去ってしまった。
「ふうん。木崎空、か。なるほどね」
あっと言う間に、リクちゃんの目つきが冷たくなる。空はリクちゃんの瞬間冷却機か。真夏になったら毎日でも会わせたいものだ。ああ、いやダメだ。その空気に私は耐えられない。
「ねぇ。前に、彼女との付き合いは認めないって言ったよね。あいつはアキに悪影響しか及ばさない。そういえば、最近怪しげなオカルトにはまり込んでるって噂があったな」
「オカルトじゃなくて、魔除けの研究だよ」
カチカチと、リクちゃんの指は携帯を操作している。
「今日は怖かったけど、大丈夫だよ。全てはあいつの妄想だから、アキがそんな目に遭うことは絶対にないよ」
にっこり笑って返された携帯には、空のアドレスどころか送受信の履歴さえ残されていなかった。
「さ。それでも1人は心配だから、うちに行こう。母さんが部屋を用意してくれてる」
にこにこと、笑顔が嘘くさく見えるのはなぜだろう。
「ううん。やっぱり、大丈夫」
思わず首を振ってしまった。
「僕が心配なんだよ」
「うん、分かってる」
私は今、リクちゃんを怖いと思ってる。何故かは分からないし、そんなこと、本人には言えない。
「困ったな。1人にしたくないんだけど。アキはもしかして、僕が思うほど僕のことを信用していない?」
「えー、そういう訳ではないんだけど」
何だろう。私は何が怖いんだろう。いつもと様子が違うから、リクちゃんだと認識できていないのだろうか。
「僕は本当に心配しているんだ。分かってくれないかな」
リクちゃんの両手が頬を包み込む。
分かってはいるんだけど。
そして。
そっと近づいた唇が、私のそれに触れた。
にんにくのせいだろうか、それは少し、血の味がした。




